第十四羽【絶対王者⑦】
「よし、んじゃ菊花たちの様子を見に行くか。ナズナ、動けるな?」
「まだまだ行ける、ですっ!」
俺はそんなナズナに一つ頷いてやりながら、館の外へと向かおうとした。が――
ガシっと。
俺のズボンの裾を力強く掴む者がいた。
そいつは……。
あの貴族の男だった。
「ま、待ってくれ! ウェンディが……ッ、ウェンディを助けてくれッ!!」
そう言う男の腕には美しい女性が抱かれていた。
なんとも目にやり場の困る服で、傷を負っているらしく破れかけた服からはおっぱいとかいろいろとまろび出ている。
見たところ重傷だが、一番酷いのは何処だ……?
皮膚はミケの電撃にやられたんだろう。女性の柔肌だってのにボロボロになっちまってる。火傷や擦り傷、打撲もあるだろう。だが……。
じわり。そんなふうに酷い出血が腹部から滲み出ている。失血のせいか顔色も悪い。ほっとくとヤバイかもな……。
「ナズナ! 手伝ってくれ!」
「はい、です!」
ナズナは元気に返事すると、アイテムボックスからてきぱきと薬を取り出した。
俺はというと、装備品を漁り、自身の装備を付け替えていた。薬効果UP的なバフの付いた装備品で可能な限り固めてから処置に入る。
まずは患部の処置だな。傷口に解毒効果のある薬品を掛けてから薬草のエキスを染み込ませた包帯で患部に巻き付ける。
パァっと辺りが光り輝いて魔法的な効果が発生していることが確認できる。
続いて、ナズナお手製の軟膏を手で伸ばしてからウェンディの肌へと塗布する。これは面積が広いのでナズナと二人掛かりだ。あんまりエロスいところはナズナにお任せだが。
そしたら最後に滋養回復の丸薬を飲ませる。水と一緒に含ませて顎を上げるとグビリと呑み込んでくれた。……意識はあるみたいだな。
気づけば、先刻のフェレットみたいな生き物も寄り添っている。そうか、こいつが飼い主だったのか。必ず助けてやるからな。あとで、連絡先を訊いとこう。
おおよその処置が終わり、ウェンディの目が覚めるまでの間に状況報告をさせてもらった。
突如、魔族に襲撃を受けたこと。騎士数人伝令に向かわせたこと。その後屋敷の奥で防御に徹したこと。奴隷の一人が裏切ったこと。
こちらからも情報を提供した。珍しいことに賢者自らが(トリの姿で)説明し、王様だという犬の恰好をした生き物も一緒に現れたりと、滑稽極まりない様子だったが、貴族の男は傅いたままだった。
目を覚ましたウェンディを抱き寄せると、騎士風に膝をつき、こんなふうに言った。
「私と私の大切な者を救っていただき感謝いたします。これより我が全霊を以て王へ忠誠を誓わせていただきます」
貴族の男の心境がどういったものかは良く分からないが、その目は少なくとも出会い頭で見たような情けないものではなかったように思う。
……そうして一騒動が終わって、俺たちは屋敷の一室で一泊することになったわけだが、そこで俺たちは垣間見せられることになった。
三者会議というもののその珍妙な光景を……。
『まずは此度の件、非礼を詫びよう。済まなかった、ツバサ卿』
そんなふうに言われた。イヌに。
「ツバサ様、分かっていてもなでなでしたいですぅ……」
「フッフ……」
「こ、こらナズナ殿ッ! ホネなどチラつかせても拾ったりせんぞ。相手はイヌではなくて陛下なのだぞ……!」
ナズナが鼻息荒くホネを振っているが、イヌの王様はチラリと目で追いかけるだけだ。っていうか追うのかよ。
『それと感謝する。君のお陰で大切な人命を守ることができたのだから』
『僕の大事なクチバシとの引き替えになったんだけどね!』
何故か金色のトリが不機嫌に唸っている。それに溜息をついたのがネズミ……というか勇者。
『相も変わらず緊張感のない会議だな……』
