ぼくのファムファタール
その昔、幻想小説でエンターテインメント性ガン無視のとんでもない地雷を踏んでしまったのを思い出して、自己満足にならない幻想小説を書こうと思いました。
ファン、ファン、ファン――と、踏切の警報機が心地よい不協和音をぼくの耳に届けていた。ここにもきみは居ない。すぐそばにある無人駅のプラットフォームを見て、ぼくはほんの少し肩を落とした。
警報音が止まって、遮断機がふわりと上がった。ぼくの目の前を、ゴトンゴトンと電車が幾つも通り過ぎていった。左右を見てから踏切を渡る。
アスファルトで舗装された地面に、割れたガラスが散らばっている。雲の灰色も宇宙の青もない、真っ白な空もようが映り込んでいた。
道の両脇に、青々とした葉の柳がズラリと植えられている。風に吹かれて、右に、左に、揺れている。ざあざあと葉っぱと葉っぱがこすれる音がする。水分を含んだ空気が、ぼくの肌をなでる。
柳の影に、きみの姿が見えた気がした。僕は自動車が走り交う中を避けて歩いて、その柳に近づいていった。
そこにもきみは居なかった。けれど、ぼくはそんな気がしていたので、あまり落胆しなかった。代わりに、スズメがころりと横になっているのを見つけた。
――きみはほんとうにどこにいるんだろう?
ぼくの脳味噌はゆっくり噛みしめるように考えていた。
バサバサと鳥の羽ばたきの音がして、スズメの横に大がらなカラスが降りてきた。
カラスはスズメを見て、何か考えているようなそぶりをしたあと、スズメをくちばしにはさんで連れていってしまった。
それにつられて空を見上げると、ひびの入った、コンクリート打ちっぱなしのビルが目にとまった。
そして、ぼくは初めてきみがそこに居るのを知った。
ビルには錆びた金属の階段が外についていて、屋上へとつながっていた。
ぼくは道路を渡ると、ビルにまっすぐ向かった。
錆びた階段を一段ずつのぼる。ザラザラした赤さびの質感が、靴を通して、足のうらから伝わってくる。
階段のすきまから下が見える。地面が遠くなるほど、きみに近づくのをぼくは感じた。
屋上につながるドアには、鍵はかかっていなかった。ただ、錆びついていたので、開くときにはギイギイと蝶番からひどい音がした。
屋上には色とりどりのごみが散らばっていた。
それらのまんなかに、きみが、居た。
真っ黒いコートにスカート、黒いタイツをはいて、つややかな黒髪はくるぶしまで届きそうだった。
ぜんぶいつも通りのきみだった。
屋上は風がいっそう強くて、きみの長い髪やコートがあおられてたゆたうようだった。
ぼくが訪れるのをきみは知っていた。だからにっこりと笑っていた。ガラス玉みたいな目がぼくを見つめる。
きみはスッと利き手をぼくに差しだした。ぼくはきみの方に歩いていった。
きみの手をとる。きみはぼくの手をにぎり返してくれた。
笑みを深くすると、きみはフェンスのない屋上のふちまでぼくを引っぱっていった。二人ならんでふちに立つ。
ぼくにはきみが何をしたいのかがわかった。そして、ぼくもきみと同じことがしたかった。
ビュウ、と風が吹き付けてくる。見上げると空が明るく白い。
そして、ぼくたちは初めてのデートをした。
実は初稿では、オチにもっと分かりやすい一文を入れていたのですけれど、読んでくれた人達が「蛇足だよ!」と言っていたので削っちゃいました。私も読後感がフワッとして、良くなったと思うのですけれど、どうでしょうね?