第十六羽【死兵跋扈②】
集合国家レイムガルドの北側に位置する領土、ヴィクトリア帝国は人の往来が盛んな商業の発達した国家だ。そんな中、人々は便利な技能を開発・研究を進め、他国の知識もふんだんに取り入れてきた。
流行するものもあれば、すぐに廃れるものもある。そんな隆盛を生き抜いた技術のひとつが〈調教技術〉だ。
魔物は強靱な肉体を持っている。たとえばそれを労働力として使えないか。移動手段として使えないか。そんな発想から生まれた調教者たちは――ときに操者とも呼ばれる――ヴィクトリア帝国の歴史の中で日々技術力を向上させてきた。
そうして、人々の生活にも多くの魔物が関わるようになり、生み出された騎士団が飛竜騎士団である。
「ガウウウウゥ……」
なんとも不吉な声を鳴らして、竜が羽を広げる。
ひとまず、感想としてはアレだな……。
「デカイ……」
「おっきいです……」
「つよそー、です……ッ!」
俺は開いた口がふさげずにいると、横合いからリチアが余計な一言を加えてくる。
「ツバサくんなら、『すごく、大きいです……』とか言ってもらいたいんじゃないの?」
「……我が片翼はそこまで下賤な輩ではないわ。……そうじゃろう?」
「も、モチロンさー……」
……一瞬思ってましたけども。
仲間も増えてきたし、そろそろ自重すべきなんだろうか。いや、だがしかし、夢を忘れた俺は俺ではない。なればこそ、俺は夢を抱えて生きるべきなのではなかろうか……。どうする……?
「フフ、少しは自重してくださいね、ツバサ様」
まるで釘でも刺すように、菊花が俺の顔を見た。見返り美人のような姿勢で言われるもんだから、俺は半分見惚れながらも頷くしかないのだった。
この飛竜という生き物を語る上でいくつか前提となっている知識があるため、まずはその説明からする必要があるだろう。
まず、この世界では〈龍種〉と〈竜種〉で全く別の存在を指す。
龍というのは伝説の生き物であり、厳密に言えば生命ですらない、神聖な存在を指している。謂わば一種の信仰の対象だ。
俺の正体が翼龍だということもこれに近い意味合いだろう。世界が異なっても理が異なるとは限らないわけだ。
〈龍種〉が神の呼称だとすれば〈竜種〉とは何か。――というと、答えはそれ以外を指す。
まぁ、主に龍っぽい生き物を〈竜種〉と呼んでいるわけだ。
つまり、有り体に言ってしまえば。
〈龍種〉は神。〈竜種〉は生き物。
結局はそんなオチである。
とはいえ、とはいえだ。
飛竜の至近まで近づいた瞬間、俺は思い知らされる。
先程までの余裕は、一気に消え失せる。
ちょっと。ちょっと待て。これはアレだ。
これ、思ってた以上にデカくね?
俺の目の前で嘶きを轟かせるその存在は、果たしてただの生き物で片付けて良いレベルか? 俺は〈竜種〉のカテゴライズをつけた過去の偉人に文句をつけたい思いだった。
なにせ、その身体は優に5メートル近い大きさを誇る。……すごく、大きいです……。
それだけじゃない。威圧感が半端ない。翼を広げたその迫力はアレだ。まさに痛恨の迫力だ。……言ってて自分で意味が分からん。
生き物というカテゴライズで語るならば、翼が生えて飛行能力を備えたトカゲとか、そんなレベルに感じられるかもしれないが、それはあくまで机上の空論というか、机上の推論というか、ともかく現実感が乏しい。
灰色の皮膚は幾重にも鱗が重なり合い、鉄のような強靱さを伴い、それでいてその皮膚の下に隠しきれない精悍な筋肉が溢れんばかりの力強さを体現している。
見上げれば、ゴクリ。
思わず唾を飲み込むド迫力の顔が、飛竜様がまなじりを吊り上げて俺を見下ろしている。
フシュゥゥ……と、荒々しく吐かれた息が竜独特の臭いを発している。
その様はまさしく、王者の貫禄。
自然界の優劣を、有無を言わせず決定づける圧倒的な戦力差を見せつけられる。
……これにホントに乗るのん……? っていうか、乗る前に食われねえか? ホントにだいじょぶなんか?
「バサ兄! はやく乗る、ですっ!」
気づけば全員騎乗している。これがただの騎乗位だったらどんなに気が楽か。……いや、竜に騎乗位とかさすがにアブノーマルすぎて発禁レベル。
「ツバサ殿、現実逃避は程々にしておくべきだぞ?」
などと騎士様が仰っている。俺は泣く泣く、ナズナの伸ばした腕をおそるおそる手に取った。
その小さな手が、ここまで力強く感じられたことはなかっただろう。
そして、この手をここまで呪ったこともなかったことだろう。
手を取った瞬間、竜は大きく羽ばたき、その巨体を宙へ浮かべた。嘘だろ、オイ!
