第十七羽【死弊白狐①】
燭台の炎が視界をゆらゆらと揺らしている。
魔力を利用したランプや魔導具の光源に慣れていると、炎のように不定期に揺れる光源はどことなく不穏な気配を感じさせる。
勇者はそんな不安を噛み殺すと、努めて冷静に呟いた。
「……緩急をつけてきたな」
「そうですね、こちらの消耗を狙っているのでしょうが……」
「しゃらくせえ! 死んでるくせに臆病もへったくれもあんのかよ!?」
アシュレイは敵を評価し、ジェレイドは敵を卑下した。アルスとしては、単純に嫌らしいと感じていた。
敵の思惑はおそらく単純な嫌がらせでしかない。こちらを倒すのが目的であれば一気呵成に攻めてしまえばそれで終わる話なのだから。
敵の目的。まず考えるべきはそこだろう。
第一に、ここへ攻めた理由だ。
これは神殿が封印に関わるものだと知って出向いてきたに違いない。もしかしたら、こちらの動きを察知して受動的に行動を起こしただけの可能性もあるが、どちらにせよ現状追い詰められていることに変わりはない。
第二に、消極的な攻撃の理由。
最初は先遣隊による時間稼ぎかと思ったが、充分すぎる兵数が揃っても攻撃してこない以上、それは間違いということになる。
だが、時間稼ぎという考えは否定しきれない。先程も言った通り、一斉に攻撃を掛ければ勝敗は容易く決する。それが分からない敵ではあるまい。
そうなると、第三の問題が浮上する。
何の時間を稼いでいるのか、だ。
すでに充分大勢は有利になっているのに、敵は何故手をこまねいているのか。
封印の装置を起動不可能にする。それがヤツらの目的ではないのか? こちらを殲滅すれば目的は達せられるはずなのに、それをしないのは何故だ?
……敵の目的は何だ?
単純な嫌がらせであれば話は早い。
嫌らしい敵だから嫌らしい戦い方しかしない。そう考えれば筋は通る。通るには通るが……。
「まったく、面倒な相手ですね。……でも、そこがチャンスでもあります」
アシュレイはここまでの話から敵の性格を予想していた。確かにそうかもしれない。可能性は高いと思う。だが、本当にそうか……? 本当にそれだけか……?
アルスはどうしても引っかかる思考を打ち消せないでいた。
だが、得意になったアシュレイはそこから作戦を立ち上げた。
その作戦を一言でまとめるならば、偽装撤退だ。
今までは囲まれるのを防ぐために陣を広めに取っていた。
この神殿は祭壇部を除くと、ほとんどただの広場でしかなく祭壇に追い詰められないように広がった陣形を形成していた。
アシュレイはこれを敢えて閉じさせようというのだ。そうすることで敗走を演じ、敵を祭壇まで攻め込ませる。
そして、勢いづいた敵を広範囲聖魔法で一網打尽にするというわけだ。
魔法役はアルス、アシュレイ、ロサーナの三人だ。三人はあらかじめ後方に下がって広範囲魔法に備えて魔力を溜める。
そして祭壇まで追い詰められたところで一気に殲滅するというわけだ。
後退に対して、向こうが追ってくるなら、敵の陣形は詰まることになるだろう。そこへ魔法の集中砲火というのは、決して悪い作戦ではない。
あわよくば、敵の大将格も討ち取れる可能性だってあるだろう。
……敵が馬鹿じゃなければ、の話だが。
「……現状のまま堪えてても、敵は殲滅できない。その前にこっちが力尽きる。……援軍でもない限りは持ち堪えてもしょうがない」
キャシーは珍しく長い台詞を喋った。とはいえ、彼女は口下手なのと会話が苦手なだけで、決して無口というわけではないのだが。
だが、援軍か……。アルスは痛む頭を押さえた。
「……賢者の宝玉は臨戦態勢時はうまく通信ができない。一応救援要請は送ったが、辺鄙な場所だけに期待はしづらい……」
そして、期待ができない以上、策を弄するしかない。
その策に不安があろうと、それ以上の策が出ないのだから、自分の懸念は頭の隅に追いやる。
