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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第十五羽【極楽鳥花③】

 突如現れた女の子は、俺と菊花の名前を呼んだ。

 誰だか分からない、というか思い出せない俺は呆気にとられるしかないんだが、菊花のほうは「あっ」と小さく声を上げた。知り合いらしいな。ちょっと疎外感。だが状況は待っちゃくれない。闖入者の美少女は身構えつつ忍者みたいな印を組んだ。火遁・豪火球の術とか出すんだろうか。


「空戦の定理、万象の定義、世界は九つに別れ、永久の礎とならん……。謳うは風雪の導き手、贖うは永劫の守り手……。其は海に沈め、彼は空を舞え!」


 金髪の美少女は謳うように詠唱を奏でる。文言は長いが妨害は一切入らない。周囲に巻き起こる旋風みたいな魔法が敵の体勢を崩しているからだろう。通常、詠唱は隙が生まれるため仲間の援護が必須なはずなんだが、それすら必要ないというのは、これがそれだけハイレベルな戦い方だからだろうか。……これが上級者の戦い方、か。


「清廉の調べ、浄め祓い給え……、〈神聖領域クリア・ガーデン〉!!」


 雪が降ったのかと錯覚するような真っ白い光景が生み出され、目を奪われる俺たちだったが、効果は絶大だった。

 その白に包まれた骸骨たちは溶けるように消えてゆき、辺りは清浄な空間へと生まれ変わってゆく。

 そこでようやく、思い出したかのように菊花が説明を寄越してきた。


「これがリチアさんの得意とする〈領域魔法テリトリー・アーツ〉の一つ浄化作用を持つ〈神聖領域〉です」


 そんな説明にリチアと呼ばれた少女はウインクして応える。見目麗しい子がやると、まるで映画のワンシーンみたいに栄える仕草だな。

 だが、視線を向けたのは一瞬だけですぐに正面へと視線を戻した。その先には唯一の骸骨でない魔物がいた。こいつだけは残骸を残して力尽きたらしい。

 見た目は人型で人間のような出で立ちのモンスターだが、よく見るとその正体が露わになってくる。


「……こいつは、人形か?」

「表記を見る限りだけど、〈ハーメルン・ドール〉という魔物みたいね。姿が残ったということは死霊とは違う系統の魔物……。恐らく霊体を呼び寄せていたのはこれの仕業かしらね……。屍体ではなく、無機物を媒体とした不死精霊系、かしら? そんな系統があればの話だけど」


 そんな独り言とも取れない呟きに対して、アリシアが肯定を返した。


「……うむ。確かにその御仁の言うとおり、〈ハーメルン・ドール〉は不死精霊スピリチュアル系の魔物だ。笛の音で死霊を呼び覚ますと言われている。だが、瘴気の濃いダンジョンの奥底でしか生まれないはずなのだがな……」


 本来、居ないはずの場所でのエンカウントか……。嫌な予感しかしないが、杞憂であって欲しい。マジで。

 だが、とりま状況は片づいた。俺は助けてくれた美少女、リチアに礼を言おうと手を伸ばした。が、言葉に詰まる。

 どうする……? 記憶がないことをどう伝える? それとも隠すべきか? 上条さん的に知ったふうな感じで話せば隠し通せるか? よしんば隠せたとしてそれをいつまで続けられる? 俺はそれに耐えられるのか? ……答えは、決まってる。無理だ。


「ありがとう、助かった……リチア。えっと、俺は……、そのぅ……」


 記憶がない。その一言を華麗に上手に伝えられれば苦労はないんだが、どうにも歯にものが詰まったような言い回しになっちまう。くそぅ、コミュ力が欲しいよぅ。

 俺の差し出した手を、リチアは両手でぎゅっと握った。大切なものを触るみたいに丁寧に俺の手を包み込んだ。俺の心拍数が急上昇する。ここに来て菊花と大人の階段を上らなかったことが悔やまれる。女性経験の貧弱さが思いっきり顔に出てしまっていた。いや、だってほら、雰囲気とかそういうの大事じゃん。女の子ってそういうの気にするって言うじゃん。決して俺が度胸がなかったわけではないのだよ。そういうわけなのだよ。


「……ホントに、どの人格になってもそういうところは相変わらずね。翼白の使いすぎには注意しろってちゃんと言っといたのに」


 ……なんか一発でバレたっぽいぞ。え、なに? これって俺の所為? 俺が悪いの?

 菊花のほうを見ると、肩を竦めていた。曰く、「リチアさんに隠し事はできませんね……」とのこと。

 良く分からんが、最初に出逢うお仲間さんで、最悪のパターンを引いちゃったっぽいぞ?

