襲来
「おのれ……許さん」
涙も枯れた頃、トビは恨みの言葉と共にゆらりと立ち上がった。
女神様か? それとも運営か?
誰にその矛先を向けるのかと、俺たちは次の言葉を待った。
「許さんぞ、メディウスゥゥゥ!」
「なんで?」
トビが投げた矛は、無関係そうなメディウスのほうへ飛んでいった。
意味がわからない。
わからないが、わからないなりにそうなった経緯を推察してみる。
「……神界との関係が深いから、か?」
パッと思いつくのはそれくらいだった。
最初の神界到達者であり、神魔決戦でも臨時幹部をやっていた。
俺たちを決闘で負かした際に見せた継承スキルも、神界産っぽかったし……そういうことでいいのか?
「だとしても、天空の塔の報酬で誰かしらは神界に行っていたと思います。神界陣営の本格活動も、既定路線でしょう」
「つまり、ただの逆恨みだな!」
「メェェェディウスゥゥゥッ!」
だめだ。
俺の声はおろかユーミル、リィズの声も聞こえちゃいない。
もう放っておくか、という顔でユーミルがこちらを見る。
「で、どうする? ハインド。準備は?」
「どうしような」
「おい!?」
「トビの叫びのせいで、女神様の声が聞こえなかったからなぁ。どんな敵が来るのか、さっぱりだ」
「確かに! トビが悪い!」
「あれ? 拙者のせい?」
怒りも収まってきたらしく、トビが気まずそうな顔をする。
しかし、情報はお知らせを見ればいい話だ。
イベントスタートの演出が終わったのだから、更新されているだろう。
メニュー画面を開くことで、別に大丈夫だとトビに示す。
みんなも同じように、メニュー画面を開いて情報取得に努める。
「……敵は怪鳥、鋼翼のカイム――だそうだ。竜ではなかったか」
「鋼翼……硬そうでござるな。リィズ殿のデバフが大事?」
「あと、遠距離攻撃な」
「あー、そうか。飛んでいるのでござったな……」
どのくらいの高度で飛び回るのか、速度はどうなのか。
ゲーム的に考えて、ずっと飛びっぱなしということはないだろうが……。
降り立つ頻度によっては、近距離職に試練の予感。
「出現地点、各国の山岳フィールド……!? おおー。望みが叶ったー」
シエスタちゃんが喜色に満ちた声を上げる。
フレーバーテキストによると『巨躯・超重量でありながら硬い体と魔法を用い、大気を裂いて高速飛行する』とある。
大陸全域を飛び回るため、どの地域でも戦える……とのこと。
「……おめでとう。シー」
「ありがとー」
複雑そうな顔で、サイネリアちゃんがシエスタちゃんに祝いの言葉を贈る。
これでシエスタちゃんの望み通りになったわけだ。
最低限、近場であっても山に登る必要はありそうだが。
……さすがに山登りの時は背負わないからね?
「出現時間の縛りもないようですね。となると、どの山で戦うか……」
「麓に町や村がある場所のほうが、アイテムが枯渇した際にも補給が容易でしょう」
「武器・防具の整備アイテムも、きちんと持ち込まないとね。集中して戦っていると、あっという間だよ」
賢人たち――もとい、サイネリアちゃん、リィズ、セレーネさんの三人がイベント中の補給について言及する。
レイドはTBで最もアイテムを消費するイベントだ。
普段の生産活動、資金作りはこの時のためと言っても過言ではない。
「報酬は……お! 見ろ、ハインド!」
「……ああ、勇者のオーラがあるな。アタックランキング」
「いつもの! 獲らねば!」
報酬を確認し、ユーミルが気合の入った声を上げる。
オーラ取得を目標にするのは恒例だが、俺たちにとっては最重要項目だ。
神界側も勇者認定してくれるんだな……というか、普通はそっちが先か。
他の報酬は、今が旬の継承スキル関係が多めといったところ。
「よっし、そしたら持ち込む回復アイテムの準備だな! ――リコリス!」
「はい、ユーミル先輩! 行きましょう!」
現時点で必要な情報は抜き出せた。
後は直接、戦ってから対策を立てるという形になる。
気が早いユーミルとリコリスちゃんは、即座に駆け出そうとしたのだが……。
「――む? なんだ? 急に曇ってきたな」
突如、畑に大きな影が落ちた。
気にせず移動を続けようとしたユーミルだったが、俺の耳は異音を捉えている。
「ユーミル、上だ!」
叫んで警告しつつ、俺は近くにいたトビと女性陣を伏せさせた。
リコリスちゃんはユーミルに任せるしかない……!
