第十七羽【死弊白狐③】
目の前には巨大な飛竜。オンラインゲームで例えるならフルレイド級のボスだろう。最低でも50人以上、できたら100人は戦力が欲しい。
そして敵はそれだけではない。
俺たちを取り囲むように3体の大鎧のガイコツ兵。こいつらは1体倒すのに20人前後の中隊を組む必要があるらしい。……それが3体。正直、アホかと思う。
あとは無数のガイコツ共。数は数えるのも面倒だ。
この絶望的な状況を覆すくらいなら、「宝くじを当てるかもしくは死ね」と言われた方がまだしも良心的だろう。
一言で例えるならばそれくらい絶望的な状態だった。
どうする……? どうすれば生き残れる……?
全員で総力戦……、というのは下策もいいところだろう。数の暴力は圧倒的だ。押し潰されるのは目に見えていた。
散り散りになって逃げる……、これはまぁ無難な策だろう。誰かは生き残れる算段がある。可能性は著しく低いが。生き残りが出る可能性が僅かなりとも考えられる。
けど、俺はその選択肢を除外した。だって、全員が同時に生き残れる可能性は間違いなくゼロだからだ。俺が死ぬのもゴメンだし、誰かが死ぬのも絶対に嫌だ。
……あと、他に考えられるのは奇策か……。
そう言えば、ひとつだけ気になっていたことがあったんだった。
あの飛竜、何故か俺だけを執拗に狙ってないか?
生気のない、あの真っ黒い眼窩が、何故か俺だけを見てるような気がするんだ。
それは、俺の中の他のツバサの感覚なのかもしれないが……。
とはいえ、現状顕在意識に出てくるようなことはないから、確信は持てないんだけども。
……だが、それを考慮に入れれば、ひとつの奇策が浮かび上がる。だけど、それは、躊躇われる。というか極力選びたくない。
俺はいつだって仲間に支えられてきた。仲間がいなければ、とっくに死んでいたと思う。〈不死鳥〉(リセッター)があるとはいえ、蘇生回数にだって限度はあるだろう。そしてその限界を、身をもって実践することになっていたはずだ。
……けど、俺がここに立ち続けることで、仲間たちは着々と死へ誘われることになる。
そこで、声を上げたのはルリだった。
「旦那様、ご覧に入れて差し上げるのでございますわ。……貴方の妻となる女の雄姿を……ッ!!」
そうしてルリは、脇差しを抜いた。
短い切っ先が月明かりを一身に受けて、白く輝きを放つ。
「昏い昏い暗帳、遠い遠い恋郷、寒夜に震える指先に、彼の面影を覚えます……、永久に傍らに……〈愛の謳〉(アイゼン)」
ドブシィィィッッッッ!!!!
そんな不快な音を上げて、脇差しがルリの腹を貫いた。
まるで切腹するみたいな恰好で、冗談みたいな状況で、周囲は呆気にとられて見守るしかできない。
だが、変化はすぐに始まった。
最初の変化は、光だ。
白い光が、ルリの腹の傷口から溢れ出していた。まるで閃光のように。やがて光は幾条も漏れ出でて、夜の暗闇を侵食していく。
そして、変化はルリの身体にも起こり始めた。ルリの細腕が、めきめきと蠢き始める。髪が、その力の奔流に導かれるように逆立ち始める。……その出で立ちは超ベジタリアン2とでも呼びたい姿だ。眉毛がなくなったりはしていないが。
はだけた着物から、さらしを巻いたルリの柔肌が見える。体型は変わっているがあまりにもかけ離れた姿、ということはなさそうだ。だが、筋肉量の増大は見るからに明らかだ。
そして、和服の袖を垂らしながら、ルリは手首を振るう。メニュー画面を開いたのだ。そして、アイテムボックスから巨大な刀剣を引き抜いた。
白樺のような真っ白い柄だ。刀身はまるで巨大な日本刀のようだ。あるいは太刀と呼ばれるような武器だろうか。分類するなら大太刀か。
ルリのその戦闘形態は、身体つきが筋肉質になっただけでなく、尻尾も少しばかり大きくなったようだった。まるで獣の力を引き出したかのような姿……。
「この姿になりますと、回復魔法は使えなくなるのでございます。ですがその代わり……、前衛は引き受けられるのでございますよ」
……というより、その姿になってから周囲をのたくるようなエネルギーを感じるんだ。たぶんこれはルリの魔法の力のひとつなのだろう。既に魔法を使っているから他の魔法が使えない。そういう状態なんだろうと、なんとなく察しがついた。
ともあれ、俺は少し安心した。どこぞの麦の化身の賢狼のように巨大な獣になったりしないし、どこぞの宝石ハンターみたいにマッチョになったりもしない。多少筋肉質になって、尻尾や耳が若干膨らんだ程度だろうか。
変化に呆気にとられたのもあるが、状況が呆ける時間を与えてくれない。すぐに臨戦態勢を取り戻す。
とにかく、これで前衛は3人。分が悪いのは変わらないが、僅かに好転していることは間違いないだろう。。
そして、その勢いを止めることもなく、最初に動き出したのはルリだった。
ルリが大太刀を重鎧へと振り下ろす。多少よろめきはするが、ダメージのほどは如何程か。
菊花は素早い動きで翻弄しながら他のジェネラルへ。
アリシアも大槍をもう1体のジェネラルに突きつける。
本来であれば充分決定打となりうる攻撃だが、敵の守備力が堅すぎる。そのうえ……。
ブアオオオオォォォォッッッッ!!!!
