第十四羽【絶対王者③】
「どうすればいい……? どうすればいいのだ……ッ!? ええいっ、貴様らも考えぬか!?」
頭を掻き毟りながら、慌てふためく男の名はウォルター・ヒエロ・ラグナ。ラグナ城塞の領主の第一子である。
顔立ちは常時ならハンサムな顔立ちと褒められることの多い男ではあるが、今の彼にはその面影すら見えない。
周囲には近衛騎士が数名と、年若い女性奴隷ばかりがいた。
元々この場所はウォルターの『お楽しみ』用の別荘地であり、有事の際の隠れ場所として使われていた館である。
鎧を装着した騎士たちは本来なら立ち入ることを許されない広い寝室で身構えている。取り囲みつつある魔族たちの攻撃を警戒するためだ。
奴隷たちはというと総じて軽装だ。高価な武器を持たせれば脱走の危険性があるというのもあるが、それ以上にあまり必要性がないというのがその理由だろう。
何故なら奴隷たちの頭には人外の耳や角が生えていたからだ。魔族は高い魔力を持っているのがほとんどで、いざ戦闘となればその力を遺憾なく発揮してくれる。
そして、それ以外にも軽装の理由はある。非常に下世話な理由で彼女たち奴隷は美しい肢体を申し訳程度に布で隠しているのだった。
そんな光景に最初はゴクリと喉を鳴らしてしまう近衛騎士たちだったが、度重なる戦闘の結果、今ではそんな余裕は根こそぎ奪われてしまっていた。
「ウォルター様、私たちが斥候に出ましょうか?」
奴隷のリーダー格らしい一際胸の大きな魔族がそう提案するが、ウォルターは固辞する。
「そ、そんなことを言って、裏切るつもりだろう……!? 向こうも魔族だからなッ! そうはいかんぞ! 貴様らは大事な戦力なのだッ!」
そういうウォルターの眼はやたらとその目立つ胸部に向けられているような気がするが、魔族はそれに不快な表情などは見せなかった。
慣れているようでもあるし、強靱な精神力で無視しているのかもしれない。
魔族の女性は赤い長髪をさらりと揺らしながら華麗に肩を竦めてみせた。どうやら説得を諦めたらしい。
「姉様、どうしましょう……?」
「そうそう裏切るつもりもないんだけどね……」
金色の髪の奴隷に首を振って答えると、赤髪の奴隷は溜息を一つ吐いた。
奴隷とはいえ、生活の保障はされたようなものだし、ウォルターの『夜』の相手もそれほど嫌いではない。逃げ出したところで良い主人が見つかるかも分からないのだから、逃げ出す意味などないというのに……。
「はぁ……、困ったものね……」
そんな態度も余裕のように見えてしまうらしく、騎士やウォルターが視線を鋭く向けてくる。
やがてその視線もしばらくすると自分の胸に集まり出すのを感じていたが、赤髪の奴隷はいつものことなので気にも留めていなかった。
ゆえに、その先の『行動』に気づいた者は誰もいなかった。
――
敵の気配はすぐに感じられた。
目立つという時点で相当な手練れであるとも取れるし、あまり思慮深いタイプではないということも窺える。
しかし、限られた戦力で短期決戦を挑むのであればこれ以上ない戦略とも言える。
俺が教えられた通りに林を突き抜けて進むと、そこは嵐に包まれていた。
暴風に大雨に雷。天候を支配するほどの手練れであり、人間を攻撃しようとする魔族。
異様に頭が切れるという印象ではないが、妙に効率的な攻撃を選んでしまいそうな人選。
……なんとなく、俺はトラウマを刺激されたような心地がする。
「ツバサ殿、まさかとは思うが……」
「どうしましょう、ツバサ様。……もしかすると」
「むむ、あのネコ、ですッ!」
……やっぱりそう思う? ……そうだよな。絶対そうだよな。
奴ら、こういう任務好きそうだもん。魔族救出とか息巻いてやってきそうだもん。
最初は不意打ちを食らった。二回目は分断されていたし、全員で奇襲を掛ければ追い払うくらいはできるかもしれない。
それに今の俺にはスキル〈翼白〉がある。リスクも少なくないが切り札としては充分だろう。
そんな思いを察したのか、菊花が首をふるふる……と振った。
「ツバサ様、あまり無茶はしないでください。大事なことなのでもう一度言いますが、あまり無茶をしないでください。お願いします」
「……ああ、分かってるよ」
……としか言えない。だが、むざむざ死ぬくらいなら無茶くらいさせてもらうぞ。それくらいの勝手は許されるはずだ。……まぁそんな時が来ないことを切に願うけどな。
俺たちは借りてきた馬を降りて木に括り付ける。窮屈だろうが少しばかり我慢してくれ。それぞれが馬を降り終え、俺の後ろで相乗りしてたナズナを降ろしてやってから、俺はメニュー画面を開いた。
必要なのは情報だが、時間も足りない。
メニュー画面にはマップタブも存在するが、立ち寄ったことのない場所は空白になって表示されている。
俺の画面にはただの空白地帯しか映っていない。それは仲間たちも同様だろう。