「……分かった。それで行こう」
……その判断が、後に不幸を招くことになるのだった。
――
崖を下ると聞いたとき、俺はこの直角に近い斜面とも呼べないような傾斜をどう降りるのかと思っていた。
中にはホントに下れるような超人染みた連中もいるようだが、さすがに全員は不可能なため、比較的なだらかと言えそうな斜面を滑り落ちるようにして下ってゆく。
ホタルの指さす方角を見て、俺は密かに胸を撫で下ろしていたよ。
「こんな道もあるんだな……」
「この傾斜だ、さすがに下り専用だよ。……長年こんな辺鄙なところに暮らしているんだ。その程度のルートは確立されているさ」
俺の隣でホタルがそんなふうに漏らす。
シノビ連中が真っ先に先頭を突っ走って行くので、俺たち凡人はそれに倣って進むだけだ。計算され尽くしたように歩きやすそうな進路を進んでゆくので目安として非常に助かる。……まぁ時々達人レベルのヤツが無茶なショートカットをしやがるので何度か崖から落ちそうになってヒヤッとしたけど。しかし、そんな俺の暴挙をホタルが引っ張って止めてくれるので大事には至らなかった。
「ウチのホタルちゃんは優秀でございますので」
背後で得意げなルリの声がする。
「元当主サマは道を覚えてないんですね。現当主サマは優秀なようで何よりです」
「ホタルちゃんは元々当主を継ぐ予定がありませんでしたので、実務をおまかせしておりましたのでございますよ」
「何処ぞの胸がデカイだけの狐耳とは違って、頼りがいがあります」
……こいつら。
ホントに口を開けば口論しかしないな。途中からルリの身体に対するやっかみまで含まれてるし。……やっぱりコンプレックスだったのか。
「……なぁ、ホタル。色々言われてるようだが、シスコンとして言っとくことはないのか」
「しすこん……? 言っている意味はともかく、喧嘩相手ができて姉上も楽しそうだ。よろしく頼むぞ」
ホタルはそう言うと菊花へニコリと笑いかける。全く以て他意はなさそうだ。思ってた以上にデカイ器だな。こりゃ、将来ビッグになりそうだ。……色々な意味で。
思わず向かいそうになったルリの豊満な胸元は、坂道でバウンドするように弾んでいた。……目に毒だ。
しかも、目が合ったルリが俺に笑みを返してくれて、物凄く気まずい。……しかも菊花の方から突き刺さるような冷たい視線を向けられるし。違うんだって! 不可抗力なんだって!
抗うように視線を逸らすと、今度はアリシアのそれが胸鎧の下で激しく形を歪めていた。……こいつは、……デンジャラスだぜ!!
「ツバサくん、そういうのは口に出さない方がお利口だと思うけど」
そんなリチアの台詞に、俺は頭を抱えたくなった。
「……え? 全部聞こえてたの……?」
周りを見回すと、ルリは顔を赤らめて「旦那様ってば、こんなときにまで……」とか言ってるし、アリシアは「でんじゃらす……? 私の胸はでんじゃらす、なのか……?」とか言う始末。菊花に至っては「ツバサ様はいつもいつも……ッ!」とか殺意の波動に目覚めつつあった。
そんなちょっとした修羅場を余所に、ホタルは表情を引き締めていた。
「さぁ、第一陣のお出ましだ」
腰元から脇差しのような短めの刀を抜いたホタルは、目前に現れた〈スケルトン・ウォーリアー〉に先制攻撃をかましていた。
参戦しようとした俺を手で制すと、後からやってきたシノビたちがそちらに加勢する。
「旦那様、わたくしたちの仕事はこちらではございませんのですよ」
ルリとホタルはアイコンタクトで頷き合う。
ホタルも意外と戦えるみたいだし、シノビ連中もいるなら任せてしまっていいかもしれない。
となれば、目指すは勇者か。
目の前には神殿の外壁が迫りつつあった。
しへいびゃっこと読みます。
死弊:造語ですが、疲弊よりももっと死にそうでしんどい感じの意。




