第二羽⑤
菊花が会得した魔物知識というスキルには、様々な能力が付加されていた。
最初、菊花が魔物の生態系をおおまかに知っていたのはこのためだったという。
更にウサギとじゃれ合うことで、理解できることが増え、ついには魔物との意思疎通も可能になったそうだ。そんな馬鹿な。
スキルを使い続けるうちに、その性能が向上するのは熟練度システムの一環だろうから、まぁ分かるけども。
できることが格段に増えすぎだろう。
試しにスキルを再び見せてもらうと、どうにも俺より成長率が高い。それはウサギ愛の成せる技か。あるいは生まれついての素質なのか。
ああ、やはりどこに行っても才能というヤツは、彼岸と此岸とを分け隔てているらしい。全く以て憎らしい。
凡人が天才に追いつくためには何倍もの努力が必要だというのか……。
やはり神は世界を救いはしない。人は自らの力で救われるしかないのだ。
ならば、俺が救おう。俺こそが新世界の神となるのだ……!
……と、話が脱線してしまった。
ともかく、菊花はその類い希なる力を用いて、ウサギと対話し、彼らの食料がなくなった原因を訊いていたらしい。
これにより、ウサギにはある一定以上の知能が備わっていることが判明したが、そんな世紀の大発見は脇にでも置いておこう。
つまり菊花が聞いたところによると、ウサギの餌を食い潰したのは人間であり、よりにもよってさっきの村にその元凶がいるらしい。
それを聞いてじっとしていられる菊花ではないし、なんなら俺もじっとしていないまである。
だって、ウサギ可愛いし。普通に愛しいし。それを苦しめるヤツらは死に値する。極刑だ。凄惨に殺してやる。
見せしめだ。今後、同じことをする馬鹿が現れないよう、釘を刺す意味も込めて厳罰に処す必要があるだろう。
殺す殺す殺して殺し殺し尽くして殺め尽くして潰し砕いて磨り潰し微塵に散らして葬るべし……。
「あの、ツバサ様……? すごい怖い顔してますけど、どうかしたんですか……?」
ん……? そんな顔していただろうか。
暗黒面に堕ちていたのかもしれない。ふぅ、危ない危ない……。
「だいじょうぶ。村を焼き討ちにしようかと思ってただけだから」
「全然だいじょうぶじゃありませんよっ! どうしてそんな怖いこと考えてるんですかっ!?」
「……仕方ないだろう。俺だってウサギは可愛いんだ……。こいつらを苦しめるヤツらを、俺は許せそうにない……」
恥を忍んで俺がそう、本音を告げると、菊花は首をふるふる……と振った。
「ダメですよ、ツバサ様。憎い気持ちは分かります。苦しい気持ちだって分かります。だけど、そうやって暴力に訴えても物事は解決しないんです。だから……、ちゃんと話して、村の人たちにも分かってもらいましょう……?」
菊花は困ったような笑顔で、励ますように俺の手を取ると、そう言った。
分かってる。それが正論だということくらい。
それをきちんとやろうとしているこいつは凄い。
握り締めたその小さな拳が、彼女の心情を語っている。
本当は彼女も怒っているのだ。だが、それが理不尽な怒りだと理解している。
だから、言わない。耐える。堪える。
菊花は俺よりも立派で格好いい大人だった。
……オオカミは遠慮なくぶっ殺してたくせにな。
結局またあの村へ戻るのか……。
途方もない無駄足を踏ませられている気もするが、なんだか今更なので諦めるとしよう。
「……にしても、村の連中はウサギの餌を食い尽くして、なにがやりたいんだ……?」
「さぁ……。そこまではあの子たちも分かっていないようでした。ただ……村の住人が、主な食料であるグラスリーティスを貪るように食べていたとかなんとか……」
グラスリーティス……? それがあいつらの主食なのか。リーティスって名前だけど、名産品のリーティス茶とは別物なのかね。
