第十六羽【死兵跋扈④】
山道は薄暗く、そのうえ魔物とのエンカウント率はまぁまぁ高い。
だが、現れる魔物は軒並み不死系だ。
骸骨が鎧や武器を纏ったような姿のスケルトンシリーズや動物系の魔物が不死化したゾンビシリーズが大半を占めている。
それ以外の魔物がいないわけではないのだが……。いるのは、というかあるのは屍体だけだ。
臓物や脳漿をブチ撒けた魔物だったものの成れの果て。……どこぞの武装錬金使いでも登場したかのようだ。
……実際のところを言えば、犯人は不死系なのだが。
「さすがにそろそろ馴れてきたでしょう? 熟練度も稼げているだろうし、対策も練れてきた頃合いじゃないかしら?」
「間近で見るとかなりエグイな。遠方から攻めるに限る」
「遠隔攻撃なら任せるが良いぞ! 我が長弓の冴えに慄くが良いわッ!!」
「それは対策とは言わないでしょ……」と溜息を吐かれたが、そんなことはないぞ。
未知の敵や苦手な敵には、いつでも万全の状態で戦えるよう万端の準備を行う。対策の基本としては、これ以上なく忠実ではなかろうか。
「そう。だったらもう、何も言わないわ」
なんだろう。何故かリチアの視線が一段と冷たくなったような気がするんだが……。
「はぁ……。じゃあ、一応伝えておくわね。アイツらには聖属性の攻撃が有効よ。スキルの中に属性付与されたものがあればその中から聖属性をチョイスして頂戴。それだけで戦闘がだいぶ楽になるわ。それから火属性も有効ね」
……どれも持ってないんだが……。
「行動パターンは稚拙だから先読みも容易いわ。必ず近くにいる生き物を優先して狙うから位置取りには注意して」
……やっぱり近づかないのが最強だな。FPSでもゾンビ戦でも似たようなものなのか。
「ほっとくとエネルギー切れを起こして倒れるみたいだけど、死ぬわけじゃないから近づくとしがみつかれるわ。屍体だと思ったら死んだ振りだった、なんてこともあるかもしれないから、倒したと思っても気を抜かないように」
「ヘッドショットも有効っぽいな」
「……どうかしらね。一時的には戦闘不能になってるようだけど、部位欠損してる骸骨も結構いるみたいだし、あまり信用性は高くないかも。まぁ、すぐに復帰はできないみたいだから、有効打ではあるはずだけど……」
僅か数回の戦闘で見切りが早すぎないだろうか、この人……。あれかな、フラゲでエンディングまでプレイしちゃってる人かな。あるいはベータテスターでそのうえチーター。ビーターやで、コイツ!
「……フラゲ、通称フライングゲット。それだけなら先駆者と言うだけの話。じゃが、フラゲ実況やネタバレはまごう事なき悪じゃ! ギルティじゃ! 妾が神ならヤツらは地獄の最下層へと送り込んでやるものを……」
……なんか夕凪姫の逆鱗に触れたらしい。……なんとなく、コイツとは気が合いそうだな。
「……貴方たちのそういうのにはついて行けないわ。それより夕凪ちゃん、道はこのまままっすぐで良いの?」
「無論じゃ! 妾のエスコートに間違いなどあるわけないわ!!」
随分と強気だな。フラグにならなければいいけど。
――
そして、二時間後……。
俺たちは迷っていた。
「こ、こんなはずじゃ……。ちちち違うのじゃ! 方角はあっておるのじゃ! じゃが、道が……ッ!」
崖に阻まれて進めなくなった。道に迷ったのではなく路頭に迷ったというわけだ。進退窮まるというべきか。……それにしても「進退窮まる」という言葉のやりきった感は異常。何もできてないのにどこか達成感が感じられるから不思議だ。……某ひっぱりアクションゲームのレベル上限が「極」表記だからだろうか。いやまぁ、心底どうでもいいことだが。
どちらにせよ、夕凪が居心地悪そうに立ち尽くす結果は、変わらなかっただろう。
ともあれ、目前には切り立った崖がある。30……、いや50メートルくらいの高さがあるな。とても登れそうにない。
だが、周囲を右往左往してみたが、登れそうなところもないな。……どうする?
「……思ったより早く機会に恵まれたわね。早速だから紹介するわ、ツバサくん」
そう言ってリチアは右腕を突き出してこちらを振り返る。そして、その右腕から、ぐにゃり……と。
空間が湾曲したような捻れた中空にブラックホールのような渦が生まれた。……なんだか〈旅の扉〉みたいだな。もっとも、色合いは青よりも怪しげな紫色だが。
「あたしの能力は亜空間創造。使い方次第ではワープに近いこともできるわ」
なんて言いながらリチアは俺の手を掴んできた。……お、おいッ!?
