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地上と魔界の差

 魔界は地上と打って変わり、祭りのような――否、祭りそのものが行われていた。


「む!?」

「あれっ!?」


 場所は魔界の首都、魔王城のお膝元である『魔都ディノア』だ。

 サーラから魔界の首都へ、直接の転移。

 この光景を予期していなかったのか、ユーミルとリコリスちゃんの二名が驚いている。


「……魔王が即位宣言した直後だからな。まさか、なんで祭り? なんて思っていないよな?」


 多くは言わず、それだけを二人に聞こえるようにささやく。

 祭りばやしの音にき消されるかとも思ったが、どうやらしっかり聞こえていたようで。


「なな、なにを言っている!? 忘れてなどいないぞ! うむ!」

「そそそ、そうです! その後の幹部イベントが強烈で、忘れたりなんかしていません!」

誤魔化ごまかしが下手すぎるだろ」


 どんどんどんどんユーミルにリコリスちゃんが似てきて、俺としては心配である。

 しつこいようだが、悪いところは見習わなくていい。


「しかしこう差があると、地上と魔界は別世界なのを実感するでござるなぁ」


 祭りの光景、それ自体はそう変わったものでもない。

 魔族だからといって、おかしな儀式をするようなステレオタイプな行動はしていない。

 普通に屋台が並び、魔族たちが飲み食い遊んでいるという平和な光景だ。

 トビが言っているのは、被害を受けて沈む地上の様子との落差についてだろう。


「さしもの怪鳥も、次元を超える能力は有していないってことか」


 怪鳥は魔界に飛来していないようだ。

 もし来ていれば、今ごろもっと騒ぎになっているだろう。


「でも、神界から地上には出てきたでござるよ? 神界産だよね? あいつ」

「じゃあ魔界に興味がないとか?」

「不確定要素が多くて、なんとも言えませんね……」


 いずれにしても、魔界が被害にっていないのは幸いだ。

 被害に遭っていれば、もしかしたら討伐の支援を受けやすくなったかもしれないが……。

 そのために不幸を願うのは、はっきり言って筋違いというものだろう。

 与太話をしている間に、祭りのゾーンを抜ける。


「むぅ。祭りに参加……という気分でもなかったな」

「地上があんなだしな」


 後ろを振り返りつつ、ユーミルが寂し気につぶやく。

 祭り好きなユーミルでも、この発言である。

 とはいえ、祝賀ムードの場所に争いを持ち込むのもまた無粋。

 このままなにもせず、地上世界に帰るのもありという気がしてきたが……。


「なーに。拙者にとっては、魔王ちゃんに会える日は毎日がお祭り!」

「黙れ年中お花畑」

「はっはっは、ユーミル殿! 今の拙者には、どんなに辛辣しんらつな言葉も効かないでござるよ!」

「無敵か貴様……」

「……」


 上機嫌のトビを止めるのも――と、思考は堂々巡りである。

 もう成り行きに任せるか……幸い魔族は、はっきりした言動が多い傾向にある。

 無理なら無理とすっぱり切り捨ててくれるだろう。


「ところでこの祭りって、魔都以外でもやっているのでござろうか?」


 ふと、一瞬前まで上機嫌だったトビが質問をぶつけてくる。

 祭りに関連して、なにやら嫌な予感がしたようだが……。

 それは正しいかもしれない。


「各地でやっていると思うぞ。魔王ちゃん一行も移動魔法を駆使して、遠方まで顔見せに行っているはず。そんな話をイベント終了直前にチラッと聞いた」

「えっ!? では、魔王城に魔王ちゃんは……」

「どっちかっていうと不在の可能性が高いな。もちろん、運よく休憩中で会えるかもしれないけど」

「なん……だと?」


 トビの顔が絶望に染まる――前に、俺は次の行動を示す。

 諦めるのはまだ早い。


「それでも魔王城には行こう。大丈夫だ、なんとかなる」

「あれっ!? ハインド殿、なにかアテがあるので!?」

「いいのか? 魔王はいないかもしれないのだろう?」

「確かに、城に魔王ちゃんはいないかもしれない。でも……」


 闇雲にさがすのではなく、まずは所在を知っていそうな者に会いに行く。

 魔界の現状がこうなので、幹部や側近は出払っている――と思いがちだが。


「いるだろ? 魔王城あそこには、祭りの時でも確実に仕事をしている仕事の鬼が」




 そんなわけで、前回イベント終了時にもらった重要アイテム『導きの鈴』の音色を頼りに、幻影に隠れている魔界城の位置をサーチ。

 祭りの音が完全に遠ざかり、静けさに満ちた魔王城の中へ。

 アポなし無断侵入だ。

 周囲の状況を確認し、シエスタちゃんがのんびりとつぶやく。


