第十六羽【死兵跋扈③】
死人は言葉を持たない。
伝達する手段を持たない。
そもそも、死んでしまえば意思を伝達する必要性は皆無だ。
死人には未来がない。未来を夢想する権利すらない。
夢想したところで、行動すら起こせない。死んだ身体は動く道理もなく、言葉も意思も、何の意味も持たないのだから。
だから、死人は言葉を持たない。いや、持つ必要がないのだ。
しかし、理を外れた者たちには、そんな事情は関係ない。
意思がなかろうと、身体は動く。動き、捕食をする。動き続けるためにエネルギーを求め続ける。
生命活動を停止しようとも、その本能は消えない。
いや、あるいは。
生存本能とは全く別の、異なる原理によって行動を起こしているのかもしれない。
もっとも、そんな質疑を繰り返したところで、その回答を得られる機会は永劫に訪れはしない。
死人は言葉を持たない。
それゆえに、何故、何のために捕食するのか。動き続けようとするのか。死人はその質問に答えることができない。
否、言葉を持ったとしても、答えられるとは限らない。
生存本能と同じように、彼らが無意識的に捕食行動を取っているとするならば、彼ら自身にもその回答は分からないかもしれないからだ。
何故、動くのか。――もっと突き詰めるなら、何故生きるのか。
そんな質問に、何の迷いもなく答えることは、真っ当な生命ですら難しいだろう。
そして今日も――。
カラカラ、コロコロ……。
不気味な乾いた音を立てながら、死した兵は動き続ける。自らの糧を得るために。
あるいは、生きる理由を探すために。
死者を従えるその男の名はハサドという。
男は甲冑の下でぶつぶつと呟いていた。思索に耽りながらその赤い兜をこつこつと小突く。
「……ふむ。想定外の動きであるな。……これはどう手を打とうか」
策を練り、布石を投じ、熟慮を重ね、一手を打つ。
それは熟練の棋士にも似た動作でありながら、その甲冑姿だけがどうにも異様だ。
盤上の遊戯と異なるもっとも大きな理由の一つは、駒すら自由に動かせないということだろうか。
想定通りに動かず、それゆえに読み切れない。そこがもどかしく、だが同時に興が乗る。
ハサドは甲冑の下に笑みを浮かべる。
戦いに身を投じるこの愉悦は、難しい勝負であればあるだけ心が躍るようだった。
「10-6、竜……。我輩の采配とは違うが、これもまた趣がある。で、あれば……」
ハサドは閉じた扇子を虚空の盤上へ向ける。盤上を想定して、指す。
駒に意識があるわけではないが、何かを感じずにはいられない。
こんな時、ハサドの打つ手はいつも決まっていた。
波風に身を委ねるように、運命に身を投じるように。
「征くが良いぞ、竜の女王よ。此度の戦は、其方に授けようではないか……ッ!」
ハサドが思い描いた盤上で、竜は大きく敵陣へと切り込んでいく。
まるで己の意思を証明せんとするかのように……。
――
頭が重い……。まるで体中の血液が頭に寄せられているかのようだ。
身体がふらふらと揺れている。前後の間隔すらも曖昧となっているようだ。
……果たして、俺は今、どうなっている……?
ここ数回は目を覚ますたびに膝枕イベントが発生していたが、今回もそのフラグは発生しているだろうか。
チラリ。
片目を開けて様子を窺ってみる。
『グァァアア……ッ!!』
目前に現れたのは真っ白い頭骨だった。
「ですよねー。って、はぅわ!!!」
慌てて噛みつき攻撃を躱したが、身動きが自由に取れない。なんだこれ??!!
ブラブラと揺れること数回、ようやく気づいたが、俺は落下の際に木の枝に引っかかって宙吊りになっていたらしい。
身動きが取れないのは……、手綱が足に引っかかっているからかッ!
再度ガイコツが俺に噛みつこうとしてくるのを神タイミングの神避けで神回避すること四回。
ハッハッハッ! なに、当たらなければどうということはない!
なんて笑っていたら、ガシィッ! 〈スケルトン・ナイト〉の細い指骨が俺の首を掴んだ。神回避、破れたり……ッ!?
