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サマエルのスタンス

「あ? 神界が落とした災厄の対応を手伝え?」


 休憩をはさんで説明すると、そこはやはり魔族。

 気力・体力の回復が早いのか、いつもの調子が戻ってきたようだ。

 そしてさすが魔王の側近、理解が早い。

 サマエルは俺が出した茶を優雅な手つきで傾けると、極小の音でカップをソーサーに着地させる。


「何故、魔界が敵対している神界の手助けをせねばならん」


 尊大な態度は好不調関係なしだが、至極しごくもっともな意見である。

 反応して立ち上がろうとするユーミルを、俺は手で制して言葉を返す。


「被害を受けているのは地上なんだが……」

「では、尚更関係ないな。地上の人間どもがどうなろうと、我等の知ったことではない」


 今度は止めるも間もなくユーミルが立ち上がる。

 怒りに燃えているようで、強い口調で反論する。


「しかし、それを倒すのは私たちだぞ? ハインドがどうなってもいいのか! サマエル!」

「いやいや、ユーミル。そんな説得が効くわけ――」

「それはいかん!」

「――え?」


 てっきり「大陸の人々の命をないがしろにするな!」とかいう話の流れになるかと思ったのだが。

 そしてなぜそんな説得が効いている。


「う、うおっほん。だが、今回も多数の来訪者で事に当たるのだろう? ハインドだけが危険ということもあるまい!」


 お、サマエルが話の軌道を修正した。

 確かに、誰かの命がおびやかされるという話にはなりにくいだろう。

 運営の裁量次第というところもあるが。


「まあ、そうだな。どの道、来訪者ってやられても復活するし」

「フン。これまで、魔界の災害級モンスターを倒してきたお前たちだ。神界の怪鳥とやらがどの程度の強さかは知らんが、今回も問題にならんのではないか?」

「あ、そこ! そこでござるよ!」


 トビがサマエルの言葉に食いつく。

 食いついたポイントはもちろん、過去のレイドモンスターに関して。


「今までだって、拙者たちが魔界の邪魔になる魔物を倒してきたのでござるから! ちょっとくらい手を貸してくれてもいいのではござらんか!?」

「協力の見返りは充分に用意したはずだが?」

「うっ」


 言われてみれば、過去の報酬は魔界が用意したというていだった。

 であれば今回の報酬も神界から、ということになるのだろう。

 俺たちプレイヤーからすると、ついつい「報酬を用意・設定しているのは運営」という認識になってしまうが。


「思えば、あの二度の出費も痛かった。ただでさえ魔王軍再建に金がかかっているというのに……」

「わあ、また険しい顔になっちゃいました!」

「ストレス溜まっていそうだなぁ……」


 ちょっと話しただけで、サマエルはすぐ仕事方面に結び付けてイライラし始める。

 リコリスちゃんのほがらかさでも中和できないレベルだ。


「……時にサマエル。話は変わるんだが」

「……なんだ?」


 損得方面からのアプローチは無謀と感じたので、俺は方向性を変えることにした。

 損得ではなく、感情に。

 魔界全体ではなく、サマエル個人に。

 一応、交渉の質が変わりそうなことをトビに目で合図しつつ……よし、伝わったみたいだな。うなずきが返ってきた。

 とりあえず、魔界全体の協力と魔王ちゃんのことは一旦置いておくぞ。


「魔族って、戦いが好きだよな?」

「ああ。全ての魔族は戦いに誇りを持っている。総じて血気盛んであることも否定はせん」

「それはサマエルでも同じか? それとも無駄な戦いはしない主義?」


 目の前に座る頭の切れる男が例外でないとは言い切れない。

 神経を逆撫さかなでしないよう、気をつかいつつの確認。


「……私は魔族の中でも知をたっとしとする一族の出身ではあるが、無論。魔王様の隣に立つからには、挑まれた戦いを避けることはない」

「好き嫌いで言うと?」

「……嫌いではない。特に強者や智者との戦いは」


 うん、まずまずの手応え。

 もう少し押してみようか。


「だったら、こういうのはどうだ? 単純に、さ晴らしに――」

「悪くはないが、やはり神界の馬鹿どもの利になると思うと気が進まん。側近としての立場もある」

「――そうか……」


 魔族の闘争本能に訴えかける作戦、失敗。

 言い切る前に先んじて拒絶されてしまった。

 じゃあもう仕方ない、こうなったらストレートに。


「俺としては、サマエルと一緒に戦ってみたかったんだけど。残念だ」

「!?」


 これでダメなら交渉終了、という考えものぞかせつつ。

 ……サマエルはサーラで言うところのアルボル老クラスの役職なので、システム上不可ということもあるかもしれない。

 俺が椅子を立とうとする素振りを見せたところで、サマエルが引き留めるように手を伸ばす。


「……待て」


 俺は浮かしかけた腰を下ろし、交渉の場に戻る。

 サマエルは一呼吸置くと、こちらの目をじっと見つつ口を開いた。


「それは、私と肩を並べて戦いたいと……?」

「そう言っているけど?」

「つまり、魔界の一員になりたいと……?」

「そうは言ってねえ」


 急な論理の飛躍に、サマエルが壊れだしたのではないかと心配になる。

 そもそも望んでなれるものなのか? 魔界の一員って。


「拙者は魔界の一員になってもいいでござるよ!」

「お前はいらん。魔王様に不埒ふらちな目を向けおって」


 トビが勢いよく立候補するも、撃沈。

 そりゃそうだ、という視線が仲間たちから一斉に飛んでいる。

 その間にもサマエルは思考を巡らし……。


