第十六羽【死兵跋扈⑤】
『亜空間』を作り上げる。そう言ってしまえば単純な能力のようだが、これは言ってみれば破格の能力だ。
『亜空間』と一口に言っても、そこに含まれているのは何も空間だけを指しているのではない。
そもそも『空間』という言葉が指しているのは、その指定したエリアの領域と時間だ。
そこに存在するもの、そこで起きた出来事、そしてそこから連なるこれからの事象まで含めてそれを空間と呼ぶ。
それを自らの意思で作り上げたものを『亜空間』と呼ぶのだ。
そこまで考えに至れば、その能力の恐ろしさに気がつくだろう。
『空間』の作成とは『小規模な宇宙』の作成と同意義だ。
言ってしまえば、それは『世界』を作ることだとすら言えるわけだ。
いくら神の領域に近い翼龍の眷属だとしても、その異能の破格さは飛び抜けている。
そして、この能力こそが、彼女を最初期から現在に至るまで、現役で主を守り続けることができた要因であるとも言える。
翼龍という存在の特異性の一部は、彼女が担っていると言っても過言ではないほどに。
「そうまで言ってもらえるのは嬉しいけど、何度も言うようにこの異能には欠点があるの。……それは、時空の門――つまりは境界面で時差が発生するということ」
例えるなら精神と時の部屋だろうか。中と外では時間の流れが異なり、出入りの際にちょっとしたタイムスリップのような現象が起こる。外では一日しか経過していないのに、内部では一年分過ごしていた……。なんてことも起こりえるわけだ。
それを万能でない証のように彼女はつぶさに口にするが、むしろそれを踏まえても充分すぎるくらい有能な異能ではなかろうか。
何より、俺が一緒に通過すれば時差を無効化できる。本来生じてしまうズレを強制的に修正できるのだ。つまり、二人が揃えばその異能は相当に反則級であると言える。
どこまでのことができるのかは要検証だが、実用性は間違いなく高い。
「……そうじゃな。やはり妾の異能では役に立てぬか……。……うぅ」
相変わらず凹みやすい魔女様だな。背は俺と同じくらい高いのに、時々子供のように感じてしまう。
「……えーと、まぁ……アレだ。二人の能力を借りれば皆にも合流できそうだな。それじゃあ、リチア。ゲートをもう一回開いてくれ。その後はもう一回サーチを頼むぞ、魔女様よ?」
「ええ、分かったわ」
「うむ! 任せるのじゃ!」
仕事振れば、やる気出るかなーとは思ったけども。
消沈していた先程とは打って変わって、やることができると活力がみなぎった様子の夕凪。
……ていうかコイツ、立ち直るのはえーな。
――
竜とは不死の生き物である。……そんなふうに考えられていた時代があった。
実際には、人間とは比べものにならないほどの長寿であるというだけなのだが、今でも竜を神聖な生き物として祭り上げている地域は少なくない。
その理由は、竜の皮や牙が腐食知らずなほどに頑強さを誇っていたからなのだろう。
長い年月を経ても、竜の皮で作られた装備品は幾度も冒険者たちの命を救い続けた。
そうして冒険者たちが抱いた感謝の念が、信仰心の苗床になっただろうことは想像に難くない。
竜の身体は丈夫にできている。……それが腐食したゾンビの身体になったとしても。
光の消えたその真っ黒い双眸は、標的を追い続ける。
感情のない視線が、獲物を狙い続ける。
命を失い、意思を失い、あるのは単純な生存本能だけだ。
それでも、何らかの意思を抱いているかのように一途に視線は捜索を続ける。
死霊術士の命令は、一切受け付けていない。風竜の女王は、何の支配を受けることもなく行動している。
死霊術士からは、ただ監視されているだけだ。その行動を興味深そうに観察している死者の将にも、女王は何の感慨も沸きはしない。その心すら存在しないからだ。
しかし、その行動を本能のみで動いていると言うならば、執拗にたったひとつの一団を、――否、『たった一人の人物』を追い続ける理由は何なのか。
無論、意思なき女王は答えることもない。
――やがて、その黒き瞳が一点に縫い止められる。
その視線の先には、一人の青年が立っていた。
――
突然ですが、ここで皆様に残念なお知らせです。
ここまで長らく続いてきたお話ですが、本日終止符を打つことになりました。
本当に無念で仕方がありませんが、今までご愛読いただきありがとうございました。亘里先生の次回作にご期待ください。
「ねぇ、ツバサくん。気持ちは分かるけどもうちょっと頑張ってみてもいいんじゃないかな?」
そうは言いますが、リチアさんや。目の前をご覧なさいよ。
「グガオオオオォォォォーーーーーー!!!!」
目の前にはあのワイバーン・ゾンビ。しかも固有名持ち。〈テンペスト・クイーン〉ってオイ。明らかにこれボス級だろ。倒したらディスク1終了みたいな節目のボスだよ、これ。
こんなボスをたった三人というフルメンバーですらない状態で戦うなんて無理だから。
分かるか? まずメチャクチャデカイんだ。そしてその巨体から放たれる圧力が半端ない。某FF風に言うならブラック・ウィドウとかバルトアンデルスとかそういうレベル。トラウマレベルのモンスターなんだよ。そのうえこっちは生身なんだ。やられたら生き返れない。もうクリリンはドラゴンボールでも生き返れないんだぞ!!
