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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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閑話【新人クノイチの難儀な一日】

 拝啓、天国のおばあちゃんへ。

 突然ですが私は今、猛烈に困っています。

 初めて村から出たとき、地図の見方が分からくなって迷った挙げ句に廃墟で一夜を明かすことになったことも相当に困ったものでしたが、今回も相当に困ったものです。

 あの日は廃墟を根城にする盗賊団と見事に擦れ違ったので対峙しなかったのが救いでしたが、今回はそんな優しいオチではなさそうです。

 ですが、話そうにも事情が複雑なのでどこから話したものでしょうか。う~ん……。


 そうですね……。それでは、彼女たちが屋敷に訪れてからの話にしたほうが良いでしょうか。

 そのときは唐突の来客――と言って良いものかどうかはともかくとして――が訪れていたため、お屋敷は慌ただしい空気に包まれていました。

 私はいつものように先輩クノイチに話しかけます。


「ねぇねぇ、センパイ。お館様はまた詰問に向かったんですか? そんなに問題のある客人なんですか?」

「……相変わらず姦しい娘だな。そんなことでは立派なクノイチにはなれんぞ?」

「えぇ~?! でもでも、気になるじゃないですかぁ~! 私、田舎育ちだからああいう冒険者って気になって仕方ないんですよぉ~!」

「はぁ、まったく。お前と来たら……。……だがまぁ、情報を欲しがることもそうやって甘ったれてくることも、確かに諜報活動の一環ではあるか……」

「さっすがセンパイっ♪ 話が分っかる~! ねね、特ダネ教えてくださいよぉ~!」


 先輩クノイチは厳しく躾けられてきた熟練クノイチなのですが、その所為か年下から甘えられると口が軽くなります。お小言はいつももらってしまうけれど、それでも最後には私のわがままを聞いてくれる優しい先輩なのです。……顔はいつもムッツリとしているんですけどね。


「とはいえ、煽てられたところで大した情報は私も持っていないぞ? ただ、例の客人が現れた場所があの場所だったということが問題なのだろう」

「あの場所って……やっぱりあそこのこと?」

「……恐らく、お前の考えているとおりの場所だと思うぞ」

「あはは、それはご愁傷様……」


 そう。このお屋敷には進入禁止の断絶空間が存在しています。

 お館様だけが侵入を許される特別な領域。

 ちなみに私は一度、不用意にそこへ這入ってしまい、足跡を残しただけで大折檻をいただいています。ホント、よくクビにならなかったなぁ~。それだけ人手不足なんだろうか。

 まぁ隠れ里である以上、人を迎え入れるのには慎重にならざるを得ないということらしい。私もおばあちゃんの遺言に従って初めてこの里へ来たときには、審査だか検査だかで随分と苦労したことだし。

 なんて考えていると、ストン……。襖が閉まる音が聞こえます。どうやら詰問が終わったようでした。

 そして、廊下の曲がり角で鉢合わせたのは、やはりお館様でした。

 お館様は身なりを整えていました。相手は格子の中とはいえ、礼儀を崩さない姿勢は相変わらず一貫していました。恐らくこの方は、相手が敵でも手下でも、同様に丁寧に接するみたいです。私に対するときもやはりいつも通りです。


「あら。いつもお勤めご苦労様でございますわ」

「いえ、もったいなきお言葉」


 私も先輩に合わせて敬礼をします。本来は膝をついてするのが正しい作法みたいだけど、さすがに廊下では略式で胸に手を当てて頭を下げるだけの簡単な敬礼になります。……どちらかというと、こちらの略式でしか敬礼したことないかもしれないけど……。

 それにしても客人の方々……、気になります。ちょっと訊いてみたって良いですよね?


「あの、お館様」

「はい、如何されたのでございますか?」

(お前、このような場所でお館様に話を聞くなど……っ!)