 このまま私、どうなっちゃうのー!? ……なんて少女漫画ふうに締めてみたり。

 リチアは手をパンパンとはたいて埃を払うと、改めて自己紹介した。


「あたしはストレリチア。呼びにくいからリチアで良いわ。かつてのツバサくんの従者の一人よ、よろしく」


 挨拶はアリシアやナズナに向けてのものだったらしい。視線は俺にも向かっていたから、きっと記憶を失った俺にも配慮してのことだろう。


「うむ。助太刀感謝する。私はアリシア=ハーケンローズ。ツバサ殿と共に魔王討伐を志す者だ」

「な、ナズナ=シークエンス、です……」


 そういえばナズナのする自己紹介って初めて見たな。ちょっと成長が見られてほっこりする。

 挨拶を交わした三人はにこやかに握手をする。ナズナはちょっとおっかなびっくりという感じだが。


「さて。それじゃあ自己紹介も済んだところで一つ相談があるんだけど。……ねぇ、ツバサくぅん」


 リチアは甘い声で誘惑するように俺を呼んだ。ちょっと、そういうのは耐性がないからマジで勘弁して欲しい。俺はどうにか顔を逸らして赤らんだ顔を隠そうとする。

 すると、上半身を傾けてリチアは強引に俺の視界にフレームインしてくる。……み、見透かされてる、だと……!?


「長年連れ添った従者の大切なお願いなんだけどぉ……、聞いてくれるかなぁ?」


 わざとらしく首を傾げて見せる様は蠱惑的で思考回路が真っ白に塗り潰されてしまう。


「だ、だだダメですッ!!?」


 菊花が俺の手を引いて奪われつつあった意識はどうにか正常値に戻った。が、引き寄せた拍子にその慎ましやかな膨らみが俺の肘に当たる。……せ、セカンドインパクトがッ!!

 そんな俺たちの様子を顎に手を当てて見つめていたリチアは得心がいったかのように頷いて呟いた。


「ふ~ん、そういうこと……。菊花ちゃんの成長は、お姉さんも嬉しいな」


 ……なんか一瞬で看破されてる気がするんですけど。

 菊花も関係を見破られたことに気づいてうなだれてしまう。

 付き合ってるのに気づいていないのは、アリシアとナズナくらいか。……いや、付き合うっていうほど何もしてないけどさ。なんならデートすらしてないけどさ。

 リチアはニヤニヤと意地悪く笑みを浮かべると、コホンと咳払いして表情をニュートラルへ戻す。どことなく器用そうな印象だな。


「話したいのはもう一人の従者、夕凪ちゃんのことなんだけど……」

「ゆ、夕凪さんも来てたんですね……」


 何故か菊花はたじろぐように一歩退いた。……あれ? 苦手な子?


「あは、ちょっと独特な子だからねー」

「その、苦手ではないんですが……、ちょっと呼ばれ方が、そのぅ……」


 うん、良く分からんな。バサ兄よりも酷い呼び方なんてあるのか? いや、まぁ、ナズナが呼ぶ分には全く不快指数は上がらないんだけどさ。


「とにかく、その夕凪ちゃんには記憶がないことを悟らせたくないの。だから、お姉さんの言うとおりにしてくれない?」


 それは、やはり嘘を吐けということか。何度も考えたけれど、やっぱりそれは無理だ。


「生憎だが、断る。俺は嘘を吐けない。言わんとしていることは分かっているつもりだが、それでも俺には、できない」


 俺がそう答えると、リチアはう~ん、と眉間にしわを作って唸ると、やがて観念したように肩を落とした。


「やっぱ無理かー。ツバサくんはやっぱり変わらないねー。分かった。訊かれたら好きに答えて良いよ。でも訊かれるまでは可能な限り黙っててくれない? それなら良いでしょ?」


 優しさなのか、何かしらの問題回避のためなのか。事情は分からんが、やたらと突っ込んでくるリチア。そうまで言われたら俺も頷くしかない。


「ああ、分かった。要は自分から言い出すなってことだな? 了承したよ」

「さっすが、ツバサくん! あたしの見込んだ男だね♪」


 ぐおぅ! 抱きつかれた拍子に胸がっ!? 菊花と比べて大差ない体型だけど、それでも女性特有の柔らかさが俺の鼓動を加速させてゆく。


「ちょッ! リチアさん!? それ以上はダメですー!!」

「なんでー? 何でダメなのかなー、菊花ちゃん?」

「な、なな……何でもですー!!」


 菊花が目を><みたいにしてリチアに掴みかかりに行った。

謎のアンデッド集団は勇者側へと向かっていますが、各所にも弊害は出ていて、その一つがツバサたちの遭遇したハーメルン・ドールでした。笛の音で死霊を次々と呼び出していく危険な魔物ですが、かなりレアな魔物なので今後の遭遇はおそらくないかと。心に深い闇を飼った者にとって抗えない魔性の音、なのだそうです。サンホラか。

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