巨大な影はその大きさを増し、爆音を上げて迫ってくる!
「どわーっ!」
「きゃーっ!」
色気のない悲鳴と、女子らしい悲鳴が同時に聞こえた。
砂漠の砂塵と、畑の柔らかな土が混ざって舞い上がる。
目を守るため、俺はそれを確認した直後に瞼を閉じた。
――そんな爆風の中で誰も吹き飛ばされなかったのは、奇跡のように思える。
「あーっ! 畑が!」
逸早く起き上がったユーミルの声を契機に、俺たちも起きて周囲を確認した。
土と砂が混じり、収穫間近だった薬草や作物が周囲に散乱している。
畑のステータスは『使用不可』あるいは『収穫量低下』となっていた。
「滅茶苦茶じゃねえか……」
「ハインドさん。あちらを」
「あ?」
リィズが示した方向を向くと、飛来してかなり経ったというのに、余裕で視認可能な巨体が彼方の空に見えた。
あんなでかいのが急降下・急速旋回したら、そりゃ畑も滅茶苦茶になるわ。
常に暴風を起こしながら飛んでいるに等しい。
思わず歯噛みする。
「マジかよ……! カイム許せねえ!」
「見ましたか? トビさん。これが正当な怒りというものですよ」
「リィズ殿? こんな時まで拙者を弄るの、やめてくれる?」
ド派手が過ぎる登場演出だった。
俺たちに限らず、全域が暴風の被害を受けていることだろう。
傍迷惑にも程がある。
「……ハインド君。これ、ゲーム的にはどういうことだと思う?」
「後で女神様の声明を確認すればわかることでしょうけど。おそらくは――」
セレーネさんと話しつつ、屈んで畑の砂を除くも変化なし。
肥料を撒いても水を撒いても、畑のステータスは回復しなかった。
「――放っておけば、こういった災厄を引き起こすからカイムを退治してくれと。で、イベント中は作物の生産効率が低下すると。そういうことかと」
「やっぱりそうだよね……」
「うわー……嬉しくない方面のサプライズ。っていうか、イベント効果ですねー。畑にバッドステータスとか」
だるだるー、とシエスタちゃんが呟く。
新要素ではあるが、嬉しくないイベント効果だ。
普段のアイテム貯蓄量、そして資金力が試される……というレイドの性質がより強調されている。
「回復アイテム、それから食料品関係の価格が高騰しそうですね。問題は……」
「NPCショップにまで影響が出るかどうか、でしょうか?」
サイネリアちゃんとリィズの会話を聞いて、女神様の最初の言葉を思い出す。
確か女神様、最初に現地人にも呼びかけていたような……ということは?
「……カイムに挑む前に、街に出る必要がありそうだ。畑以外にも、カイム襲来の影響が出ているかもしれないし」
とにかく確認しなければ。
それによっては、より回復アイテムの管理・運用を慎重にしなければならない。
話を聞き終えたユーミルは、方向転換。
体を街のほうへと向けつつ問いかける。
「先に情報収集でいいのだな!?」
「そうだ。早速……」
俺も後に続こう、としたところで……。
足元の荒らされた畑が目に入る。
このまま、というわけには――いかないよなぁ。
「……ぶちまけられた収穫物を集めてから、行くとするか」
「うへえ。散らばっていて面倒くさー」
シエスタちゃんが愚痴るが、みんな同じ気持ちだった。
俺たちの畑はレアな素材も栽培中だったので、駄目になっていないか心配だったのだが……。
どうもシステム側で保護されているらしく、状態を問わず「植えた種」と「最低保障分の収穫」は獲得できた。
植えたばかりのものも、収穫直前だったものも全てだ。
痛みや病気、枯れなどもない。
不自然だが、プレイヤーたちの不満を必要以上に煽らないための処置だろう。
「完全ロストよりマシでござろうが、収穫量が保証されたからOK! とはならないでござるなぁ……」
「それな……」
拾い集める手間と、悪化した土壌に対してはなんのフォローもない。
イベント終了後にはなにかあるかもしれないが、育てた作物への愛着というものもある。
暴風で変わり果てた畑を見ていると、心が痛む。
おのれ、カイムめ……。