そこに俺が風魔法で空気を巡らせる。これで多少は館の構造とかを探れそうなんだが……。今回はどうにも上手くいかない。
ツバサ様、と菊花が声に出すのと同時に俺も気づいた。なるほど、相手の風魔法に防がれているのか。
魔法と魔法は干渉し、それぞれに打ち消し合おうとしてしまう性質がある。
哨戒用のちょっとした風魔法ごときじゃ、攻撃用のガチの魔法には太刀打ちできるわけもない。術の密度が段違いだからなぁ。
嵐の所為か、視界も悪い。これじゃあ奇襲というほどの奇襲にはならないかもしれないな。
けど、行くしかない。
「仕方ない、進むぞ。前衛は菊花、アリシア。バックアップは俺とナズナだ」
こうして、俺たちは嵐を突っ切って進むことになった。
びしょ濡れの乙女たちを眼下に納めて進むのは、なかなか悪くなかった。……けど、また後でお小言ちょうだいしそうだなぁ。そう思うと、俺は少しだけ吹き出しそうになってしまった。
嵐の中の行軍はわずか数メートルの歩行すら重労働にさせる。
体重の軽いナズナを時々支えてやりつつ重い足を前へと進める。
まるで台風のようだった。
これだけの魔法を使われては、館に辿り着けるかどうかも微妙だな。
だが、それだけの大魔法を使っているということは、逆に言えばそれだけに集中した状態であるとも言える。
つまり、本体を叩くなら今がチャンスだということだ。
……追いつければの話だけど。
無駄口を叩く余裕すらなく、俺たちは無言で嵐の中を歩いていたのだが、沈黙を破ったのは菊花だった。
「ツバサ様ッ! あそこ!」
一瞬、性的な意味かと愚考してしまったが、溜息と共に追い払う。
「……どうした?」
「あそこに、何かいます」
「敵か?」
「いえ、そうではなく……。フェレットみたいな……」
指さす方角には、確かに何かある。生き物と言われてもすぐには分からないが、野生動物か何かだろうか。
この世界の生物は魔力の因子を多く持つ生き物を主に魔物と呼称している。
つまり、それが生き物か魔物かは見ただけじゃ良く分からない。しかし、魔力の因子を全く持たない生物は存在しないし、魔物も元を正せば生物に他ならないのだから、広義で言えばどちらも同一なんだそうだ。……だったら区別しなくても良くないか? そう思うのは俺だけなんだろうか。
そんなことを考えながら辿り着いたそこには、確かにフェレットとかその辺っぽい生き物が横たわっていた。
「可哀想に……。嵐に巻き込まれちまったのか……?」
「ふつー、魔物は巣から出ないはず、です……」
「たまたま巣に戻る最中だったのでしょうか……?」
「……いや、そうではないようだ。見ろ、足首に文が結わえてあるぞ」
……本当だ。ということは、こいつは伝書鳩みたいな役割で移動していたのか。……何のために……?
金色の毛は水を吸って重そうだったが、俺がそっと持ち上げるとクゥン、と僅かに鳴き声を発した。……死んではいないようだな。
その小さな足からゆっくり文を外してやると、水を得た魚みたいにぴょんと跳んだ。ててて-、と数メートル進んで振り返る。その様子はまるでこっちへ来い、と言ってるようだった。
慌てて追いかけそうになった俺たちだったが、その前にこの手紙を開けておかないとな。……何かの機密情報で俺たちが見てはいけないものだったかもしれないけど。
いや、それはないか。このフェレットもどきは明らかに手紙を受け取ってから身を翻した。つまり、俺たちに手紙を渡すためにここで待っていたのだ。
だったら遠慮はいらない。
手紙の書き出しは、こんなふうだった。
『可愛い子でしょう? 3000ルースで売ってあげても良いわよ』
「本当ですか!? えっと、それじゃあ名前は……」
「駄目です、返してきなさい!」
「ええー!! どうしてですかー! きっとやむにやまれぬ事情があるんですよ。だったら私が……」
「駄目ったら駄目なの!」
クソッ! また菊花の琴線に触れてしまったか。かくいう俺も誘惑されてしまっているけども。
だが、現状これ以上ペットが増えても対応できない。描写も忘れちゃうだろうし。ペット小屋みたいな施設をどっかで手に入れないとこのままじゃ冒険すら成り立たなくなるぞ。
もったいないが、可愛いが、持ち主に返してやる。あと、連絡先を交換してまた会いに行けるようにしてやる。
ともかく、これ以上は駄目だ。というか、なんならまだ手紙も読み終わってないし、これから奇襲しに行かなきゃいけないんだけど!
「……くっ、そうか。仕方ない……仕方ないんだ……、うぅ……」
「乾いたら、もふもふ、です?」
クソ、3000か……。出せなくはないけど……、出せなくはないけども!
しばらくの間、本筋からはみ出してしまう一行だった。
ペット小屋はいずれ導入したい要素ではあります。が、設定的にまだ無理。




