第十四羽【絶対王者④】
侵入といえば定番はやはり通気ダクトしかないだろう。
しかし、そこで問題となるのは、果たして洋館に通気ダクトなんて存在するのかということだ。
「あるわけないじゃないですか」
「……少なくとも見取り図には書かれていないな」
「ダクトって、ひょっとしてお菓子、です?」
仲間の反応は冷たい。あと、ナズナのそれはひょっとして→ラクトアイスではないですか? ……そんなマニアックな単語は教えた気がしないが、直感的な何かだろうか。
「せっかく親切な御仁が地図を託してくれたのだ。もっと有効な使い方をしてはどうなんだ、ツバサ殿」
「そうですよ。地下通路や裏口、天井裏とか良さそうな侵入経路が書かれてるじゃないですか」
「分かってるさ。そのうえ、内部の護衛配置も書いてくれるし、一から探すよりは大分楽ができるんだけどさ……」
……ナズナのお腹がきゅるる……と鳴いているが、気にしないことにする。
「……俺は美学を捨てたくはないんだ」
途端に周囲からハァ……と溜息が漏れる。全く、お前らと来たら……。
「ナズナ、お前なら分かるよな。大事なのは効率じゃないって。様式美というものが大切なんだって」
「ナズは(ぐぎゅるるる……)、ご飯食べたい(ごぎゅるるる)、です……(きゅ~~~~)」
台詞がお腹の音で聞き取りにくいな……。俺はナップサックからシロ……、を掴みかけたらビクリと震えて逃げられたので、干し肉を掴んでナズナの口に押し込んだ。物凄い勢いで口の中にねじ込まれていったので、もう一個取り出しておくことにする。
「裏口はマークされてる可能性もあるし、一カ所にまとまるのも危険だ。身軽な菊花とアリシアは天井裏から、俺とナズナで地下から侵入。各々敵を回避しつつ護衛対象の前で合流しよう。俺もなんだか腹が減ってきたし、早めに終わらせてやる」
「相変わらず、ナズナ殿には甘いのだな……。相分かった」
「まぁ、しょうがないでしょう。畏まりました」
……なんでいちいち苦言を挟むんだよ、ちくしょう。
そうして、それぞれ散開することになった。
――
そして、館内部では――。
「ようやく見つけたにゃー、お前ら……」
雷光を背に現れたのは、猫耳を生やした小柄な少女だった。
年の頃は十代半ば。服装は旅装としては標準的な外套とハーフパンツに革のブーツ。
ありふれた服装にもかかわらず、護衛騎士たちはたじろいだ。そのあまりの圧力に。
その視線に殺意が込められているわけではない。だが、素人目にも分かるくらいに加減されているのが見て取れた。
意図して、殺意を消し、そこに立っている。
それを護衛騎士と奴隷たち、そして、その主ウォルター自身にも理解できた。
ス――、と。
そのネコのように細い眼が動いて、標的を見定めるように一点で静止した。
視られた本人はうわずった声で成果を得ない反論をする。
「な、何の真似だッ!? 私を殺せばどうなるか、わ、分かっているのか!?」
「どうにゃるか……? 分かりきったことだにゃ。奴隷が解放されるにゃ」
「……そ、そう簡単に行くと、おお思っているのかッ!?」
猫耳の少女――ミケは、それには答えずに口元をニィ……と、緩めてみせた。
「別の場所に人質がいても、問題にゃいにゃ。お前が喋ってくれるにゃ。喜んで、楽しそうに、跪きにゃがら喋ってくれるにゃ。……他の貴族と同じようににゃ」
それが挑発の言葉だと分かった一同は、主人の言葉を待った。
そして、すぐさま号令が下った。
「やれッ! やつを仕留めるのだッ!!」
みっともない姿を晒してばかりのウォルターではあったが、この号令だけは声が良く通り、勇ましく部屋を振るわせていた。
もっとも、その華やかな姿は僅か一撃の元に散ることになるのだが。
一閃。
光が瞬くと同時に全てが覆っていた。
聞こえたのは悲鳴や呻き声。そして劈くような轟音。
それが、雷撃による衝撃と、吹っ飛ばされた騎士や奴隷たちが壁に打ち付けられた音だと理解するまでに、ウォルターは実に十秒以上もの時間が必要だった。
猫耳の少女のほうは、まるで何事もなかったかのようにさっきまでの場所に同じように立っている。
だが、床には焦げ跡が残り、家具は吹っ飛び、護衛たちはもう近くにはいない。
なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。
現実の光景に頭がついていかない。どうにかなりそうだった。
理解してしまえば、もうここには戻って来れないような気がして、ウォルターはそれを受け入れられずに呆然としていた。いや、呆然とすることしかできなかった、というべきか……。
「さぁ、洗いざらい白状するにゃー」
ニタリと笑う少女の笑みが、ウォルターの心象を侵食してゆく。
現実を否定することでどうにか作り上げた堤防を、絶望の黒が埋め尽くしていく。
そして、それを拒もうとする者が背後で僅かに身じろぎをしていた。
――
屋根裏へ侵入しようとしていた菊花とアリシアは、屋敷の後ろへぐるっと一回りして目的の地点へと近づいていた。
「思えば、この二人で行動するのはあのとき以来ですね……」
「む、そういえばそうだな。……あのときは上手く支えられなくてすまなかったと思っている」
「いえいえ! 私のほうがいけないんです。ツバサ様に甘えて、依存していたからああなってしまったんです」
お互いに頭を下げ合っている光景がおかしくて、二人はお互いに吹き出してしまう。
「……その、今は大丈夫なのだな?」
「はい、心配させてしまってすみません。……今なら少しくらいの別行動だったら問題ないので」
「……そうか」
それは、まだ引き摺っているということだ。
とはいえ、それも仕方ないところだろう。
あれだけの重傷なのだ。完治には時間が掛かろう。
「ならば、急いで終わらせるとしよう。私もナズナ殿ではないが、少しお腹が空いたのでな」
菊花はその気遣いの言葉に思わず微笑みかけたが、きゅっと表情を強ばらせる。
アリシアも同様に警戒心を露わにした。
雨と風の天候支配。だから予想はしていたのだ。
相手がツバサと菊花を切り離した元凶。
彼らだということは。
「ちぇ、見つかっちゃったわね」
「けど、それでも勝敗は変わらないよ」
シェリーとビリー。魔族解放を旨とする少年兵たち。
暴風雨の吹き荒れる中、四人の視線が火花を散らした。




