第十五羽【極楽鳥花⑤】
尖塔の上で少女は膝を抱えて丸くなっていた。
「……その……、じゃからして……。えと……」
細い声でぶつぶつと声を漏らす。が、この距離だ。はっきり言ってそうそう聞こえるもんじゃない。
「なんだー? どうしたってー?」
俺が声を掛けても、少女は返事もせずに顔を赤らめるばかりだ。
すると、後ろから溜息が聞こえてくる。
「しょうがないわね……。夕凪ちゃん? ツバサくんが優しく受け止めてくれるから、そのまま降りちゃってだいじょうぶよ?」
おいおい、俺がやるのかよ? まぁ構わんし、なんなら喜んで立候補するまである。……失敗しなきゃ良いけど。
それを聞いて黒ずくめの魔女っ娘はずるずると尖塔の屋根の端まで躙り寄る。
が……、屋根の破片がころっと落ちて音もなく空に吸い込まれるのを見て、再び足を止めてしまう。
「む、ムリ。……ムリやって、こんなん……」
ぼそりと少女は口の中だけで呟いた。
そんな様子を見ながら、俺の後ろにいたリチアが僅かに息をこぼしたような音がした。……あれ、なんか笑ってらっしゃる……?
振り返ってみたが、リチアの表情は真顔のそれだ。……気の所為だろうか。
「さぁ、ツバサくん準備はできた? そろそろ来るよ?」
え……? と問い返す間もない。ずるりと少女の靴が滑りバランスを崩してそのまま空へと投げ出されてしまった。
咄嗟だったが、風魔法の扱いならこちらの世界に来てからいい加減手慣れてきた。空へ舞い上がるイメージを抱くとそこには上昇気流が生まれ、自由落下の速度を軽減させる。その間に俺は落下地点までビーチフラッグを掠め取るようなフォームで少女の元まで滑り込む。
捕まえたところまでは認識できてはいたが、そのまま地面を転がり揉みくちゃになって助けられたんだかどうなんだか分からなくなった。ただ、腕の中には柔らかい感触があり、少女の鼓動が掌を通じて伝わってきたので、しっかりと生きているらしいことは認識できた。……あれ?
掌を通じて? 心臓の音が……? それは一体どのような奇跡的な体勢……?
俺はそんな奇跡を目の当たりにしようと、目を開けると同時に顔面を強打され吹っ飛ばされる。
「そんな……、まだウチらには早すぎるって……。ツバサくん……////」
言っている意味は分からんが、速すぎるのはお前のビンタの速度だろう。
幸せパンチとキングパンチを同時に喰らった俺はその落差にあっさりと意識を手放すのだった。
――
目まぐるしく何かが周囲を巡っている。それは何らかの言葉であるようだった。
荒々しい男の声が言う。「人間社会ってのはよぉ、下らないことばっかありやがるんだ。……とりあえず、気にいらねえヤツらは片っ端からぶん殴るぜ」
粛々とした男の声が言う。「短絡的な思考では最適解には至れませんよ。ロジカルな思考こそが世界の行く末を左右するのです」
淡々とした男の声が言う。「正しいとか、そーゆーのはどーでもいーよー。それよりオイラ、ずっと寝てたいなー」
最後のヤツにはちょっと同意だ。怠惰な生活というのは素晴らしいものだ。ハラショー。
しかし、別の声が口を挟んだ。
「けど、君はなんだかんだ言ってじっとしてはいないよね。あの子たちを放ってはおけないんだ」
的を射たその発言。それが誰の言葉かは簡単に把握できた。それ以外のヤツらはというとさっぱりなんだが。
ったく、ほっといてくれよ、ツバサ様。
「おいおい、それはてめえ自身のことだろうがよ」
「ええ、そして我々自身のことでもある」
「そーなんだってねー」
……おい?
「どうしたんだい、もう一人の僕?」
ひょっとしてアレか? 俺の人格ってそんないくつもあるもんなのかよ? それってどんなサイコ野郎だよ。
「まぁ、亘った世界の数だけペルソナがあるわけだからねぇ。数えるのも億劫なくらい、どこぞの元霊界探偵とかの比じゃないだろうね」
おいおい、ってことは女の子の人格とかもいるんじゃなかろうな。そのうえ闇撫の人に魅入られたりしないだろうな。そんなBLエンドだけはまっぴらだぞマジで。
「そんな訳の分からん例え話をされてもついて行けねえっての。もうちょっと最近で分かりやすい話で、なんかあるだろ? えっと、最初の私は臆病な娘、恋に破れて……なんだったか?」
「穴の開いた身体に他人を取り込むんですよ。何万人も呑み込んだ怪物の成れの果てが……」
「キメラアントー?」
お前らがすべからくオタクだってことは良く分かったよ!
それで? こうして夢の中でご対面したってことはなんか意味があるんだろ? ただの挨拶ってわけじゃあないんだろ?