三者それぞれの反応ではあるのだが、それはともかく、いい加減訊きたいことが一つある。
「で、なんで俺までこの場に参加してるんだ? 三者とやらには関わりないだろう?」
『いや、そもそも招いたのは余なのだ。此度の件について、説明が必要だろう?』
そうして説明されたのは、此度の件とやらの詳細だった。まぁ、賢者からある程度は聞いていたんだが。
領主の嫡男ウォルターも話を付け加えたので、より微に入り細に入り説明がされるが、予想の範疇ではあった。
お楽しみ用の館へ意気揚々と出掛けたウォルターは、魔族に狙われていたのだった。
襲撃されたので助けを呼んだ。その近衛騎士は領地ではなく王都へと向かった。隣り合う地形ならではとも言える。
そこから王は救助隊の編成を打診。賢者が俺へと依頼したというわけだ。
そんな話の中、ウォルターはやたらと王を褒め称え、うるさいくらいに感謝の言葉を何度も述べた。そしてそんな様子をウェンディという名の奴隷が温かい視線で見守っていた。
絶望の淵を救われた、とか言ってたな。確かに最初はだいぶ憔悴した様子だった。それだけウェンディのことが好きなんだろうか。主人と奴隷の愛って、それどこのラノベ……。
そんな話をした辺りで、ウェンディを寝室へ送ると言ってウォルターが場を辞した。お姫様だっこで担がれたウェンディがウォルターの首へ腕を回す。心なしかハートマークが飛んでいるようなエフェクトが見える気がする……。末永く爆発しろ。
『さて、そろそろ僕の報告をせねばならないだろう』
そう言って、ネズミ――じゃなかった勇者がコホン、と咳払いをする。
『恥ずかしい話だが、未だに祭壇の機能は回復していない。ロサーナの話では何かの要素が足りていないとのことだ。いろいろと試してはいるが、いたずらに時間ばかり浪費しているのが現状だ』
『そうだねぇ。あの女がやる気ないだけかもしれないけどねぇ』
『賢者ッ! 貴様はいつもいつも――』
賢者は誰に対してもこうなんだな。王様にだけは少しだけ違うようだが……。
話によると、封印の儀式を行うにはエネルギーが足りず、それを補填するための場所も今では機能が死んでいるとか……。八方塞がりだな。ロサーナやる気あんのか?
『でも、急いだほうがいいよ。……何か嫌な予感がするんだ。魔王軍は現在旧トータス領で戦闘の準備を進めている。けど、これは陽動だと考えているんだ』
『まぁ常識的に考えれば、敵の狙いは封印の儀式の妨害。つまり君たち勇者なんだ。そこを狙わない理由がない』
『王国軍をおびき寄せての別働隊か……、分かった。警戒しておく』
さて、そんなこんなでそろそろこの会議もお開きの時間だろうか。あまり時間はないと言っていたし。
『というわけで、ツバサ卿。其方にご助力いただきたい。勇者たちに合流して欲しい』
……は?
『じゃあ頼んだよツバサくん。僕はもう眠いからお先に失礼するよ。おやすみ~』
『まったく、自由な御仁だな。……返事はすぐでなくとも良い。だけど、あまり悠長にしていられる時間もないんだ。一週間以内に答えが欲しい』
『お前たちが魔族の幹部クラスを倒したという話は聞いている。思うところはあるだろうが、僕の仲間に否やは言わせない。そこは安心してくれ』
だから、勝手に話を進めるなっての。
『……急な話で悪いと思ってる。こちらからも人を送るよ。君と縁のある人物らしいんだが、詳細は話すなって言われていてね。逢ってからの楽しみにしておいて欲しい。それじゃあ、また』
……そんな感じで垂れ耳の白いイヌはボフンと音を立てて姿を消した。残されたのは俺たちだけだ。
ハァ…………。
そんな感じの溜息が一斉にこぼれてしまう。
少し整理しないと頭が混乱してしまいそうだ。
そして、アリシアが……ぽつり。
「また、……あの女か」
アリシアの顔色は見るからに悪くなっていた。