「ほら、夕凪ちゃんもちゃんと手を繋いで。でないと時差が生じちゃうでしょ?」
朗らかに告げるリチア。
夕凪は吹き出しにもじゃもじゃマークを浮かべたような複雑な表情を浮かべたまま、頷いた。
そして、俺は美少女二人に手を繋がれたまま怪しい渦に巻き込まれた。
奇妙な感覚だった。
中空に浮かぶそれは、触れた瞬間には水面のような違和感を感じたが、水ほど明確な存在感はない。
とんでもなく密度の濃い霧にぶち当たったような感じと言えば良いのだろうか。
そして、その境界を跨いだところから、空気感がまるで変わった。
屋外から、空調の整った部屋へ飛び込んだときの感覚をより明確にしたような印象だろうか。
そうして、目の前の光景は一瞬で変わった。
ひんやりとした足下には芝生が広がっている。
そこはグラスガーデンだった。花が咲き、木が植えられ、白い柵が拵えられている。
芝生の向こうには煉瓦の歩道が現れ、闖入者である俺たちを主の住む場所へと招こうとしている。
その先には、家だ。大層立派なお屋敷が建っている。部屋数は20~30くらいはありそうだ。……まぁ、奥行きは見えないし、実際はもっと広いのかもしれないけど。
「ここは……?」
「ようこそ、マイホームへ。それとも、おかえりなさい、……かしら?」
そんなふうに首を傾げるリチアだが、生憎と俺には返す言葉が思いつかない。
これは……、なんだ?
「あたしが創造した空間よ。ここがあたしたちの拠点。生活に使える大抵のものがここには用意してあるわ。唯一の欠点は空間を跨ぐ際に時間を調節できないこと。あたし一人だと時差が生じてしまうってところかしらね。前回の世界からこっちへ飛んで、そこから更にもう一度跳躍する際に一ヶ月くらいズレちゃったみたいだしね」
時差……。それが俺たちとの合流が遅れた理由か。
けど、ひとつ疑問がないこともない。
「……ツバサくんと一緒だと時差が生じない理由? それは貴方が翼龍――、時空の亘り手だからよ」
……つまりはこの俺の異能である、〈翼白〉の恩恵というわけか。
「そういうことになるわね。夕凪ちゃんには神の如き異能だなんて言ってもらえたけれど、一人でできることなんて高が知れてるわ。あたしにできるのは空間を生み出して、そこへのゲートを繋ぐだけよ。従者にはそれぞれこういった異能が与えられる。その異能を貴方が指示して使いこなしていくの。それが翼龍の役目だし、従者の役割よ」
……そうは言われてもなぁ。
要は全員を自らの腕のように使いこなして困難に打ち克て、みたいなことだろ? いくらなんでも限度ってもんがある。
こんな力を使いこなすなんて、無茶もいいとこだろ。
「……そうでもないわよ。あたしも他の子も、ただの女の子なんだから。……とは言っても、他の従者たちはもうここには居ないし、会うこともないだろうから、まだまだ序の口でしょ?」
無茶言うな。今でさえ菊花・アリシア・ナズナ・夕凪・リチアと5人の仲間がいる。従者だけでも3人だ。
スキルのレベリングのほか、コミュニケーションもちゃんとして、そのうえ異能まで使いこなすとか、いくらなんでも先が思いやられる。
やるならやるで優先順位を設けないと自滅するな。
(ちょっと待つっす! メンバーにオイラが入ってないっす!)
ナップサックから飛び出したのはシロにルキウスだ。
ルキウスはともかく、シロは最近完全に空気だったな。
「……っていうか、お前は戦力外だろうが。カウントに入んねえよダアホ」
(ひ、酷いっす……)
ん……? 待てよ、そう言えば、ここが使えるんだったらペット問題はここで解決できるな。
「良かったな、シロ。お前に家ができたぞ」
(放置プレイの予感しかしないっす……ッ!)
いやいや、そんなことはないと思うぞ。……たぶん。
(いやぁぁあ!!! 助けてくださいっす! 姐さん?!)
「お主の顔を見ていると、厭でも思い出す……。あのピョンピョン跳ねる聖剣の伝説に出てきたあの魔物を……」
ああ、アレか。可愛いよな。……喋らなければ。
「妾はな、ずっと思っておったのじゃよ」
そう言って、ずいっ。踏み出した足が、芝を破る。
「田舎で見かけた大イノシシのようなあの丸い大きな身体……」
舌舐めずりするように、シュルリと夕凪は息を吸った。目は捕食者のそれだ。生命に対する感謝と、果てなき食欲という名の煩悩がその眼光には込められている。
対するシロは一歩(歩という単位で良いのか?)退いて震え上がる。その結末は、まな板の上の鯉か。それとも、狩人の前の獣か。
「…………実に、食い出がありそうだとは思わんかのう、我が片翼よ」
(ヒィィイイイッ!!! 殺され、……お、おおおおお助けェェェエエエエエーーーーーーーー?!)
そこには、泡を吹いてひっくり返った哀れなウサギの姿が残されていた。
説明回になりました。不調なのでページが埋まってくれて楽は楽なんですが、根本的な解決にはなってないような……。
そろそろ勇者サイドの話も進めなきゃなぁー。




