怪鳥の威容
サーラの王都・ワーハから最も近いレイド対象フィールドが、ここ『ドロック山』である。
砂漠にある山なので、山とっても岩山と呼ぶのが正しいだろう。
木々が生い茂っていたりはしない。
山頂付近はなだらかで広さもあり、戦うには都合がいい地形だ。
しかも街に被害が及ぶほど近くなく、かといって補給が困難なほど遠くもない。
「想像していた通り、人が多いな……」
そういった地理的条件により、『ドロック山』はレイドモンスター討伐に向かうプレイヤーたちで盛況だった。
多くのプレイヤーたちに混ざり、俺たちは怪鳥と初戦を迎えるべく山頂を目指して歩いている。
「あれだな! 私たちは初動、いつも出遅れるな! 悲しい! 偶には最初から突撃したい!」
祭りに出遅れた! 程度のノリでユーミルが悔しがる。
恥ずかしいからあんまり大声で話さないでくれるか?
……しかし、このタイミングでそれを言うのはずるいというものだ。
「いつも中盤、終盤で順位は上げているんだから文句言うな。作戦立案とか丸投げのくせに」
「効率を捨ててプレイしたいならどうぞ。ただしお一人で、ですが」
「下調べをしないと、後々面倒が増えるばっかりですもんねー。私は今の路線でいいです……はぁー、山登りきっつー」
「ふ、袋叩き……! お前たち、そこまで言うか!? 失言だったのは認めるが!」
俺、リィズ、シエスタちゃんからの口撃にたじろぐユーミル。
それを見て笑う者が一名。
「フハハハハ! 勇者よ、今のは不用意な一言だったな!」
この明らかに中学生ズよりも幼い声の主は……。
「うかつな発言は身を滅ぼすのだ! よく覚えておくがいい!」
人間の姿に化けてついてきた、魔王ちゃんである。
化けてといっても、魔法で角やら翼やら尻尾がないように見えるだけ――幻影で、魔族的な特徴を消して見せているだけであるが。
それでも、よほどのファンが足を止めてじっくりと見ない限り、この子が魔王だと看破するのは難しいだろう。
「む、魔王! お前に言われたくないぞ! さっきまでサマエルの前で失言連発だっただろう!」
「そそそ、そんなことはないぞ! 我はいつでも完璧だ! 変なことを言って、怒りゃれたりなんか……」
「ふおおおおおお! 舌が回り切っていない魔王ちゃんサイコォォォォォッ!」
「こわ」
「うぅ……」
魔王ちゃんが奇声を放つトビを怖がり、俺の背に隠れる。
こいつ、魔王ちゃんに会えば会うほど好感度が下がっていないか?
直さないと、そう遠くないうちに泣くことになると思うのだが。
「というか、魔王。どうしてついてきた? サマエルと違って、戦いを手伝ってくれるわけではないのだろう?」
ユーミルが当然の疑問を魔王ちゃんにぶつける。
魔王ちゃんは未だに同行する理由を説明してくれていない。
俺の背に隠れたまま、魔王ちゃんは顔だけ出してユーミルに応える。
「わ、我には我の考えがあるのだ! ちゃんとサマエルの許可も得ている!」
「冥王様ともなにか相談していましたよね……」
魔界を出る際の状況を思い出しつつ、俺は背中に向かって合いの手を入れた。
サマエルが俺に話したところによると「戦いに介入しないよう言い含めてあるので、連れていってほしい」とのことだった。
サマエル自身は仕事の合間を縫い、こちらの支援要請に応じてくれるそうだ。
……頼んでおいてなんだが、忙しさに拍車がかかるな?
「目的は怪鳥と地上の視察、でいいんですよね? 魔王様」
「そ、そう! しさつだ! これはちゃんとした、魔王の仕事なのだ! ハインドはよくわかっている! えらい!」
「ほーう」
「な、なんだ? 勇者! 疑っているのか!?」
「いや、そんなことはない。ただ単に怪しいと思っているだけだ!」
「それは同じではないのか!?」
俺の後ろから出て、ユーミルと言い争う魔王ちゃん。
まあ、基本的に魔王ちゃんの相手はユーミルに任せておけばいいな。
入れ替わるように、シエスタちゃんがこちらに近づいてきて声をかける。
「先輩、先輩。まおーが地上まで来たのって、ゲーム的にはー……」
「なにかのフラグだとは思うんだけど、見当もつかないな」
「ですよねー」
次回イベントの前振りか、あるいは全くの別口か。
考えても仕方ないので、今はレイドについてだ。
「ともかく、魔王ちゃん同行は戦いに影響なさそうだ。当初の予定通り、基本はサーラ戦士団の支援を受けながら戦ってみよう」
「サマエルの扱いはどうしますか?」
「呼び出しの制限が厳しいようだから、切り札扱いで――っと」
リィズと戦術の相談をしながら歩いていると、前方からレイド帰りと思しきパーティが向かってきた。
ちょうど狭い山道に差しかかったところなので、邪魔にならないよう片側に寄って進む。
こちらは自然と口を噤んだが、あちらは気にせず話をしながら山道を下りてくる。
「やっぱ、あの範囲攻撃がいてえよなぁ……」
「安地あんのかな?」
「あると思うけど……なけりゃあ回復全開、防バフマシマシしかないぜよー」
「うわ。もしそうだったら、回復アイテム足りなくなりそー」
「装備の耐久回復アイテムもな。また懐が寒くなる……」
レイドモンスター定番の大技、範囲攻撃は今回もあるようだ。
そして聞こえてきた話の通り、彼らの防具は損傷が激しかった。
怪鳥カイムの攻撃力はかなり高い模様。
「あ、こんちは」
「どうもどうも」
すれ違う際には、互いに軽い挨拶。
もしかしたら魔王ちゃんに気がつくかも――とも思ったが、何事もなく通り過ぎていく。
意外にも、魔王ちゃん自身もおとなしくしていた。
正体を明かさないよう、事前にサマエルにきつく戒められているらしい。
「なんだか、ボロボロでしたね」
声が聞こえない程度の距離が開いたところで、リコリスちゃんが先程のパーティを見た感想を一言。
防御型、盾役としては、敵の攻撃力がどれほどか気になるのだろう。
「徒歩で帰っている辺り、全滅はしなかったのでしょうけど」
応じるサイネリアちゃんの声にも、少々の恐れが含まれている。
先程のパーティだけでなく、帰路につくプレイヤーたちの姿はそれほど大差がない。
見てわかる範囲だが、装備耐久の減少が大きく、回復薬を大量に消費したと口々に言う――といった具合だ。
少なくとも楽勝だった、弱かったという声は聞こえてこない。
「今回は特に難易度が高いっていう噂、本当なのかもね……」
そう言うセレーネさんの情報元は、掲示板だろうか?
