第十四羽【絶対王者⑧】
三者会議が終わりその翌日、俺たちはウォルターに誘われ夕食をご馳走になった。
テーブルに腰掛けたのはウォルターと赤髪奴隷ウェンディ、それに俺たち四人だ。ウェンディは病み上がりだが、改めてお礼を言うために起きてきたらしい。律儀なことだ。
メニューのほうはなにやら高級そうなフルコース。最初に出されたのは前菜の……、料理名は長ったらしくて覚えてないが野菜を煮込んだものを冷やしてソースを掛けたなんかっぽいやつだ。とりあえず味は美味い。少ないけど。
俺たちは慣れない食事と作法に戸惑っていたが、アリシアが的確にフォローを入れてくれるので、不作法にはなっていない……、と思いたい。
「はは、あまり堅くならなくて良い。これは命を助けてもらった分の礼なのだから」
そう言われるとありがたい限りだが、もうちょっと羽振り良くお金とかもらえないもんですかね。一度でいいから贅沢がしたいもんだ。……なんて思っていたら菊花が白い目を向けてくる。相変わらず察しの良いことで。
そんな俺たちの様子に気づいた様子もなく、ウォルターは話を続ける。
「私も話を聞いたよ。全ては陛下のお心遣いだったのだな。君たちを派遣してくれたのも、全てはあの方の温情のお陰だったのだ……」
……いや、否定はしないが。俺だって頑張ったよ? あの賢者ですら意外と頑張ってたよ? 王様だけの手柄って訳じゃないような気が……。
「……思えば、私は思い違いをしていたよ。恥ずかしながら、私は陛下をもっと薄汚い人間だと思っていたんだ」
やがて、話はウォルターの主観の話へと移ってゆく。……いわゆる強制イベントだと思っておいたほうが良さそうだなこれ。
「初めは噂だけ聞いていた。まだ幼い時分だというのに、高い知性と穏やかな微笑を携えたそれはそれは見目麗しい王子様だと。遠目から見た限りでは確かに男性の目から見ても魅力的に思えるくらいの美少年だったが、そんな人間は大抵性根が腐ってる。私は恐れ多くもそんなふうに思っていたんだ。そして可能な限り接触も控えていた」
まぁそうだろうな。実物は見たことないが、そんな美少年の性根まで王子様だなんて信じたくないもんだ。
「だが、本当はその前から気づいていたのかもしれない。あの方は傅くに値するお方なのだと、忠誠を誓うべき方なのだと。そして私はそれを恐れた。未知の感情を私は恐れたんだ。心の内より生まれる無意識の忠誠心を否定するため、私は陛下を見下したんだ。それが自らの心を守る唯一の方法だと信じて、な」
……言っている意味は分からんが、一目見ただけで同性をここまで魅了できるものなのか? 結局それを拒むために毛嫌いされてたんじゃあ報われないけど。
でも、結果として忠誠心は出会った当初から燻っていたんだとしたら、王はもしかしたら何か魅了系のスキルでも磨いているのかもしれない。あるいはユニークスキルみたいなものかもしれないが。
……ていうか、このウォルターの変わり身はその辺りの忠誠心ゆえのものなのかもしれない。一度ベクトルが向いてしまえば抗うことができないほどの求心力。これが〈王者〉の力なのだろうか。
そういえば〈賢者〉も眼鏡を掛けるとキャラが変わって頭の回転も上がっていたようだし、三者にはそれぞれ独自スキルみたいのがあるのかもしれない。
……じゃあ、〈勇者〉にもあるのか?
「私は魔族に指先を向けられたとき、死を覚悟したんだ。思い出したのは妻の――いや、少し気が早かったかな。ウェンディのことだった。浮かんだのは後悔ばかりだったよ。私はいつのまにか救われていたんだ、彼女の献身に。初めは顔と身体しか見ていなかったし、性欲に任せて随分と乱暴に扱った夜もあった。それでも朝、目を覚ますと俺を抱きしめてくれる温もりがあった。その温もりが私の満たされなかった心を満たした」
「……ウォルター様」
「ああ、すまない。ただの惚気だったな」
全くだ。うちの連中の顔が総じて赤い。……ナズナは気にしていない、というか聞いてすらいないな。目が合うと「こへ、おいひー、でふ」とか言ってる。こら、口に入れたまま喋るんじゃありません。
ウォルターは少し困ったように顔を引きつらせたが、特にそこには言及しなかった。
「もちろん君たちにも感謝している。陛下の御心もあるだろうが、それ以上に君たちの働きは大きいものだ。次期領主の私にはまだ実権らしいものもないからやれる褒美は限られるが、何かあるかな」
まさか、本当に褒美をもらえるのか。何かな、何が良いかな?
