第十六羽【死兵跋扈①】
古くより役割を忘れられたかのように埋没していた神殿に、今は多くの客が来訪していた。
客の一つは、勇者一行と呼ばれる者たちだ。神殿の設備を復元し、本来の役割を果たさせようとしている。
そしてもう一つの客はというと……。それは、突如虫のように沸いた不死系の魔物たちだった。
自然発生も起こりうる魔物ではある。魔力的なエネルギーや負のエネルギー、俗に言う瘴気が多いと死骸が再び動き出し闊歩することもある。
しかし、それは精々生まれても数体、十体もいれば充分な脅威といえるくらいだ。
にもかかわらず、神殿跡地に現れた数はゆうに百を超えている。じきに哨戒を行った弓使いキャシーがその大まかな数を報告するだろう。その持ち帰る答えが絶望的な数字であることは、このときの勇者一行はまだ知らない。
楼閣を中心にして守りを固める勇者一行。
敵の行動は散発的で、どこか消極的な印象だ。ともすれば、時間を稼ごうとしているかのよう……。
「……恐らく目的は本陣の到着なのでしょう」
パーティで最年少の魔術士アシュレイがそんな憶測をぶつけた。
勇者アルスはそれに首肯して、仲間の顔色を窺う。
もちろん顔色は芳しくないが、臆した様子は見られない。
「……キャシーの報告次第だけど、明るい話題にはならないだろう。向こうの思惑に乗ることはしたくないが……」
そんな懸念に、戦士役のジェレイドは腕を組んだまま口を挟む。
「けどよぉ、アンデッド共にそんな知能があんのかよ? たまたまってこたぁねえのか?」
アルスの代わりに答えたのは封印術士のロサーナだった。
「いえ、これだけの数が纏まって存在していること自体がおかしいですわ。不死系はもっとも卑しい魔物。エネルギーを保つために近くの魔物から直接魔力を捕食するそうです。つまり、徒党を組んで行動なんてできるわけがないのですわ」
「……つまり、それを指揮する存在がいる。敵は操者か……」
「厳密に言えば死霊術士なんでしょうけどね」
そんな仲間たちの意見にジェラルドは大きな肩を竦めて見せた。
「ったく、なんだか知らねえが、面倒なヤツだぜ」
そこへ物見を終えて戻ってきたキャシーが合流する。
その顔色から、やはり良くない報せだったと一同は察してしまう。
「……最悪。もう取り囲まれてる。数はだいたい1000」
予想通り、いや、予想以上に悪い報告だった。
〈スケルトン・ナイト〉あたりであれば、20体倒すのにおよそ五分。それ以上の個体もいることを考えれば順当に倒せても五時間は掛かる計算になる。休息を取るとしてローテーションを組めば、効率は更に下がる。食料はともかく、装備にはそれだけの余裕がない。それに、わざわざ親切に行列を組んで攻め込んでくるわけではない。一気呵成に攻め込まれれば形勢は一瞬で飲まれる。結論から言って、防戦は実質不可能となった。
かといって攻めるのも得策ではない。数の暴力は力量差を大いに覆す。絶対に選んではならない選択肢だ。
攻めるのもダメ、守るのもダメなら。取りうる選択肢は何か。
アルスは一つの作戦を思い浮かべる。
仲間たちにそれを伝え、それぞれが頷き合う。
――せめて噂に聞く隠れ里のことがもう少し分かっていれば……。
あるいは助太刀を頼めただろうか。
そんな考えを首を振って打ち払う。
戦いに「もしも」はない。そんな仮定に意味などないのだから……。
「……消耗戦に持ち込まれたら終わりだ。敵の大将格を先に仕留めよう」
「……短期決戦、ですわね」
「へっ! 上等!!」
一同は頷いて答える。
――これがベストな選択のはずだ。
アルスに続いて、仲間たちもそれぞれの得物を持ち、身構える。
そして、周囲に展開されつつある軍勢を見据える。
不穏な空気を演出するかのように夜の帳が、空に陰りを生み出していた。
――
「良いか? 心しておけ。この先におられるのは、君たちが一生掛けても本来お目通りなど適わない〈天上〉のお方なのだ」
そんなふうに先導の騎士に前置きされてから、俺たちは謁見の間に到着した。
城の中も相当だったが、やはり王城だけあって煌びやかな装飾にあふれた豪奢な作りだ。