ダメージレースの色が濃かった前回までとは違い、今回は頻繁に戦闘不能者が出るという書き込みは俺も目にした。
今回は戦闘不能のままレイドを終えると、街に戻される仕様だ。
「なんだ? そんなに強いのか? 怪鳥とかいうやつは!」
そしてそんな情報知らんといった風情のユーミル。
少し前に、ギルマスとして情報把握は大事だって話をしたばかりじゃ……?
「そうなのか? それは我々魔界にとって好都合!」
ユーミルの発言に対し、にやりと笑う魔王ちゃん。
うん? 好都合?
「む? 好都合?」
「――あっ」
ユーミルを始め、みんなから集まる視線を受け……。
ようやく失言したと悟る魔王ちゃん。
「なあ、魔王? どうして怪鳥が強いと魔界にとって都合がいいのだ? なあ?」
「し、知らない! 知らないったら知らない! 我はなにも知らない!」
「本当か? 私にだけこっそり教えてみろ!」
「お、教えたら黙っていてくれるのか……?」
「わっはっはっは」
「あっ、あっ! なんかだめな気がする! 我でもわかる!」
「わっはっはっはっは!」
「く、来るな! 教えないったら教えないからな!」
楽しそうに詰め寄るユーミルに対し、逃げ回る魔王ちゃん。
なんでもいいけど、俺の周囲を二人でぐるぐるするの、やめてくれるかな?
結局、それ以降は魔王ちゃんが口を滑らせることも割ることもなく……。
同行の理由は謎に包まれたまま、俺たちは山頂へと到着した。
「……よし、レイド初戦! 始めるか! ハインド!」
「おう」
ユーミルが戦意を漲らせながら、先頭で剣を抜いて構える。
設定はいつも通り八人で戦闘登録。
不足人数は野良プレイヤーやパーティ、他の小グループで定員になるまで補填される。
「入力完了、と。カウントダウン開始だ」
設定を終えると空間が歪み、同レイドエリアに割り当てられたプレイヤー以外の姿が見えなくなる。
魔王ちゃんの姿も同時に――というか、いつの間にか見えなくなっていた。
どこかで戦いを見ている、ということなのかもしれない。
「ああ、拙者の魔王ちゃんが……」
やはりレイドには参加してくれないようだ。当然だが。
淡い期待を捨てきれなかったトビが嘆いている。
「はいはい、集中してくださいねー。トビ先輩ー」
「魔王ちゃんはトビ先輩のじゃないですよ?」
「リコ、そこは冷静にツッコミ入れるところじゃないと思う……」
「ぐふっ……!? リコリス殿の純粋な言葉が、拙者の邪心に突き刺さる……!」
ヒナ鳥たちの声に、悲しみつつも武器を手にするトビ。
程なくして、立っていることが困難なほどに大気が荒れる。
渦を巻き始める。
やがて、威圧感ある鳴き声と共に怪鳥が大翼を広げた。
遠くからの飛来だったように思えるが、速すぎて瞬間移動にも感じられる。
そいつはいつの間にかそこにいた。
「ちょ、待て待て! ぶあっ!? あぶぶぶ!? 顔を上げられないのだが!?」
「と、突風が……風圧が……!」
「耳もいてえ! トビ、なんか言ったか!?」
「なにも言っていないでござる!」
「あ!?」
「なーにーもー!」
「あぁ!?」
「……ハインド殿のバーカ! アホー!」
「てめえ後で覚えとけよ!」
「あれ!? なんで悪口だけ聞こえんの!?」
登場からいきなり動きを制限され、更に聴覚・視覚に対する攻撃に怯む俺たち。
というか、他のプレイヤーたちのほとんども同じ状況だ。
数人だけ、一部のプレイヤーたちが強風の中で防御態勢を取っているのがかろうじて見えた。
まるで、次に来る攻撃がわかっているような――もしかしてあの人たち、レイド初戦じゃない!?
そう思考が巡った瞬間、精一杯叫ぶ。
「か、回避! 回避だ! 無理なら防御ぉぉぉっ!」
――直後。
空から放たれた無数の光弾が地に突き刺さった。