王宮裏と王女様
事態が落ち着きを見せた後、俺はティオ殿下に校舎裏――ならぬ王宮裏に呼び出されていた。
こちらから話しかけにいくまでもなかった。
こういうとき、こういう場所でされることは……秘密の話か恐喝というのが相場であるが。
「ちょっと、ハインド……どういうつもりよ?」
恐喝のほうだったかぁ。
王族が胸倉をつかんじゃ駄目でしょ……。
そこでジャンプしてみろよ、とか言われそうな剣幕だ。
ちなみに神官服にはポケットが付いていない。
「どうって、治療の手伝いですが?」
特に後ろめたいところのない俺は、素直に応えた。
その反応を予期していたのか、ティオ殿下は大きく息を吸いこんだ。
そして一息で言い切る。
「ああいうときは! 私の隣で手伝うか! いっそ、他の場所にかかりきりで来ないかのどっちかにしなさいよ!」
「ええー……」
要約すると「中途半端な位置にいるんじゃねえ! 気が散る!」ということらしい。
複雑な乙女心である。
あの状況で俺たちのうちの誰かが近づいたら、外面を維持できなくなると思うのだが。
「あ、いた!」
ドタバタという足音がしたと思ったら、ユーミルが顔を出した。
姿が見えない俺を捜してくれていたらしい。
「む!? ハインドがティオにかつあげされている!」
「なんでよ!?」
そして俺たちの様子を見て叫んだ。
発想が同レベルである。
やっぱりそう見えるよなぁ。
「……と、ともかく。王宮と戦士団を代表して礼を言うわ」
しばらくして、落ち着きを取り戻したティオ殿下――本日何度目かわからないが。
上がったり下がったり、気分と調子の乱高下が忙しい。
俺たちが場に全員揃うのを待ってから……。
殿下は姿勢を正し、王族としての威厳が損なわれない範囲で感謝の意を示す。
「ありがとう、渡り鳥。ヒナ鳥たち」
ティオ殿下……出会った時と比べたら、大人になって。
傲岸不遜を絵に描いたような態度だったのに。
成長を感じるなぁ、などと親目線のような心情でいると……。
「ティオ。出会った時と比べたら、大人になって……!」
「誠でござるな。私が聖女よ! なんて言っていたころのティオ殿下に見せてやりたい」
「なんでお前ら、口に出しちゃうかな……」
馬鹿二人がそのまんま声に出してしまう。
当然そんなことを言われたティオ殿下は――無言で震えながら、顔を真っ赤にしている。
礼の態度を取った手前、怒って咎める態度も取れないという。おいたわしや。
「と、ところで! 王宮で討伐隊を編成するという話を聞いたのですが」
いたたまれない空気に一石を投じてくれたのは、サイネリアちゃんだった。
こういう時に話の進行役を買って出てくれるのは助かる。
「……耳が早いわね」
おっと、ティオ殿下がなにごともなかったかのように乗っかった。
ここは俺たちも……。
「む、ティオ。お前、今のをなかったことに――」
「そろそろやめような? ユーミル」
「もご」
俺は素早くユーミルの口を塞いだ。
危ない危ない、話が進まねえよ。
思ったことを全て声にしてしまうのは悪いことだ。
ティオ殿下はこちらを軽く睨んだが、そのまま話を進める。
「神からの警告なんて、数百年ぶりだもの。国中大騒ぎよ」
「数百年……」
随分と過去の話になるんだな。
……今のティオ殿下の一言には、色々な情報が詰まっている。
神からの呼びかけが頻繁ではないこと、サーラ王国の神に対する信仰心はそこまでではないこと、しかし神の存在と警告は正しいものとして扱っていること。
そして一般国民にまで、それらが認知されていること。
「私たちに丸投げではいかんのか?」
俺の手を解いたユーミルは、今度は話の役に立ちそうな疑問を口にする。
できるなら最初からそうしろと言いたいが。
「来訪者がいるから、野放しでいい――というわけにもいかないのよ。過去の歴史書を紐解くと、事態を甘く見て痛い目をみた話は多数残っているから」
「歴史書レベルの話なんですか……」
それじゃあ、前例に倣うといったことが難しいわけだ。
パトラ女王はさぞ頭が痛いことだろう。
ティオ殿下も同じ気持ちなのか、眉間に寄った皺を解すような仕草をする。
「非協力的だった者に神罰が下った、なんて話もあるしね。神が来訪者だけでなく私たちにも呼びかけた以上、総力戦で当たらないと」
「非協力的……基準が曖昧で怖いですね」
「本当にね」
言葉通りの妨害行為に神罰があるのか、それとも日和見程度でも駄目なのか。
プレイヤーに対しては……どうだろう?