俺はその小さな手を離せず、結果、竜の尻尾にしがみつくしかない。
そんな惨めな姿を悠々と見つめるもう一人の騎士様。セイベルンとか言ったか?
イケメン騎士は腕を組んだまま、そして少し気が晴れたような顔をしながら、俺たちに激励を飛ばした。……いや、素直に激励だとは受け取りたくないけど……。
「我々騎士団では、初めて騎乗する騎士へ向けてこう告げて、送り出すのだ。……『鳥になってこい』」
瞬間、俺たちは重力の鎖から解き放たれ、無限の空へと連れ出された。
含み笑いするような騎士に報復することを心に誓って、俺たちは一路、封印の神殿へ向かった。
――
猛烈な玉ヒュンする感覚に竦み上がりつつ、どうにか飛竜の背に辿り着いた。
ナズナはというと、手綱を握って楽しそうに歓声を上げていた。……なんということだ。子供の持つ順応力ってスゲー。
俺のほうはというと、えっちらよっちら飛竜の背中を登って、ナズナの小さな身体にしがみつくことしかできない。
わーきゃー言ってるナズナの背中越しに正面へ顔を覗かせると、ぶわっ! 強烈な風圧が顔面へ襲いかかる。
顔をしかめつつ目をこらすと、もう随分と遠くなった地面が遥か下方に広がっていた。
中世世界だけあって景色は全体的に緑が多い。
これから向かう北東方面には森林地帯が広がり、そこから山岳地帯へと移り変わってゆく。
山の高さはかなりのもので、この飛竜の飛行高度でも山頂には届いていない。……今は大体三分目といったところか。遠近感がありすぎて正確なところは不明だが。
「……にしてもアレだな。みんなナチュラルに乗りこなしてるな。飛竜って扱いが難しいんじゃなかったのか?」
「この飛竜が良く訓練されている、という話だ。本来は人には馴れず、背に乗せるなど夢のような話なのだ」
「……それにまったくの初見ってわけでもないからね~。あたしも菊花ちゃんもこの手のものには覚えがあるし……」
……前の世界での経験だろうか。慣らした分だけ熟練適正値が高いから物覚えが良いのかもしれない。
俺も龍力や他の人格が目覚めれば、もう少し適正値が増えたりするんだろうか。今現在だと、そこまで熟練度に影響がないみたいだし……。
まぁ、こうやって色んな経験を積めればその分熟練度は稼げるわけだし、いずれにせよ成長は可能か。
……そうだな。もう少しプラス思考でもいいかもしれない。
そんなふうにして、時には操縦を代わってもらったりしながら、飛竜に慣れ親しんできた頃――。
それは唐突に現れた。
「――ツバサくんッ!! 警戒してッッ!!」
言うが早いか、ドウッ!!!
突然の乱気流。まるで竜巻に呑み込まれたような錐揉み回転。
仲間たちの悲鳴と、飛竜の嘶きが虚空に響く。
俺はナズナの身体を引き寄せようとするが、暴力的な風圧が俺の身体を吹っ飛ばす。クソッ、ナズナッッ!!!
頼りの飛竜の存在感も消え失せ、上下の感覚も曖昧になり、俺は無我夢中で手を伸ばすが、ナズナは遠く飛ばされ、ズボッと森に呑み込まれた。
俺はせめてもの仕返しとばかりに、敵を見定めた。俺たちに空中戦を仕掛け、一撃のもとに粉砕したその敵へ向けて。
そして、その敵は……、――ありえない巨体だった。
まるで飛竜が子供のような大きさ。
〈ワイバーン・ゾンビ《テンペスト・クイーン》〉。
マジかよ。個体名持ち、だと……?
20、いや30メートル近いんじゃないか……? これが成体、いや老成体……? いずれにせよ、とんでもない化け物だ。
骨だけになってなお圧倒する威圧感を放つモンスターが、不満そうに鼻息のような呼気を放つのを最後に、俺の意識は途絶えた。
以前名前のみチラ出ししていた〈ワイバーン・ゾンビ〉がここまで凶悪だと思ってた人はいなかったんじゃなかろうか。かくいう僕もその一人ですががが。
「鳥になってこい」は、僕の好きなゲーム「メタルギアソリッド」の三作目あたりで出てきた台詞だったような。元は他のパロディでしょうが、どこか印象的です。