ワイバーン・ゾンビの暴風が邪魔をする。それぞれがポテンシャルを充分に発揮できない状態だ。
先程と同じく夕凪が水をばらまき、ナズナがそこへ雷撃を放ち、爆雷を巻き起こす。ジェネラルは一歩退き防御するような態勢を見せた。……効いてはいる、んだろうか。
リチアが聖魔法で周辺の雑魚共を浄化させてゆくが、数が多すぎて焼け石に水みたいな印象を受ける。
ルリのお陰で態勢は整えられた。
だが、状況を覆すにはそれだけでは足らないはずだ。
ギシャァァァアアアアアア!!!
相変わらず気味の悪い音を上げて、嵐竜がはばたいた。
それだけで竜巻が生じ、俺たちの陣形を掻き乱す。
そこへジェネラルの斧槍がぶち込まれる。
地表ごと噛み砕くような一撃に俺は吹き飛ばされ、そこへガイコツ兵の放った弓矢が飛んできた。こっちの矢は防がれるのに、向こうのはしっかり機能するのな!
俺は皆のバフに使っていた魔法を一時的に止めて、自分を守るために身の回りだけに限定した。
だが、それを待っていたかのように、大口を開けた嵐竜が俺へと肉薄していた。
愛用していたアイアンブレード改良型で竜の顎門を押さえ込もうとするが……。
グギギギギ……ッ!
そんな音を立てて愛剣が軋み始めていた。
俺は歯を食い縛るが、風圧と不安定な体勢の所為か、身動きが取れない。
そして。
ギィンッッ!!
愛剣が折れ、迫り来る顎門に俺は為す術もなく呑み込まれ……。
「ツバサ様ァァァッッッ!!!」
そんな菊花の悲鳴が遠くから聞こえたのだった。
――
誰もが不吉を予感するような赤い甲冑の男は、ひとり笑っていた。
指は空を盤上に見立て、駒を動かすように振っている。
その姿は、不気味であり、不吉であり、不安を掻き立てるようだった。
「相も変わらず、支配を受けぬ駒よ。しかし、それもまた一興か……」
甲冑の男は、死者を無数に呼び覚ます能力を有している。
そして、それらを支配することも可能だった。
しかし、その支配には限界があった。これだけの量の死兵を全て自在に操ることは、さすがにこの男にも不可能だった。
ゆえに限定的な支配を行う。大隊長が中隊長に命じ、中隊長が小隊長に命じ、小隊長が隊員一名一名に指示を出すように。
簡単な命令を隊長格に命じ、それを下へと分散させてゆく。
それこそが散発的な進軍の理由であり、その指示を出したのがこの男、ハサドであった。
それらは全て、ひとつの目的のため、打たれた布石に過ぎない。
「何故、これほどまでに時間を掛けて戦いを続けているのか……。我が目論見を看破して見せるのだ、勇者とやら……ッ!」
男は不穏な気配を纏わせたまま、低い嗤い声を轟かせていた。
〈愛の謳〉(アイゼン):語源は愛の神とひとつ、愛染明王。英語名スキルばかりだとネタ切れのリスクがあるので……。
ルリの変身は思ったより地味でしたかね……? 活躍する間もなかった所為かも?




