王宮前広場
王宮の門扉は開かれていた。
なぜか門番は立っておらず、兵士たちが激しく出入りしている。
「お、もう討伐隊が!?」
「いや、これは違うだろ」
「む?」
ユーミルが勘違いするのも仕方ないほど、殺気立ってはいるものの。
兵士たちが持っているのは包帯、添え木に軟膏……そしてポーション。
いわゆる医薬品だ。武器の類ではない。
そして……。
「そっとだ。段差に注意しろ」
「うぅ……」
「痛むか? もうすぐ着くからな!」
二人の兵士が持つ担架に乗せられ、運ばれていく怪我人。
俺たちは邪魔にならないよう、急いで進路上から一時退去した。
軽い会釈を残して、見覚えのある兵たちが中に怪我人を運んでいく。
そんな様子を見つつ、リィズが小声で話しかけてくる。
「王宮を解放して、怪我人を収容中……でしょうか?」
「多分な。とにかく入ってみよう」
そういえば、街中でも駆け回る兵士たちを見かけたような……。
手が足りないようなら、俺たちも手伝いたいところだ。
兵士たちが通り終え、後続が来ないことを確認してから王宮へ。
門をくぐって敷地内『王宮前広場』に出ると、そこには予想通りの光景が。
「予想通り……だけど」
「静かですね……」
救急医療の現場を指して「戦場」と呼ぶことは多々あるだろうが。
王宮前広場における治療の現場は、呻き声と励ます声こそあったものの……。
そこまで切迫した声は聞こえてこない。
精々、泣きだす子どもの声が目立つ程度だ。
「担架で続々と運ばれて来るけど、その割に満員ではないな。どうしてだ?」
「先輩。治った人、あっちから自力で帰っているようなー……」
「え? あ、本当だ」
シエスタちゃんに言われて目を凝らすと、街に帰っていく人々がいることに気づく。
東門のほうか……どうやら正門を搬入、東門を退出に使っているようだ。
しかし、あれだけ治りが早いのは体が丈夫というか別世界感が強いというか。
魔法・回復薬の存在が異常とも言えるけれど。
「うーん。骨折とか、出血が多い人が運ばれている感じかな?」
「相変わらず眼鏡なのに目がいいな! セッちゃんは!」
セレーネさんとユーミルがそんな話をしているのが耳に届く。
なるほど、重症者を優先しているのだろう。
軽症の者も押し寄せるなどの混乱を招かないよう、大きく呼びかけず密かに運び込んでいるようだった。
これについてはクラリスさんも知らなかったくらいなので、末端まで指示が行き届いているということなのだろう。
「さすがでござるなぁ、ウチの女王様は」
「だな。軽症者のフォローも、後からするんだろうなって信頼できる」
どうしても魔導士としての面ばかり目にしがちだが、女王様は為政者としても優れている。
……そして幸い、この世界の医療手段はポーションか回復魔法だ。
専門知識は必要ない。
俺たちでも気軽に参加可能な上、しっかりと役に立つことができるだろう。
邪魔になることはないはず。
「よーし、ポーションをぶっかけて回るでござるよ! 拙者、女性を中心に――」
「トビの割り当てはあっちの、肉体労働系男性のエリアな」
「何故!?」
張り切って駆け出そうとするトビの肩を、俺は強めの力でつかんだ。
なぜもなにも……。
「不埒だから」
「顔がいやらしいから」
「ウザいから」
「前二つはいいとして、最後のなに!? ウザさは関係ないよね!?」
「あの……」
騒いでいると、治療にあたっている王宮女官の一人に声をかけられた。
女官も相当数が多い上に、兵士たちほど関係が深くないせいか……。
とにかく、顔見知りの相手ではない。
「もう少し静かにしていただけませんか? 怪我に障る方もいるでしょうし」
「「「すみません」」」
険しい顔で、至極真っ当な注意をされてしまった。
人が多いはずの王宮前で、俺たちが一番うるさい。
「怒られたでござるな……」
「当たり前では?」
「好感度マイナス100ってとこだな」
……このままだとただの迷惑な集団なので、治療で挽回することにしよう。
回復薬の価格高騰は怖いが、そんなことを言っていられる状況ではなさそうだ。
治療待ちの渋滞こそ起きていないが、兵士・癒し手たちの疲労は明らか。
放っておけば遠からず、誰か倒れてしまうだろう。
「よし、動こう。なるべくシエスタちゃんと俺で、効率よく治療して回るぞ。回復魔法あるし」
「うーい。りょうかいでーす」
まず回復魔法、これは基本ノーコストなので優先したい。
戦闘外のMPは時間経過で自然回復する。
ただ、自然回復のみでは足りなくなることが目に見えているので……。
