レイドイベント初動
今、俺の目下には頭頂部がある。
それも至近距離に――といっても、これはユーミルの頭ではない。
視線より下に頭頂部が見えるということは、自分よりかなり背が低いのだ。
この癖のないサラサラした髪質のショートカットは、そう。
「むむむ……」
リコリスちゃんである。
俺の前にピッタリと張り付いて、なにやら周囲を警戒している。
「むーん?」
その少し横には、対照的に長い癖っ毛のシエスタちゃん。
こちらも周囲を見回してはいるが、比較的リラックスした様子だ。
「むむっ!」
そして背後から――背中合わせ、そして後ろ歩きという危なっかしい動きで追従してくるユーミル。
当然無理があるので、何度か俺と背中同士がぶつかっている。
……そろそろ一言いいだろうか?
「なあ……君たち。一体なにしているのかな?」
簡単に言うと、三人で俺を護るような体勢だ。
ただ、なぜそんなことをしているのか。
その意図がわからない。
「む?」
「むむ?」
「むー?」
む、だけで会話しようとしないでほしい。
ちなみに今いる場所は『王都ワーハ』の街中である。
珍妙な移動を続ける一団に、周囲の耳目は集まっている。
「ハインド殿、随分と我慢したでござるなぁ……リィズ殿、何分くらい経った?」
トビの問いかけに、リィズは苛ついた様子で答える。
我慢しているのはこちらも同じだ、と言外に伝わってくるようだ。
「……この状態になってから五分と二十七秒です」
秒刻みのカウントを聞かされ、トビの表情と動きがピシリと止まる。
触れれば爆発しそうな気配を受けて、トビがなんとかしろと視線で訴えてくる。
俺としても望んでこうなっているわけではないので、改めて声をかける。
「もう一回訊くぞ? いいか? この変な密集隊形には、なんの意味が――」
「無論、PK対策だ! ハインドをがっちりガード!」
「です!」
「みたいな?」
「……」
そこでようやく察した。
ユーミルが昨夜、一緒に見た掲示板でどの情報に注目し、どうみんなに伝えたのかを。
……間違いなく三人の中で、シエスタちゃんだけは悪ノリでやっている。
「あの……これって、意味あるんですかね?」
「えっと、街中は安全エリアだから……ないと思うよ?」
そんなサイネリアちゃんとセレーネさんの会話を聞いて、俺の推測は確信に変わった。
今日は珍しく、未祐がかなり先に。
そして自分が、メンバーの中で最後にログインしたことが事態を加速させている。
……いや、それにしたって、どうしてこうなった。
「……あのさ。気持ちは嬉しいけど、恥ずかしいからやめてくれるか? 護るにしても、せめてフィールドに出てからにしてくれないか?」
「なにを言う! そういう気の緩みが事故や事件のきっかけになるのだぞ!」
「今、この状態がある意味、事故だよ……」
確かにお遊びのPK予告もどきはあったが……。
この状態で歩くのは、自意識過剰な人みたいで恥ずかしい。
金持ちや要人ならともかく、こちとら一般人である。
「……ところでユーミル」
「なんだ!?」
「お前、支援攻撃関連の話は伝えてくれたのか? 勢力報酬に関しては?」
「あ」
結局、掲示板で得た情報は俺がみんなに伝えることになった。
といっても、根っからゲーマーなトビとセレーネさんは自分で情報を入手済みだったが。
それから、さすがに場所は馴染みの宿屋兼酒場に移した。
「女将さん、ミントティー八つね」
「あいよー」
「あ、拙者はサボテンジュースで!」
「え? あ、じゃあ、ミントティー七つとサボテンジュース一つ……って、トビ。お前マジか?」
「あの酸っぱくて苦いの、偶に飲みたくならないでござるか? 常飲は勘弁でござるが!」
ともかく、ここなら落ち着いて話ができるだろう。
元々、街に出ていたのは怪鳥襲来後の様子を見るためだ。
酒場には色々な人が集まっているので、変わった話は自然と耳に入ってくるはず。
「ってことで。メインの支援攻撃、砂漠のフクロウでいいだろうか?」
議題はどの支援攻撃をメインに使うか? である。
俺たちの支援攻撃候補は他に『キャラバンの護衛隊』『王都ワーハ衛兵隊』など、いずれもサーラ所属の団体ばかりだ。
どれを呼んでもサーラの貢献ポイントに加算されるはずだが、好感度に紐づく支援効果の高さや思い入れを考慮すると『王宮戦士団・砂漠のフクロウ』が第一候補だ。
「異議なし!」
「まー、ティオ殿下にああ言っちゃいましたしねー。たっぷり呼びつけてやったらいいのでは?」
シエスタちゃんの言うように、殿下との約束もある。
なるべく多く戦士団を呼ぶのが筋というものだろう。
特に異論なく、話がまとまろうとしたところで――
「うえっ……と。ちょっといいでござるか?」
――サボテンジュースを飲んで、渋い顔をしたトビが手を上げた。
同調圧力をかける気は更々ないので、意見があればいくらでも聞くつもりだ。
とはいえ、他に支援攻撃の有力な候補なんていただろうか?
