第十六羽【死兵跋扈⑧】
第十六羽【死兵跋扈⑧】
頭を垂れた幼女の白い狐耳はふさふさの毛で覆われている。時々ピクピクと周囲を探るかのように動いていてついつい興味を惹かれてしまう。俺はそろそろと伸ばした手で、幼女の白い頭をポンポンと撫でる。すると、耳がくすぐったそうにピクピクと跳ねた。思わず嗜虐心が芽生えたので耳をじっくりと検分させてもらう。ふかふかでもふもふだ。こいつはたまらん……。
よく見ると、尻尾もわさわさと揺れている。こいつ、ただのツンデレだったんじゃないのか……?
「も、もういいだろう! それ以上は姉上に何と言われるか分からん!」
赤くなって身じろぎするホタル。だが、あまり強く抵抗はしないようだ。ひょっとして、まんざらでもないのかしらん……?
「少し意外だな、姉上のことをどう思っているんだとか、そういうことは訊かないんだな」
結局、仲違いしていると錯覚させようとしたりしてたのは、全てこちらを探るつもりだったからなのだろう。それを見抜いてみせたことで態度は軟化し、取り繕うのをやめたということか。
とはいえ、ルリを受け入れるとは限らないんじゃなかろうか。というか、逃げたい気持ちは少なからずあるんだが……。
「なに、姉上の容姿を気に入らんヤツはいないさ。内面も行き過ぎたところはあるがそれ以外は楚々としてて、極東で言うところのヤマトナデシコとかいうやつだろう。おれは姉上のことをよく知っている。だからこそ託すのさ、なにせ姉上を好きにならない男なんているわけがないんだからさ」
というか、結局のところ、ホタルはただのシスコンだった。
こいつの心配はルリを受け入れるかどうかではなく、ルリを任せてもいいかどうかという点に終始していたというわけか。……それを見破っちゃったのは少し無粋だったかもしれない。
「……お客人、アンタは姉上に似てるのかもしれないな。人の感情の裏側を読み取れる。愛情の裏返しみたいな感情に目敏い。……それで全てに通じるということはないだろうけど、まぁ重要なことのひとつではあると思う」
……評価が高いのか、どうか。まぁ褒め言葉として受け取っておく。
「……で、いつまでおれの耳と戯れてるつもりなんだ?」
おっと、忘れてた。しかし、手を放すのも名残惜しいんだよな。この神の手触りというかなんというか……。
なんて思っていると、ホタルが赤らめた顔で俺を上目遣いで見つめている。なんだか誤解してしまいそうな表情だ。……ゴクリンコ。
「……はむ、これ以上は……ダメだ……。歯止めが、……あぅぅ……」
ホタルが弱音を吐き始めたときだった。
「なにしてんですかツバサさん死にたいんですか(ゴゴゴゴゴ……ッ!!)」「ホタルちゃん、発情期でございますか? 性徴が早くてお姉ちゃん感激でございますわ(ドドドドド……ッ!!)」
ラスボス級の威圧感を放つ女の子二人が背後に現れ、俺の頭の中では感動的なエンディングテーマが流れ始めた。今の心境をコメントで残すならこれしかない。nice boat……
――
「もちろん、私とツバサ様の仲ですから? それはもう当っ然ッ!! の如く思惑は理解できてましたけど? ちょっと弾みで攻撃的な言動を取りそうになったりしましたけど? けどそれは愛情の裏返しといいますか何といいますか? 愛深き故の過ちといいますか? 言うまでもなく阿吽の呼吸でツバサ様の真意は理解できていましたけどねっ!!」
「もちのろんでございますのことですわ! 愛しの旦那様のことですから? 義妹のホタルちゃんのことも優しく気に掛けるであろうことも? ホタルちゃんもキチンと線引きをしたうえで関わるであろうことは? わずか一間一尺も疑ってはおりませんでございましたし? なにより正妻として? 旦那様の敬愛を疑うなんて愚の骨頂でございますのことですわっ!」
どうにか事情を説明し終え、なんとか矛先を納めてもらうことに成功したが、こいつらの言い分が言葉通りであるだなんて甘い想像をするやつは、今時少年誌の愛読者にだっていないだろう。
実際、少し周囲に目を向けてみればその証拠は周囲にごまんと転がっている。穴の空いた壁や天井、ぶち抜かれた床とかもろもろが先程までの阿鼻叫喚の名残を残している。
俺は先程牢から解放されたナズナやアリシアと共に盛大に溜息を吐くことしかできない。
「っていうかこの二人、実は結構気が合うんじゃないの……?」
とはリチアのコメントだ。奇遇だが、俺もそう思い始めていたところだ。まぁ言ったら言ったでツンデレどころかプッツンデレしそうだから言わないけど。いや、っていうかたぶんデレとかないしこの人たち……。
笑顔のまま視線で火花を散らし会う二人を加えて、俺たちは今後についての話を始める。
飛竜が撃墜されたり、離れ離れになったり、隠れ里に到着したり、求婚されたりして紆余曲折の果てに忘れかけていたけれど、当初の俺たちの目的は勇者への助太刀であった。
果たして援護が必要なのかと問われると、疑問もないではないが、崖上から見た限りの状況ではそれほどの猶予もない。
俺たちは早急に援護に向かうべきだが、ルリはというと……。
「もちろんついて行くのでございますわ!」
……とのこと。
そうなれば、里の当主を引退して俺たちの旅についてくることになるが、ルリは当然とでも言いたげに深く頷いている。見守る里の人たちが呆気にとられていてなんだか哀れだ。……ちなみにホタルはというと、もう納得しているのか、少なくとも表面上は何ともなさそうだ。
ついてくる場合、例の嵐竜の女王が高確率でエンカウントするわけだが、それに対してもルリの語調に変化はない。ホタル曰わく、「姉上の戦闘能力は、こう見えても里で随一だから足手纏いにはならないはずさ」ということらしい。里の当主にはある魔法の素養こそが重要だと言われているらしく、戦闘能力でも抜きん出た存在らしい。人は見かけによらないというか……。
「そうだな。姉上は見た目はまさしく深窓の令嬢といったところだからな」
早速ホタルは件のシスコンぶりを発揮しているが、敢えて言わせてもらうなら見た目しか深窓の令嬢とは言えないくらいか。……いや、相手が俺でなければしっかり深窓の令嬢なのかもしれないけどさ。
そして、里の当主はホタルへと引き継がれる。既に補佐業務は担当していたらしく引き継ぎはさほど困難ではないらしい。
「おれの新当主としての最初の仕事はお客人――いや、義兄上の戦闘補佐といったところか」
「もうっ! ホタルちゃんってば、気が早いのでございますわ! まだ式の日取りも決めておりませんのに……」
「そんな予定ねーよ……(ゴゴゴゴゴ……)」
仲良し姉妹に殺気立つ菊花。いや、だから言葉遣いが……。
そんなこんなで方針は決まった。
戦闘に参加する俺たちと里の忍びたちが崖上に集まる。
風は吹き荒れ女性陣の髪が生き物みたいに暴れ回っているが、それをわざわざ気に掛けるヤツはいない。皆一様に戦いの心構えを済ませていた。
「義兄上、準備は良いかい?」
指揮はホタルが取ることになった。当主として必要なことらしいからな。
「ああ。大丈夫だ、問題ない」
思わずシャダイ語で答えてしまったが、フラグにはならないよな?
「お前らも覚悟は良いか? 目的は勇者の救出。そして義兄上の援護。犠牲は最小限にして敵は可能な限り潰せ。心の桜を絶やすな。全員、――出撃しろっ!!」