イベントに不参加だからといって、なにかあるわけでもないだろうし。
「……天災級の魔物が出た際は、国家間での交戦・友好の状態を問わず、全人類の力を結集して討伐に――という古の盟約も存在しているわ」
「やはりカイムはそのレベルの魔物ですか」
「これだけ被害を出したのだから、そうなるでしょう。大陸の覇者を気取るグラドが、一番派手に動くにしても……サーラはサーラで、できることをしないと」
ああ、他国との兼ね合いもあるのか。
そちらについては、必ずしもプレイヤーにどうこうできる問題ではないけれど。
座して動かなければ、国の沽券に関わるという話のようだ。
「ただ、知っての通り……戦士団の戦力はまだまだ来訪者たちに劣るわ。お姉さまやアルボル爺が出張れば話は別だけど」
サーラが魔導士の国と呼ばれる所以である。
それが反映されてか、戦士団でも魔導士たちのステータス補正が若干高い。
頭の中で戦闘をシミュレーションしたのか、トビが小さく手を上げて発言する。
「というか、女王様なら単独で討伐できそうでござる」
「それはそう。でも現実に、そうもいかないのはわかるでしょう?」
女王の戦力を一言で表すと……個人で神や魔王と戦えるレベル、となっている。
元老アルボルも同様だが、どちらも政治の中枢にいる人物だ。
できる限り空席になる期間は出したくないだろう。
その二人のどちらか、あるいは両方が出る事態というと――最後の最後だろうな。
被害が拡大すれば出撃するかもしれないが、それは俺たちからしても御免被りたい。
「だから、王宮は討伐隊とは名ばかりの支援部隊を組織……で、討伐の中心戦力は来訪者たちに依頼。そうなる可能性が現時点では高いわ」
「おお! 支援部隊!」
申し訳なさそうに言う殿下に対し、支援部隊という言葉の響きに興奮するユーミル。
能天気が過ぎるようにも思えるが、こういう態度に救われる者がいるのも事実だ。
ティオ殿下のほっとしたような顔を見ると、それがわかる。
「だから、今回は――ううん。今回も、あなたたちに頼ることになってしまうけれど……怪鳥カイムの討伐。お願い、できるかしら?」
サーラの軍事力が大陸の中で弱いのは、俺たち所属プレイヤーの責任もある。
これ以上、ティオ殿下にばかり頭を下げさせるのは酷というものだろう。
本当は自分たちの手で、国土を荒らした魔物を倒したい――そんな想いは、固く握った拳から充分に伝わってくる。
ユーミルはそんなティオ殿下の手を取り、拳を解して握手に変える。
強引な行為だったが、ティオ殿下は驚きこそすれ嫌な顔はしていない。
「うむうむ、我々に任せておけ! ティオは王族らしく、後ろでドーンと構えているがいい!」
「えっと、戦士団のみなさんの新しい装備……討伐隊の発足までに、なるべく多く用意しておきますね」
「必要なら物資も融通――というか共有・提供しますので。遠慮なく仰ってください」
「あなたたち……!」
ユーミル、セレーネさん、そして俺の言葉に声を震わせるティオ殿下。
リィズたちもそれに続く。
「別に、私たちとしては手柄を全て差し上げてもいいですしね」
「威張り散らしていいでござるよ! とどめだけでも刺して、戦士団が怪鳥を討伐したぞぉぉぉ! みたいな」
「そうですそうです!」
「まー、とどめというか、フィニッシュがどうなるかは運営のみぞ知る――ですがねー。今までの大型モンスターも、誰が倒したことになっているのやら」
「シー。話に水を差さないの」
手柄を譲るという行為がゲーム的に可能かどうかは知らないが。
俺たちの気持ちとしては、そんな感じだ。
ティオ殿下は俺たちの言葉一つ一つを丁寧に聞いた後で、手柄については首を横に振る。
「魅力的な提案だけど……やめておくわ」
「バレた時に大変だからですか!?」
「それもあるけれど」
性格上、受けてもおかしくないと思ったが……。
ティオ殿下はリコリスちゃんを制し、強い瞳で宣言する。
「あなたたちに頼りきりじゃなく……いつか自分たちの力で、でっかいでっかい功績を立ててふんぞり返ってやるわよ。そう遠くない未来にね!」
おお……。
素晴らしいとしかいいようがない。
俺が先程のものを超える感動に震えていると、ユーミルが一言。
「ティオ。出会った時と比べたら、大人になって……!」
「おーい? 会話をループさせようとすんな。台無しだろうが」
「もういい加減、怒りも羞恥も湧いてこないわよ……」
さすがのティオ殿下も、これには脱力して呆れるばかりだった。