白い歯が、クワッと目前に迫り、俺は思わず目を背けるが、予想したような激痛も衝撃も、訪れることはなかった。
「あらあら、ツバサくんったら、やっぱりキスするときは目を瞑るタイプ?」
音もなく敵を倒したのは、頼れる従者様だった。
「女の子だったらガン見するんだけどな」
「あはは、サイテーだね」
そんな軽口を吐きながら、リチアが手慣れた手つきで手綱をほどいてくれた。
頭に上った血は、ようやく本来あるべきポジションへと返る。
「みんなはどうなったんだ?」
「分からない。夕凪ちゃんはすぐに合流できたから、今は周囲をサーチしてくれてるの」
「そんなことできるのか。従者って優秀だな」
「それぞれ得意の技能があるのよ。あたしは亜空間作成。あの子は周辺把握。菊花ちゃんは……、まだ未発現」
従者としての能力――龍力とか言ったか?――は、まだまだ未知数だな。そのあたりの勉強会も事前にやっとくんだったか。
そんなことを考えていると、ごぷっと試験管を口に突っ込まれる。
慌てふためく俺に対して、リチアは片目を瞑って微笑む。
「ただの回復薬よ。今のうちに身体を休ませなさい」
俺は緑の液体を飲み下しながら一度だけ頷いておいた。
――
「〈近辺探査〉、と言えば聞こえは良いが……。言ってしまえばそれは少し精度の良い〈勘〉のようなものじゃ」
探査を済ませてきた夕凪は、そう言うと俺の斜め前に腰掛けた。反対側にはリチアがいるから輪になって座っている状態だ。
俺は座り心地の悪い石の上でお尻の位置を調節しながら話を続けた。
「……〈勘〉でも、充分なんじゃないのか?」
「……お主らは良いじゃろ。神の如き異能力をその身に宿しておるんじゃから。じゃが、妾のこれはなんとなくの方角しか分からん。そのうえ、見知った相手しか探査に引っかからん。しかもそれが誰なのかは良く分からんし……、はっきり言ってビミョーな能力じゃよ」
「……けど、ないよりマシなんじゃあ……」
「お主らには分かるまいよ。……ビミョーな能力しか与えられんビミョーな存在のビミョーな気持ちなんぞはな……」
夕凪は不貞腐れ始めた。……めんどくさ。
中二病らしくやはりヘタレた性格なんだろうか。もしそうならちょっとだけ親近感が湧く。
「……そう言うなよ。俺はお前の探査能力に助けられてるんだ。お前の言う〈なんとなく〉の方向にあいつらがいるんだったらそれが最高の成果じゃないか。……それでいいだろ、我が片翼さんよ?」
「む////。そ、そうか……。そこまで言うなら褒め言葉として受け取っておくとしよう。我が片翼の言葉じゃしな。……しかし、我が片翼よ」
「どうした、我が片翼よ」
夕凪はなんだか酷く言いづらそうに眉根を寄せる。なんだってんだ?
「その、我が片翼というのは妾がそう呼びたいからそう呼んでおるわけじゃが、しかし……」
「俺もそう呼びたいんだがしかし……」
「む、むむぅ……、じゃがしかしじゃな。其方には別の呼び方をして欲しいのじゃよ」
「……別の呼び方……?」
訊き返したが、夕凪は顔を赤らめたまま俯いてなかなか返事をしない。ただのしかばねなのだろうか……?
「……それは、やっぱり秘密じゃ」
蚊の鳴くような細い声で、少女はぼそりと呟いた。
分かりやすいようで、しかしどうにもその繊細な心情は、俺みたいな朴念仁世界代表クラスでは察せないらしい。
隣でリチアが溜息を吐いているが、俺がじぃっと見つめても首を横に振るだけだ。教えてはくれないというわけか。
……コミュ力スキルをレベリングしないといけないらしい。
まったく、やっぱり人生はハードモードだ。
ハサド:名前の由来はDEATHの逆さ読みです。もう少し和っぽいのも候補にありましたが……。