俺は仲間を煽り、後方へと導く。三十六計逃げるに如かず。生き残った方が勝者なのだ。ってもう相手はとっくに死んでるけどさ。
そして、夕凪の手を取って走り出した一歩目。急に身体がぐらつき、俺は地面へと倒れ込んでいた。
巻き込まれた夕凪の豊満なバディーには目を向ける暇もない。耳に飛び込んだのは劈くような風切り音。そして、俺を地面へと縫い付ける強烈な暴風だ。
今更ながらに思い出した。〈テンペスト・クイーン〉。〈嵐竜の女王〉とでも意訳すればいいのだろうか。ともかく、その不穏な名前の意味を、俺は今更ながらに思い出していた。
風魔法の恐ろしいところは効果範囲の広さにある。巨大な台風が関東一帯を暴風域に包み込むように、優れた術者なら目に見える全てを攻撃対象に含むことができる。
そして、その応用力の高さだ。俺が普段多用しているように、自らの移動などにブーストを掛けて回避に利用するのと同じように、相手に風魔法を掛ければ強力な弱体効果を発生させることが可能だ。
つまり、そこから導き出される回答は、――撤退が不可能だということだ。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなッ!!
いくらなんでもここで死ぬのは最悪だ。エンドロールが流れるようなベストタイミングじゃない。途上も途上、中途半端も良いところだ。
まずは立て直す。状況を盛り返して勝機を見出す。勝ち目がなくても負け目を潰す。それが俺の戦い方だ。
まず周囲に風魔法を展開させる。相手の風魔法を無効化させる。
が、いつもと比べて風が重い。……そんな気がする。そういえば既に干渉されてる領域に魔法を展開するのは初めてだったかもしれない。少なくとも風魔法に風魔法で対抗したのは初めてだ。風同士でぶつかるとこういう重みを感じるんだな。それだけ相手の魔法が強力だってことなんだろう。
……だったら、その重圧を軽減させる。風魔法で風の重圧を解き放ち、敵の風を散らす。イメージは網だ。
風の束を選り分けて一本一本の細い房へ散らせるイメージ。これを相手の放つ風に向けて解き放てば、威力は減衰される……はずだ。
どうにかイメージ通りに魔法を展開させると、急に身体が軽くなった。……とはいえ、さすがに完全無効化とまではいかないか。……まぁレジェンド級のエネミーに対抗できているんだから充分か。
ようやく仲間たちも起き上がった。夕凪の豊満バディーを堪能できなかったのは極めて遺憾だったが、リチアのほうも無事で何よりだ。
夕凪は大弓を掴んだまま、歯を食い縛る。相手が風を使う以上、恐らく攻撃は当たらないだろうしな。今回は仕方ないだろう。
リチアは短文詠唱で聖魔法を放った。が、巨体のくせに敵は早い。相手が中ボスクラスだったら「残像だ……」とか良いそうな速度。……領域魔法クラスでなければ相手に当てることができないだろう。しかし、そのための詠唱時間を確保できない。
……参ったな、勝ち目がないな。
「どうする?」
「妾の弓は当たらんじゃろう。水魔法も……決定打には至らんはずじゃ」
「……見ての通りよ。今のメンツにはタンクがいないわ。詠唱時間をもらえないと、まず当たってはくれないでしょうね」
それぞれの懸念はもっともだった。よしんばリチアの魔法が命中していたとしても、決定打には至らないだろう。
……となれば、やはり取れる対応策は最初に考えた案しかないようだった。
だが、最初と違って今なら周りも見えている。そのための手段もある程度は思いついた。
俺は生唾を飲み下すと美少女二人の手を取った。
「……たぶんダイソンよりも強烈だぞ、準備は良いか?」
二人はそれぞれ顔を見合わせるとしっかりと頷いた。
それを合図にしたかのように嵐竜がけたたましい雄叫びを上げる。……クイーンだから雌叫びか?
なんて下らないことを考えている間に竜の尻尾が振り下ろされる。
俺はそれを見上げながら、風魔法を切り替えた。
対抗から修正へ。風向きを僅かに操作し登ってきたほうとは逆側の崖へ向ける。
三半規管の限界を超えるような強烈なGが崖下へと引きずり込んでいく。
勝ち目がないなら負け目を潰す。
負けることは死ぬことだ。つまり、逃げれば良い。けど、ただ闇雲に逃げるんじゃなく勝ち目を増やせるほうへと逃げる。
俺は〈テンペスト・クイーン〉の放つ風魔法に飛ばされるようにして吹っ飛んだ。
その方向は、夕凪が指さしていたあの方角。仲間たちがいるはずの方角へ向けて、砲弾のようにすっ飛ぶ。
「……またな、クイーン」
女王の咆哮が、悔しげに聞こえたような。……そんな気がしたのだった。