「多少は頭が回るようですね。感心です」
「てめえ自身もある程度は分かってんだろ? 魔法の行使で龍脈が鼓動してる。徐々にてめえは龍に近づいている」
「本来の姿ー」
「力を得るということは、僕らにとって力を取り戻すという意味でもあるんだ。そして取り戻した力は、龍力という形で君に還元される」
「つまり、我々の力の使い方を思い出すということでもあるのですよ、もう一人の私」
「あとはトリガーさえ引ければ、てめえは俺様たちの力を呼び覚ませるっつーわけだ」
そしたら、俺の脳内はずっとこんなに賑やかなのかね?
「楽しーよー?」
そうか? けど、結局それはまだ足りないってことなのか? お前らの言い分からすると……。
「ああ、まだまだ足んねーな。あと30年修行しろ、このボンクラ」
「30年……かどうかは貴方次第でしょうね。ですが……」
「いつか必ず訪れる未来、ではあるかな」
……ひとつ訊きたいんだが。
「じゃあ、一個だけねー。なにー?」
龍に近づけばその分、俺は記憶を失うのか? もう一人の俺が目覚めたあのときみたいに……。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。龍力の過剰な消費が危険なのであって……」
「要するに〈不死鳥〉と〈翼白〉だな。〈翼白〉のほうも過剰に使わなけりゃ大丈夫だろう」
「あはは、〈白楼〉はちょっと過剰だったかなー……」
笑ってごまかしちゃいるが、あのときはああいうふうに脅かすくらいしか戦いを終わらせる手段がなかったんだ。仲間のためというのもあったし。あれは仕方がないと思ってる。
「なんにせよ、気をつけな。そろそろ〈歴史の転換点〉に差し掛かる頃合いだぜ。否が応でも〈翼白〉は必要になる」
「その時に後悔したくなければ、よく馴染ませておくことです。いざというときに使いこなせるように」
「けど、頼りすぎてもいけないよ? いわゆるチートスキルだからね。他の能力が疎かなら何処かに必ず齟齬が生じる」
「それを見逃してくれる敵だったら、ラッキーだよねー」
〈歴史の転換点〉? なんかサラッと凄い重要なこと言ってないか? 何だよそれ?
「しッ! ……聞こえませんか? 世界そのものが放つあの警鐘の音が……」
警鐘……? そんなものどこから……?
――
「……こえぬかッ!? 我が片翼よ!?」
声が聞こえた。俺の知らない声だ。聴きなじみのない、女の子の声。
その古風だが妙に今風の雰囲気が感じられる声に、俺は意識を覚醒させられる。
声優とかの演技に比べれば見劣りするような、だが、明らかに生まれついた言葉ではないような、違和感を拭いきれない声。
そう、例えるならコスプレ少女。あるいはネット声優。華はあるが、どこか素人くさい演技。ある意味では物凄く馴染んだ、その声。
何か夢を見ていたような気がするが、もう思い出せないな……。まぁ、別に良いか。夢の内容なんて大概は意味のないものだし。
俺は視界に襲いかかる攻撃的な夕焼けに顔を歪ませながら、どうにか目を開いた。
「あっ、起きた! ……あいや、コホン。……ようやっと起きたようじゃな、我が片翼よ」
魔女っ娘のはにかんだような顔が眼前で花を咲かせている。……妙に近いな。それに頭の下に柔らかい感触が……。
……俺はまさか膝枕をされているのか。VRアプリで耳かきされてるみたいに夢心地な光景。マジか。まさかの俺、勝ち組ライフじゃね?
「ふーん、そうですかー。良かったですねー、勝ち組でー」
「ふふん、そりゃ勝ち組にもなろうというものじゃ。なにせこの妾の膝に頭を埋めているのじゃからなぁ!」
頭の上で魔女っ娘が胸を張る。……というかデケェ。アリシアには劣るが、そこには巨大な山がそびえていた。ジャパニーズ・フジヤマ……。
「ツバサ様……、最後の言葉はフジヤマ……、でよろしいですか?」
何故かナイフを引き抜いて刃を光らせる菊花たん。思わず「nice boat」というコメントが流れるのを空目した気がした。
「いや、ちょちょちょちょ、ちょっと待ち給えよ。いいかい菊花たん? 膝枕は不可抗力で、視界に入った山を拝むのは染み込んだジャパニーズ・ソウルの条件反射的な現象でありそれはつまりだねぇ……」
咄嗟に起き上がり必死に弁明する俺だが、少女の衝動は止まりそうにない。走り出したら止まれない、まるで何処かの映画のキャッチコピーだ。
俺は背筋を震え上がらせながら、両手を挙げて降参の意を示す。それが効果のない行為であることは分かりきってはいたのだが。
「……分かりました。では、ジャパニーズ・ソウルが最後の言葉ということで、よろしいですか?」
ハーレムエンドとは、かくも困難な道程であるらしい。俺は菊花に首を絞められつつ、再び遠くなる意識の中、そんなふうにして悟るのだった。
別人格設定ですが、唐突に出すくらいならあらかじめ小出しにしていこうと思って先出ししてみました。披露はもう少し先になります。