「……人の、もとい魔族の気配がしませんねー」

「えぇー……ま、魔王ちゃんの気配だけあったりしないでござるか? いない?」

「どんな状況だよ。それはそれで不穏だろ」


 あの寂しんぼの魔王ちゃんが一人で城に、なんて異常事態にもほどがある。

 錯乱気味のトビの発言は置いて、城内を探索。

 というよりも、俺の目的地は最初から決まっている。

 もはや慣れた足取りで、上階にある政務室へと向かうと……。


「あ!? なんだこの無駄な支出は!? この過剰な宴会費用は!? 阿呆が! オロバスめ、雑な計上をしおって……!」


 怒りに満ちた声がした。ビンゴ。

 そっとドアを開け、中の様子をうかがう。

 全員で左右から顔を出し、そのままコソコソと話す。


「財務関係の資料を精査中、かな……? 機嫌悪そうだね……」


 入口から見て右から、セレーネさんがゴニョゴニョと。

 続けてリコリスちゃんがその下から顔を出し、コソコソと。


「それにしても、本当にいましたね! ハインド先輩の言う通りでした!」

「うん。サマエルのやつ、即位式の前から、軽い行事なら自分が不在でもなんとかなるよう組織改革していたから。例えばほら、強引に側仕えにされた――」

警邏けいら隊のアウラ隊長ですね……」


 同情するように言ったサイネリアちゃんはドアからのぞきこまずに、一歩引いた位置に。

 続けて口を開いたリィズも、その隣にいる。


「軍属の女性魔族は貴重なようですね。新たな魔王が女性……女児ですから、今後も人事は苦労しそうです」

「まあなあ。ああいう近場にいる、使えそうな人材を登用せざるを得ないんだろう。将来的にこうなることは予想できただろうに、対応できなかったのは……それだけ他の仕事が山積しているのか。それとも人件費が足りないのか」

「ただ、なーんか集めているのが目下めしたの言うこと聞かせやすい魔族ばっかりなのが気になりますねー。同輩とか先達とかに、助けてーって言ったほうがいいのでは?」


 そう言うシエスタちゃんは俺の真上に。

 体勢的にきついので、体重を預けてこないでほしい。

 シエスタちゃんの声には、俺の真下にいるユーミルが応じる。


「頭を下げて回る、か。できるのか? あのプライドの高い男に」

「できないから、今こうなっているのではござらんか? 絶対友だち少ないでござるよ、サマエルのやつ」

「――貴様ら! 全て聞こえているからな! というか、そもそも隠れる気がないだろう!? 長々(ながなが)と話しおってからに!」

「うわ!? こっち見たでござるっ!」


 顔を出すところを探していたトビが、サマエルに正面から思い切り見られたところで……。

 俺たちは覗き込む構えを解くと、政務室の中に雪崩なだれ込んだ。

 こうなると隠れる意味も遠慮する意味もない。最初から遠慮はなかったかもしれないが。


「で、なんの用だ? 私は見ての通り忙しい」


 用がないなら帰れと言わんばかりだ。

 ここ最近の友好的な態度を思えば、これはかなり「来ている」状態だろう。

 俺たちは互いを見てうなずき合う。


「まあまあまあ。お前の休み下手は知っている。客が来たんだから手を止めて、お茶にしろ。一時的に仕事を放りだせ。さあ」


 まずは自分から。

 立っていたサマエルの背を押し、仕事と執務机から遠ざける。


「そうだ! お茶にしろ!」

「休憩しろー!」

「そうだー。私たちの相手をしろー。お菓子を出せー」

「とても客の言い分とは思えんな!?」


 続けてユーミルがサマエルの手にあった書類を奪い、リコリスちゃんへ。

 リコリスちゃんが口調に反した丁寧な所作で、そっとそれを執務机に置く。

 そしてシエスタちゃんのゆるい声と共に、みんなで強引に抵抗するサマエルをソファに座らせた。

 ここは応接用のスペースらしいが、書類が積み重なる執務机よりはティータイムに向いている。


「給湯室、借りるからな。そこを動くんじゃないぞ」

「しかも客が自分で茶をれるのか……もう好きにしてくれ……」


 目を手でおおい、疲れごと吐き出すようにサマエルが大きな溜め息をこぼす。

 しかしその口元がわずかに緩んでいるのを、俺は見逃さなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仕事の鬼とのやりとり好きすぎ!!!
[一言] いや、これうまく乗せれば支援もらえるんでないか? 神界側がどう思ってるかとかはアレとして、一応神界陣営VS魔界陣営もあったことだし、魔界上層部側は神界に対抗意識あったと思うし 新魔王の号令の…
[良い点] サマエルとハインドの友情が好きです。
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