……まぁ名前から察するにきっと亜種なんだろう。グラスって付くからには芝と一緒に生えるような背の低い植物だろうか。
そんなものを貪るように食うとは……。あの村には変人でもいるのか……? それともこの世界では比較的標準の食事風景なのか……? だとしたらこんな世界絶対に嫌だ。今すぐにでも脱出手段を考えるべきだ。
……なんて考えていると。
いた。
思いっきり這い蹲って、草を貪るように食っている。
分かりやすいくらいにこいつだ。
間違いない。俺が小学生探偵なら即座に腕時計型麻酔銃を取り出しておっさんに撃ってるところだ。
「……あの人は何をしているんでしょうか……?」
菊花はやや察しが悪いが、俺はもう確信している。こいつがその犯人だ。
戻ろうとした瞬間に見つけるとは幸先良いのか、あるいはこいつが馬鹿なだけなのか。とはいえ、座して待つのも性分じゃない。
というか正視に耐えられる光景じゃないんだよ、これ。
「……なぁ、アンタ。そこで何してるんだ……?」
俺がそう問い掛けた瞬間、這い蹲ってた男は即座に跳び上がり、逃げ出そうとする。
動作はそれなりに俊敏だが、こっちにはそれ以上のヤツがいる。
菊花が音もなく、男の正面に回り込んだ。
……知らなかったのか……? 大魔王からは逃げられない……!!! ……なんて一度言ってみたかったけれど。
「あなたはそこで何をしていたんですか……?」
再度繰り返すように問い掛けた菊花。
男はそのまま情けなく尻餅をついて、後ろの俺を見て竦み上がり、再度前を向いて震え上がる。
分かりやすいくらいに追い詰められているんだ。いい加減諦めたらどうなんだ?
やがて、男は意を決したように声を張り上げた。
「ふむふぉほふおおうあ!!」
……せめて呑み込んでから喋れよ、台無しだろうが。
どうでも良い話なんだが、作者がおすすめするベストエピソードがこちらなんだそうだぞ。
「……一体、どこらへんがおすすめなんでしょうか……ッ!」
そんなに深刻そうな雰囲気は出さなくてもいいだろう。
ポイントは最後の草を口に含んだまま喋るシーンだそうだ。
「……ひどく残念ですよ」
まったくだな。
しかし、作者は大爆笑しながら執筆していたらしい。
このシーンを考えついた瞬間、自分は天才だと思ったとか。
「確かに珍妙で滑稽で、無様極まりない光景ではあるんですけど、それよりはむしろ……」
ああ、そうだな。
こいつはうさぎの食べ物を奪い、環境を激変させた変態だ。
まぎれもなく有罪だ。
「まぁ、そのあたりの恨み辛みは本編に残しておくとして、ツバサ様はこのグラスリーティス、食べたことありますか?」
そういえば結局、食べたことはなかったな。
リーティス茶は緑茶とかと一緒で、低めの木になってるのをみたことがあるんだが、森に生えてるものを摘んで食おうとはなかなか思わなかったな。
「と、いうわけでツバサ様。こちら、グラスリーティスを使ったケーキです。ちょっと食べてみてくださいよ!」
珍しく強気だな。さてまず、見た目は……。普通のカップケーキみたいな感じだが、食べる前から香ばしいな。リーティス茶と比べるとより香り高い感じがする。
そして、口に含んだ瞬間! ふわっと充満する香りが爆発する! なんだこれは! 香りの爆弾か!
口触りも良い。ほろほろと崩れていく食感と程よい甘みが口の中を満たしていく。
口直しのリーティス茶は濃い目に調整されていて、味覚をリセットしてくれる。
そのぶん、またケーキが止まらない! なんだこれは! なんなんだこれは!!!
美味すぎるじゃないか!!!
「……そ、そこまで美味しそうに食べてくれると、私も頑張ったかいがあったというか、その……嬉しいです」
……なるほど、あの地面に這い蹲って貪り食っていたあの男の気持ちは、まさにこの感覚だったのか……。
「……そこは知らなくても良かったかもしれませんね」