ステンドグラスから、そろそろ夕焼けに染まろうかという日差しが差し込んできている。
そんな陽光を一身に受けて、赤い絨毯が輝いている。その絨毯を目で追っていくと、数段の階段があって、その奥には王が玉座に腰掛けている。
なんだか居たたまれない、不似合いな思いで絨毯を踏みつつ、玉座の前へ。
騎士が膝をつくのに合わせて、リチアが慣れた様子でそれに倣う。俺たちも見様見真似で膝をつくが、ナズナだけが置いてけぼりだ。菊花が慌てて抱え込むようにしてしゃがませたので、俺は心の中で「ファインプレー!」と喝采を浴びせる。
「……さて。もうだいじょうぶだよ。慣れない恰好で窮屈だろう? 楽にしてくれて良いよ」
「し、しかし陛下……ッ!」
「セイベルン。余の応対に何か問題があるだろうか。相手のやり方に合わせて応対をする、これは最大限の礼儀だと思ったのだけれど……」
困惑する王は見目麗しい美少年だ。金色の髪に白い肌、蒼穹を思わせる青い瞳が人間としての究極の美を体現させていた。
これで白馬に跨がったりしたら、男の俺でも顔が赤くなりそうなレベル。思わず溜息が漏れてしまう。
それに対して、騎士は憤る。この砕けた相対が許せないらしいな。
「さ、最大限の礼儀など!? 相手はただの冒険者です! 陛下がそこまでする必要はありませんッ!!」
騎士が息を荒げて進言するが、少年王は顎に手を当ててなにやら思案顔だ。
「……セイベルン、余には分からないよ。余はこの国に住まう者全てに敬意を持って接したいと考えているんだ。彼らも旅人とはいえ、住人の一人には違いない。彼らがいて、彼らの営みがあって、初めて国は国と呼ばれるようになる。彼らに最大限の敬意を払わずに、余は誰に敬意を払えば良いんだい?」
「……それは――」
セイベルンとか呼ばれてた騎士は歯噛みして立ち尽くしていた。……なんだか苦労の絶えなそうな騎士だな。
そして、王も王だ。この言い分は大物過ぎる気がする。犬の姿で現れたときは特に感じはしなかったが、改めて見るとその存在感に圧倒される。
そして、全ての者に敬意を払う。この考えは、王としてかなり異端だ。
普通の王様ってヤツは、もっと偉そうにふんぞり返る者だ。威厳がなければ誰も従わない。ゆえに敢えて厳しく接する必要がある。
まぁ、それが行き過ぎて恐怖政治みたいなのになれば、王国も衰退するんだろうが、この王はその真逆へと突き進んでいる。
「……失礼したね。余の考え方と世界の風習は相容れないことが多いらしくてね」
王はそんなふうに言うと優雅に肩を竦める。美形ってホント、何しても様になるなぁ。
「まぁ、挨拶はここまでにしておこうか。……実はさきほど、勇者アルスから連絡があってね。敵の一団と戦闘を始めるらしい。できれば君たちにも参戦してもらいたいんだが……、足をどうするかという問題があってね……」
王は流し目で騎士を見やるが、まだ思考停止状態らしく特に反応がなかった。
「……早馬でも五、六時間掛かるんだ。それは距離もそうだけど、それ以上に付近の森林地帯の影響が大きい。ここさえ回避できればもっと時間短縮が可能になる。そこで打診をしていたんだが……セイベルン?」
主君に声を掛けられ、騎士はようやく顔を上げた。
「はッ! 何でしょう、陛下」
「飛竜の件はどうなったんだい?」
「はッ! 飛竜部隊はいつでも出撃可能です!」
「……部隊? 余は貸し出しをお願いしなかったかな?」
「はッ! ですから、部隊の貸し出しを……」
「「………………」」
沈黙する一同。いや、そっちだけで進められてもなぁ。
「……分かった。簡潔に言おう。ツバサ卿、君には勇者たちの戦いに助力してもらいたい。こちらからは飛竜を貸そう」
……前回に引き続き、今回もパシられるのね……。
「仰せのままに……」
今までずっとだんまりだったリチアが即答してしまったので、俺たちの出撃が確定してしまった。
俺が後で文句でも言おうかと思って、その綺麗な横顔を半眼でじっと睨んでいたら、リチアは俺にウインクしてきた。
……なんだかもう嫌な予感しかしないんだが……。




