街の様子
サーラの路地には、テント式の屋台が多い。
当然ながら砂嵐の発生時、畳んで商品を引っ込める――といった対処がされる。
頻度は高くないが、風雨の際も同様だ。
しかし、今回の場合は……。
「うぉ……」
女神様からのお告げというか警告は、おそらく現地人にも届いていた。
それが現地人にとってどういう扱いなのか?
信用度はあるのか? 過去にもあったことなのか?
それらは、俺の知るところではない……というか、今後の情報収集の過程でわかることだろうが。
ともかく、カイムが生み出した被害は広範囲に及んでいた。
避難や退避は間に合わなかったらしい。
「どれだけ地表近くを飛んだんだ、あの鳥」
「悪意のようなものを感じますね……」
冷めたところのあるリィズですら、この感想だ。
裂けたテント、骨組み、商品の入っていた木箱などが散乱している。
物ならまだいいが、怪我をして呻いている人もいるようだ。
「……治療して回ったら、好感度を稼げるでござろうか?」
「そうかもな。片付けの手伝いなんかもいいんじゃないか?」
トビの発想はゲーマー的というかゲスい気もするが、住人の益になるならなんでもいいだろう。
俺は俺で、そうだな……。
「ハインド、ハインド! これは徳を積むチャンスじゃないのか!?」
「お」
「徳?」
考えを先読みして口にしたのは、意外にもユーミルだった。
対して、リィズは疑問の声を上げた。
「よく憶えていたな、ユーミル。リィズには話したこと――」
「ルクス・オブ・サーラ、でしたか?」
「――あったみたいだな、それそれ。あのスキル、まだ実用圏内じゃないし……やるか」
「やるのか!?」
ユーミルが気づいた通り、この状況。
継承スキルの特殊条件を満たす――というか、性能上昇に使えるかもしれない。
『ルクス・オブ・サーラ』は、善行を積むほど効果が上がるという継承スキルだ。
まさか、邪な気持ちを抱いての行動は不可! 不認定! とは言われないだろうし。
ただ、まぁ……。
「本当は、そういうの関係なく助けに行くような人……自然と徳を積める人に、スキルを譲渡できたらいいんだけどな」
「む?」
ユーミルが疑問の声を上げるが、俺の視線の先を辿って察したようだ。
あちらでは既に、リコリスちゃんが困っている住人に向かって突撃していた。
俺たちとの会話に参加していなかった面々も、それに追従している。
……おお、セレーネさんが頑張って声をかけて回っている。
俺たちも行かないと。
「うむ。では、我々は打算的に人助けするとしようか!」
「嫌な言い方をするなぁ……間違っていないけど」
「下卑た笑みを浮かべながら、揉み手をしつつ近づくぞ!」
「俺が現地の住人だったら、そんなやつに助けられたくねえ」
うさんくさすぎる。
こうか!? などと、ユーミルが言葉通りの動きを実演してみせているが……。
「似合わねえな。そういうのは、もっと小物っぽいやつがやらんと」
「拙者の出番でござるか!?」
「こういうとき、自分から立候補するか? 普通」
話を聞いていたのかいなかったのか、トビが自分に任せろと手を挙げる。
トビは居住まいを正し、頭巾を外し、咳払いを一つ。
いざ、実演。
「ぐへへへへ。お嬢さん、なにかお困りでござるか?」
すりすりと手を擦り合わせつつ、いやらしい笑みを口の端に浮かべ……。
姿勢は中腰、下品な笑みを浮かべた顔を前面に出しつつにじり寄ってくる。
「うわぁ……」
「生理的嫌悪感が凄まじいですね。近づかないでください」
「鳥肌が立ったぞ? どうしてくれる!」
「ふふふ。完璧でござるな!」
ある意味、完璧である。
そしてなぜ相手を若い女性に限定した。
気持ち悪さが増しているじゃないか。
ドン引きする俺たちだったが、トビはなぜか満足そうだ。
「さぁさぁ、遊んでいないで。いざ、好感度稼ぎ! でござる!」
「ゲームそのものが遊び定期!」
「さっきのは封印しろよ? トビ」
「私は住人よりも、ハインドさんの好感度稼ぎをしたいです」
「それはもうマックスだから」
「!?」
そういったわけで、俺たちは……。
情報収集と人助けを兼ねつつ、王都ワーハ内を回ることにした。