「ユーミル、MPポーションはこっちに寄せてくれ。代わりに手持ちのHPポーションは全部やる。必要と思ったら、使い切っていいから」
「わかった!」
俺とシエスタちゃんにMPポーションを。
他の面々にはHPポーションという割り振りで行く。
邪魔にならないよう、広場の隅に寄って……。
素早くアイテム交換を済ませ、うなずきあう。
「ハインド先輩! ポーションが切れた後は、どうすればいいですか!?」
「お、リコリスちゃんやる気満々だね。ポーションが切れたら……街に出て怪我人搬送の手伝いとか、雑用とかでいいと思う。俺だけ先にミレス団長に会って、話を通しておくから」
「はいっ! 頑張ります!」
手伝おうと無理に横入りして、邪魔になる事態だけは避けなければならない。
他のプレイヤーが先んじて、前例を作っておいてくれれば楽なのだが……。
残念ながら、俺たちが一番乗りのようだ。
まずはこの場の責任者であろう、戦士団・団長ミレスを捜して会わなければ。
さっき姿を見たような気がするので、勘違いでなければ近くにいるはず。
「ってことで……散開!」
行動開始だ。
これはゲーム内の災害ではあるが、VRの仕様が俺たちを急き立てる。
怪我をした人の中には、商店街の顔見知りなども含まれている。
それから、中心になって救助に動いている戦士団の面々は「俺たちが育てた」と言っても過言ではない付き合いだ。
付き合いの深い部隊の面々なら、一人一人の名を言えるほどである。
俺の場合は……あ、エレザとトーニャが手を上げて挨拶してくれた。
あの二人のように団の回復・支援部隊がこれに該当する。
「こりゃ、手を抜けないな……」
ゲームのキャラだから、などとドライに割り切れるものではない。
実際、こうして――
「……ありがとうございます、神官様。楽になりました」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
――お礼を言われると、現実となんら変わらず嬉しいものだ。
無事にミレスとの話を終えた俺は、早速回復魔法による治療に移っていた。
このいかにも「神官です!」という自分の格好も役に立っている。
治療行為に入る際に、特に抵抗なく受け入れてもらいやすい。
しかし、サーラで治療やら回復魔法といえば……誰か忘れている気がするな?
「おお……ありがとうよ。この調子で、聖女様のご負担を減らしてやっておくれ」
「あ」
「?」
「――っと、失礼。そうですね、精一杯努めます」
そうだ、ティオ殿下。
聖女といえばティオ殿下、ティオ殿下といえば聖女様だった。
俺の中では「親しみやすい庶民派王族」という認識に成り下がっていたので、その肩書きはすっかり忘れていた。
そんなわけで、治療の列が途切れたところで……俺は周囲を探してみることに。
「……?」
見当たらないな。ティオ殿下はどこだ?
行動も容姿も派手で目立つから、すぐに見つかると思ったのに。
そもそも殿下が聖女と呼ばれるようになったのは、過去の大砂嵐の際に精力的に治療を行ったから――のはず。
なら、今回も治療に参加しているのが自然だろう。
街に出ている可能性もなくはないが、普通に考えると……。
「はい、終わりましたよ。よく頑張りましたね」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
あ、いた。いたわ。
ちょっと豪華な仮設テントというか、意味は一緒でも「天幕」と呼びたくなる囲いの下に彼女はいた。
外行き用の態度なのか、いつもの殿下とは所作も言葉遣いも表情も大違いである。
「また随分と、でっけえ猫を被ってんなぁ……」
つぶやきつつ、しばらく見ていると……視線を察知したのだろう。
こちらと目が合った。
「げっ!?」
と、実際に発音したわけではなかったものの。
一瞬とはいえ物凄い顔をしたせいで、周囲に取り繕うのが大変そうだった。
そして俺の姿を認めた直後から、明らかにティオ殿下は落ち着きをなくした。
手は震えるし、杖を落とすし、笑顔が引きつっている。
いかんいかん、メッキがすごい勢いで剥げていく。
その後、どうにか殿下は平静を取り戻したようだったが……。
「……」
何度か治療の隙を見ては、こちらの様子を窺う視線を感じた。
面白――じゃない、ちょっと気の毒だったな。
視界に入らないよう、配慮したほうがよかっただろうか……?
それはそれで、自意識過剰な気がして微妙に思えるが。
もう少し時間が経って事態が鎮静化したら、殿下に話しかけてみることにしよう。
討伐隊のことも気になるしな。