「……では、こうしよう。ハインド、少し前にコーヒーの木を渡したな?」

「ああ、あれな。大喜びでサーラの畑に植えたぞ! ……生育中の樹はカイムに吹っ飛ばされたけど」


 念願のTB産コーヒーは、前回のイベント終了後にサマエルが授けてくれた。

 苗木のものと、すぐに使える状態にされた豆のものを複数。

 苗木はサーラで順調に育ち、収穫を楽しみにしていたのだが……はぁ。


「……私は、地上で栽培されたコーヒーの味に興味がある。土壌の違い、天候の違い、水の違いによる差……」

「生産地による違いはあるよな。もちろん、同じ品種でも味が変わることだってある」

「やはりそうか。魔界内でも、西部の豆は香りが。南部は酸味とコクが強いという差があってだな。二種をブレンドすると、中々の相乗効果を生む。美味いぞ」

「ほほぅ。ところで俺がもらった苗木って、どっち産のだったんだ? やっぱり――」


 コーヒー党同士でうなずき笑いあっていると、左右や後ろからせっつくような視線を感じる。

 話をさっさと進めということらしい。


「――この話は後でな。で、どうしろって?」

「荒らされた畑を修繕し、再びコーヒーの木を栽培・豆を収穫せよ。その中で、最も出来がよかったものを城へ持ってくるがいい。怪鳥とやらを()()()撃退した後でな」

「……いいのか? サマエル」

「ああ。それをもって、我をびだす対価としてやろう」

「!」


 ありがとう、サマエル。

 ありがとう、コーヒー豆。

 やはりコーヒーは素晴らしい。

 ……交渉成立である。


「そうか。ありがとうな」


 冷静に返しているが、心の中では「おおー! すげえ! 魔界ナンバー2がレイドで協力してくれる!? まじか!」と大騒ぎである。

 というか、半分くらいは後ろでユーミルが同じ趣旨のことをみんなと話している。

 サマエルも満更ではなさそうだ。


「……ふむ。とはいえ、魔王様の御許しがいるな」


 サマエルが茶を飲み干し、ゆっくりと立ち上がる。

 そして虚空から簡素で短い杖を取り出すと、俺たちを見回して言った。


「貴様たち、同行する気はあるか? ここで留守番していても構わんが」


 前に見た派手な杖は使わないんだな……転移くらいなら、ランクの低い杖でも簡単にできるってことか?

 確か、神殿の転移陣は儀式型転移陣? とかいう、大がかりで精度が高い魔法だと聞いた覚えがあるが。

 違う構造の魔法なんだろうか……と、それはそれとして。


「魔王ちゃんのところに!? いくいくいくいく! いくでござるよぉぉぉぉ! うおぁぁぁぁぁぁっ! どぅおおおおおっ!」

「うるせぇ……」


 念願の魔王ちゃんとの再会の予兆に、全力で食いついていくトビ。そして無駄な叫び。

 他のメンバーに視線をやると、全員から肯定の意が――あれ? シエスタちゃんだけいなくないか?

 ……あ、いた。いつの間にかソファで寝ている。

 シエスタちゃん?


「は、ハインド先輩。シーは私たちが……」

かついでいきます! ご安心ください!」

「そ、そっか。お願いね、二人とも……」


 リコリスちゃんとサイネリアちゃんが、シエスタちゃんを両側から抱える。

 と、とにかく、全員同行と……。

 トビではないが、俺も魔王ちゃんが民の前でどのような王として振る舞っているのか気になる。

 サマエルの支援を受けられることが決まっただけでも望外の結果なので、魔王ちゃんの支援まで受けられるとは思っていないが。


「サマエル、頼む。俺たちも久しぶりに魔王ちゃ……じゃない。魔王様に拝謁はいえつしたい」

「よかろう。簡易転移陣を使う、酔いには注意しろ。それと陣から体の一部が出ないようにな。しっかり陣の中央に寄れ」

「……もし、はみ出すとどうなる?」

「……その部位だけ魔王城に残ることになる」

「ひえっ」


 なにその恐ろしい事態は。

 そんな話をしつつも、さっさと足元に陣を展開するサマエル。

 全員が入っても余裕がある広さなようで、その場で動かなければ問題はなさそうだ。

 ……爪先だけ出してみようとかしなくていいから、ユーミル。

 指まで飛ぶぞ。


「儀式型や、設置式魔道具による転移ほどの安全性は望めん。だが安心しろ、貴様らが余計なことをしなければいい話だ。術の行使者が私だからな。万が一も起きることはない」

「ええー、本当にぃ? 失敗フラグ立っていないでござるかぁ?」


 ここ最近のフラグ回収率の高さから、警戒心マックスのトビ。

 それはいいとして、あおるような言動を受けたサマエルの額に青筋が浮く。


「陣の境目に立たせるぞ? 貴様」

「よし!」

「よし! じゃないでござるよ、ユーミル殿! やめて! 押さないで! 縦に真っ二つじゃん、この位置!」


 サマエルの魔法能力に疑いはないが。

 ……考えようによっては攻撃にも使えちゃいそうだな。

 転移魔法って、怖い。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふむ、てことはTBの転移魔法は魔方陣を境に空間を切り取って移し変えるタイプと考えればいいのか そりゃあ…好き放題使えたら攻撃、というか殺傷系トラップにも使えるだろうなぁ
[一言] ハインドって基本的にNPCの好感度高そうだけどサマエルの反応が強すぎる……w
[良い点] サマエル、ハインドのこと大好きすぎる(笑) ハインドの人たらし力、やっぱりスゴいなぁ… さすハイ [一言] なおトビはノーセンキューな模様 当然である
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