「いえ、構いませんよ。どうぞ、話してください」


 隣で憤る先輩ですが、お館様はというと柔和な笑みで私の話を聞こうとしてくれます。本当に優しい方です。


「では、お言葉に甘えまして……。あの、お館様。例の客人はやはりあの場所に……?」


 その言葉に、お館様は首肯します。やがて観念したように話し出しました。


「そうですね……。あの場所はわたくし、いえ、我々一族にとって特別な場所です。そこを荒らされた、というのもありますが、ことはそう単純ではないのです……」


 お館様が語るには、この隠れ里はお館様の先々代、祖母の時代より今のような建物へ建て替えられたらしいのです。お祖母様の一存で極東の文化を再現し、そして一番のお気に入りであるあの場所を作られた。

 お祖母様はあの場所が何よりも好きだったと言います。そして、そこで過ごした家族との思い出は、今でもお館様の安らぎの空間となっているのだ、と。

 だからそこを不用意に荒らされるのをお館様は嫌います。そして、その美しい思い出の素晴らしさを説きます。蕩々と、脈々と、熟々と、粛々と。


「わたくしには姉がいるのでございます。さる貴族へと奉公に出られたのでございますが……。その姉からの手紙を携えていたのでございますよ、そのお客人は」


 だから、扱いに困っているのでございます。と、お館様は言います。

 そうやって、眉根を寄せながらお館様は笑みを浮かべると、すぅっと。目の前の襖を開けました。


 眼前に広がるのは、お館様が愛して止まないあの場所――庭園の風景。

 月明かりに照らされた大石が陰りを生み出し、コントラストの芸術を生み出しています。

 大石の下には新緑の三つ葉が芽吹き、風に優しく揺られています。

 そのすぐ傍には水面があります。月の光を淡く反射させ、漆黒の空に光をもたらしています。

 そこから遠方へ視線を向けると、さやさやと鳴る笹が美しい静寂を生み出し、耳に安らぎを与えてくれるのです。


 訪れたのは一瞬の感動。数秒、息をするのも忘れて見入ってしまう景色。

 だが、すぐに気がつきます。それは錯覚が生み出した美である、と。

 枯山水、というらしい。

 小さな庭で、池も造れない広さでも、小石を敷き詰めて池に見立てる。これはそういう美である、と。


「あなたは以前、まやかしの美……。そんなふうに表現しておいででございましたね。それは言い得て妙でございます。そう、これはまやかしなのでございますわ」


 その声は、依然優しいままです。私には少し耳が痛い話でしたが、口調を聞けばそこに含むところがないことは明白でした。


「現実の美には限界がございます。もちろん、想像の美にもやはり限界がございます。ですが、ここにはそのどちらもが存在するのでございますわ」


 お互いの美を補い合い、人が到達できる究極の美を体現する……。そんな想いが奇跡を生むのでございますわ。と、お館様は言葉を締めます。

 しばらく、無言で立ち尽くします。

 幸せな時間が過ぎていきました。

 この大切な時間を共有できることが、私はとても嬉しく思いました。ずっとずっと、この日のことを忘れないようにしよう、と。そう、決意を新たにしたときのこと。


 静寂が、破られました。


 塀をへし折り、石を薙ぎ倒し、敷き詰められた小石を吹き飛ばし、落ちてきたのは、人――。

 悲鳴を上げる私、咄嗟に主を庇う先輩。そして、先輩に押し倒された体勢のお館様。

 砂煙が上がっていましたが、それでも枯山水が無残な有様になったことは明白で、それを目の当たりにしたお館様はというと……。


「わた、わたくしの……、お庭が……。お祖母様との、大切な……お庭がぁ……」


 お館様は泣いていました。でも、涙をこぼさないように、必死に涙を溜めている様子でした。

 そんな様子がいじらしくて、可愛らしくて、不憫で、可哀想で。

 私はぎゅっと、お館様を抱きしめてしまいました。

 お館様は肩を震わせて嗚咽を堪えているようでした。私にできることは目を逸らして見なかったことにするくらいしかありませんでした。


 お祖母ちゃん、私……。これからどうすれば良いのかなぁ。お館様、だいじょうぶかなぁ。

うまく情報を整理して書こうと思ったら視点変更が一番良さそうだった、というオチでした。⑤と⑥の間のお話になります。5,5と思ってくれて構いません。

それにしても「お庭がぁ」のシーンは大分コメディ寄りに考えていたはずなんですが、実際書いてみると可哀想すぎる気がする。マンガだったらもう少しコメディタッチになったのかなぁ。小説でのコメディってのはこういう匙加減が難しいです。デフォルメができないのがなんともなぁ……。視点変更したことも悪影響があったかも。う~ん。

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