「どうした?」
「拙者、考えたのでござるが」
「む? またロクでもない考えではないだろうな?」
「さっきポカしたばかりのユーミル殿に言われたくないでござるが……とりあえず、聞いて?」
ユーミルから疑いの目を向けられつつ、トビは咳払いをひとつ。
……先程も触れたように、トビは自分で必要な攻略情報を仕入れていた。
なので、その上での意見だと思っていいはずだ。
「……大陸五カ国以外の――特に、魔界勢力からの支援。拙者たちなら、もしかしたら受けられるのでは? と」
「魔界の?」
そういえば、俺と未祐が見た範囲でも「神界と魔界は勢力報酬の対象に入るのか?」なんて書き込みがあったな。
あの後、気になって調べてみたが……結局のところ「神界・魔界への到達者が少ないのでわからない」という結論が多かった。
そんな中で、俺たちは魔界への到達者である。
実際にどうなっているのか、魔界に行って確かめればわかることだ。
わかることなのだが……。
「……有り得ない話ではないと思うけど。別に魔族って、人間の味方でもないよな?」
魔界から見て、人間を助ける義理はないのでは? という疑問が湧いてくる。
TB世界の人間と魔族の関係は、敵対関係ではないが友好的でもないというもの。
実質「無関心」に近いので、まず興味を持ってもらうところから始めなければならない。
ある意味、敵対関係の状態から一時的な協力を得るよりも難しいと感じる。
「で、でも、大陸の人間はともかく、魔界って来訪者には借りがあるはずでは!? ほら、魔王ちゃんがお漏らししたレイドモンスターだって何度か倒したでござるし!」
「お漏らし言うな」
的確だが下品な表現だ。
これまでのレイドモンスターは、そのほとんどが魔王のミスから封印が解かれている。
「しかしそう言われると、交渉の余地はある気がしてくるな」
「で、ござろう!?」
話の持っていき方次第では、本当に支援をお願いできるかもしれない。
ただ、運営側が仕様として不可だとストップをかけていればその限りではないが。
……みんなはどう思っているのだろう? と、視線を向けてみると。
「まーまー、いいじゃないですか先輩。まだイベントは始まったばかりですしー」
「そうですよ! 駄目で元々、当たってみるのもいいと思います! 行ってみましょう!」
「魔族は誰が来てくれても高レベルだから、支援を得られれば切り札になる……かもね?」
リコリスちゃん、シエスタちゃん、セレーネさんと、みんな割とトビの意見に好意的だった。
あんなこと――魔王ちゃんの演説キャンセルがあった後だから、というのもあるのだろう。
表面上は立ち直っているようにも見えるが、トビの精神はダメージを受けたままである。
俺としても、少しでも魔王ちゃんへの接触の機会を与えてやりたい。
「みんなもこう言ってくれているし、確かめに行くか? ま――」
「行きたいでござるぅっ!」
「――かいに……唾を飛ばすな。ひっぱたくぞ」
俺の問いかけに対し、トビは食い気味で答えた。
まあ最悪、成果がなくても……魔王ちゃんに会えされすれば、トビのコンディションは上向くだろう。
行って損をするということはないはずだ。
「単にあれこれ理由をつけて、魔界に行きたいだけなのでは……」
「ま、まぁまぁ、リィズちゃん」
リィズだけは普段の態度を崩さないが、穏健派のセレーネさんが宥める。
正直、本音では俺もリィズに同意だ。あえて言う気はないが。
「よしっ! では討伐の前に、魔界行きだな!」
結論が出たところで、ユーミルが宣言。
注文した飲み物を空にした俺たちは、ぞろぞろと酒場を出る。
目指すは神殿、魔界に転移して魔王城へ――ということになるか。
レイドボスへの挑戦は一旦、後回しだ。
「とはいえ、さすがに魔王ちゃんの支援攻撃! とはいかないと思うけど」
「強すぎるからでござるか?」
「煉獄弾を一発だけ! とかでも無理か?」
「強すぎるだろ。多分レイドボス、それだけで蒸発するぞ」
道中、もし魔界の支援を受けられたら? などと想像しながらの移動だ。
トビは既に気持ちが上向いてきたのか、楽し気に会話に参加してくる。
「そもそも魔王ちゃんがOKなら、キャラの分類が近いパトラ女王も呼べるだろうし」
「直接攻撃じゃないパターンならどうでござる? バフ、デバフ、フィールド効果とかとか。他にも――あ! 魔王ちゃんが登場して舌を噛む! こ、これでは!?」
「どれだよ」
「意味がわかりません」
「効果もわからんな。お前が喜ぶだけではないか」
こういうのを筋金入りというのだろうな、と俺たちはドン引き半分。
感心半分で、トビの魔王ちゃん愛を再確認するのだった。