「ツバサ様、ツバサ様!」
「何かな菊花くん」
思わず貴族ふうに答えた俺に、菊花はこそこそと耳元で囁く。なにこれこしょばゆい。もっとやって。
そして、その提案は、悪くない。いっそ至高だとすら言える。そうだ、それこそ俺たちの真の望みだ。唯一の希望だ。そうだ、それしかない。
「ウェンディ、あんたが飼ってるそのもふもふをくれ!!」
一瞬きょとんと首を傾げられた。おいおいどこのシャフト作品だよ。
戸惑いつつもウェンディは首を横に振った。なんでやねん。
「悪いけど、この子はあげられなくなったわ。これから妻になるための根回しに情報が必須になったからね。諜報ならお手の物よ。だから代わりと言ってはなんだけど、紹介状をプレゼントしてあげる」
そう言うと、ウェンディはさらさら……と、手紙をしたためる。筆の速さのわりに精緻な字を書く。伝書鳩ならぬ伝書フェレットを使っているだけあるようだ。
話によると、これは彼女の故郷、魔族たちの隠れ里に宛てた手紙のようだった。そうか、そんな場所があるのか。きっと獣耳属性の素敵娘さんがいっぱいの桃源郷に違いない。……男の魔族? そんなのは知らない。
「逃げ出したサニーや、さっきの魔族たちもいるかもしれないから気をつけて。まぁ余計なお世話かもしれないけど」
そうして、俺に手紙を渡した。封をされたので内容は分からないが、書いてる最中に見えた限りでは、ウェンディの今の状況と、奴隷が一人逃げてそちらに向かったこと、フェレットを一匹譲ってあげて欲しいとか、協力してあげて欲しいとか書かれていた。
その後もウォルターは褒美を取らせようとしていたが、もったいないけど固辞しておいた。理由は館の修復や近衛騎士たちの再編成や治療にお金が掛かるだろうから金銭、装備、調合素材などは貰わないほうがいいだろうというアリシアの助言があったからだ。
そんなこんなで一連の騒動は一応の幕を下ろしたのだった。
――
ガチャリ。一つ空になった皿が積み上げられる。店員が慌ただしく下げようとするが、持ち上げた拍子にまた一枚積み上げられる。
「ひぅッ!?」
そんな悲鳴を上げる店員を素振りで下げさせながら、リチアは肩を竦めた。
「ねぇ、腹が立つのは分かったから、ドカ食いも程々にしておきなさい」
「腹など立っておらぬ!」
そう言いながらステーキをかっ込む相棒は実に腹立たしげだ。理由は手に取るように分かる。
ちゅる……、とパスタを口元で吸い上げてから、リチアは口元を拭った。
「完全に無駄足になっちゃったもんねぇ……」
返事はないが、かっ込むペースが上がったのがその回答と言ったところか。
彼女のドカ食いは今に始まったことではない。その溜め込んだ栄養は全て胸部と身長に回されているらしい。まぁそれはそれとして、女性としては少々不安が募るところだ。
なにせ……。
「けど、あの優しい王様が呼んできてくれたそうよ? ツバサくん、もうすぐ逢えるかもね」
そんなふうに言うと、目の前で豪快に相棒が噎せていた。
「げほ、ごほ……。な、なんと申した? 妾の聞き間違いではあるまいな……?」
「ほら、夕凪ちゃんたら怒ってすぐに出て行っちゃったからさ。王様からの報告、最後まで聞いてなかったでしょ?」
にこやかに告げるリチア。相棒はぷるぷると震えて、抑圧の限界を突破したかのように叫ぶ。
「リチアのアホォォォオオオオオーーーーーーーーーーー!!!」