この付近は段々と他のプレイヤーが増えてきたので、別の場所に向かうのがいいだろう。
ゲーム補正というか、全年齢用補正というか、致命的な怪我をした人はいないようだった。
ルートは住宅街を最初に進んでから商業区へ、元より警備の厚い貴族街や王宮方面は最後といった流れだ。
俺たちが呼び止められたのは、商業区。
中でも、店舗型の商店が増える一画においてだった。
「ハインド様!」
この通りがよく、耳にも心地良い声は……。
「クラリスさん!」
呼び止めたのは、クラリスさんだった。
彼女は他国の支店にいることもあるのだが、今日は違ったらしい。
「ご無事でしたか。よかった」
「ハインド様も……よかったです。それにしても、驚きました。女神様の啓示もそうですけど、その後の……」
「カイムですね。来訪者にも声は届いていましたから」
口早に互いの安否確認と、軽い情報交換。
クラリスさんは自ら復旧・片付けに参加していたのか、服や髪があちこち汚れている。
後ろに見える商会の従業員たちも同様だった。
「おお、久しぶりに会ったな! 元気だったか!? クラリス!」
商会に顔を出すのは、基本的に俺とセレーネさんだ。
アクセサリー関係の素材が多い店なので、製作機会から自然とそうなる。
他のメンバーはクエストの納品などが主になり……。
ユーミルなんて本当、下手をすると現実世界換算で数か月ぶりに会ったのではないだろうか?
「ユーミル様、お久しぶりです。私は……」
クラリスさんはユーミルの姿を認め、丁寧なお辞儀からの……。
背後を振り返り、困り顔に少しの悲しみを混ぜつつ応えた。
「……元気なのですが。店に被害が少し」
クラリス商会本店は、その名の通り彼女が初めて構えた店だ。
規模拡大に伴い改装などもされているが、なにかと思い入れがあるのだろう。
店の飾りは壊れ、とあるプレイヤーがこの世界に持ち込み、量産された窓ガラスも割れてしまっている。
石造りの建物本体は無事なようだったが、営業再開には少し時間が必要だろう。
「俺にできることがあったら、言ってください」
いつもの商人らしい、同情を誘うための駆け引き――というわけではなく。
本当に参っている様子だったので、素直にそう声をかける。
「ありがとうございます、ハインド様……」
その対応は正解だったのか、柔らかい笑みが返ってきた。
なんていうか、その……こちらまで照れてしまう。
「……」
そんな俺の背に、容赦なく浴びせられるパンチの連打。
ほとんどは痛くない殴打や突っつき程度だったが、何発かは抉り込むような――イテッ。
トビだな? トビだろう?
全員で喋るとごちゃつくので黙っているが、しっかり話は聞いているぞと主張してくる。
俺の背中に攻撃しなかったのは、おそらくリコリスちゃんくらいだ。
「そ、そういえば皆様。ご存知ですか?」
照れを隠すような仕草もまた、よし……などと考えていると、まだ殴られそうだ。
ほどほどにして、真面目に応えることにしよう。
「なにがですか?」
「件の魔物――怪鳥カイムに対して、討伐隊を結成するという動きがあるそうです」
「……討伐隊?」
クラリスさんの言葉に俺たちは顔を見合わせ、首を傾げる。
いつも通り、プレイヤーたちが倒しに行くという話ではなく?
疑問に思っていると、ありがたいことに追加情報が。
「皆様は、王宮の方々と交流がありましたよね? 王宮に行けば、なにかわかるかと」
「王宮? ということは、女王様の下知ですか」
「おそらくは。天から啓示があった以上、国としてなにもしないというわけにも……」
「なるほど……」
後半は小声である。
場合によっては不敬に取られかねない発言だからだ。
俺たちもクラリスさんも、余所者だからな……。
サーラ国民の不興を買っては、これまで通りの活動を続けることはできないだろう。
「情報ありがとうございます、クラリスさん。早速――いいよな? ユーミル」
「うむ! 行ってみる!」
「はい。行ってらっしゃいませ」
最後はとびっきりの営業スマイル付きで、クラリスさんが頭を下げる。
特に情報の対価などは求められなかったが、あとで必要そうな資材や治療用の薬などを届けるとしよう。