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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第十四羽【絶対王者①】

 脂汗を掻かせた醜い領主は癇に障る声でのたまう。


「此度の遠征におきましては、私どもの兵では足手纏いとなりましょう。で、あるならば近辺警護に努めさせるべきかと思いますが、いかがでしょうか」


 そんな自分本位な発言に辟易した近衛騎士は国王の目の前ではあるが、思わず嘆息してしまう。ついつい憤った声を上げてしまうのはいくらなんでも不可抗力と言えよう。


「……では、対魔族戦線における戦果は要らぬということで良いな?」

「い、いえいえ! 滅相もございません! ちゃんと精鋭を送り出しますので、褒美のほうはですな、そのぅ……」

「精鋭、か。雇ったばかりの者を担ぎ出して精鋭だなどと抜かすようなことは、よもやあるまいな?」

「は、はは……ご冗談を。勿論当家に長く仕える優秀な者を手配いたしましょう」


 思わず首を竦めたくなるような遣り取りではあったが、あまりそのような挙動は取れない。なぜならここは陛下の御前なのだから。

 やがて長い沈黙を破り、レイムガルド国王陛下はその小さな顎から手を放すと、まだ声変わりも迎えていない幼い声で、しかし子供の声と評するには些か思慮深い声音で、結論を述べる。


「……協力感謝する。下がって良いぞ」

「ははぁ。仰せのままに」


 とぷんとぷんと腹を弾ませながら、醜い領主は場を辞した。近衛騎士であるセイベルンは苦虫を噛み潰したような顔で「豚め……」と呟いた。


「セイベルン。キミはポルトス卿がそんなに憎いのかい?」

「ハッ! いえ、失礼いたしました。二人きりとはいえ、陛下の御前でご無礼を……」

「ふふ、キミと余の間柄ではないか。そのようなことで腹を立てたりはしないよ。余が言いたいのは彼だってキミが守るべき貴族だし、慕うべき相手だということさ」


 陛下の言い分は正しい。だが、あの男に果たしてそれだけの価値があるのだろうか。誰に問うても答えは一つしか返ってこない。


「自らの私腹を肥やすことしか考えない豚に、敬意を払えというのですか? 家畜に尊厳が与えられないように、豚に敬意など必要ありませんっ!」

「セイベルン。キミの仕事は真面目だし、志も立派だけど、キミはひとつ勘違いをしているよ?」

「勘違い……?」

「ああ、それはね。彼がどんな思惑で動いていたとしても、彼は一人の貴族であるということ。そして国はそんな貴族がいて成り立っているんだということさ」

「しかし、あのような者がいては、国家の存続にだって差し障るのでは……?」

「それで? 彼を排除したとしてどうなる? 彼の領地は誰が治める? 彼の仕事は誰が引き継ぐ? 彼と同じ行為を働く他の領主への対応は? 同様にする? その果てに『残る領主は何人居る』? 果たしてその先に待つのはどんな国家かな? キミは想像できるかい?」


 セイベルンは己の無知を恥じた。自分はなんと思慮の浅い発言をしたのだろうか。陛下は自分とは比べものにならないほどの視野を持っている。やはりこの方に仕えて良かった。もっとこの方の助けにならなければ。


「申し訳ありませんでした、陛下。あの男、いえ。ポルトス卿も貴族の一人なのですね。心得ました」


 頭を垂れる近衛騎士に、しかし王は苦痛を堪えるかのような顔で見入っていた。

 再び騎士が顔を上げたころには、いつも通りの優しい国王の眼差しが向けられていた。


――


 王宮の広い廊下に、コツンコツンと足音が響く。


「……しかし陛下、このままで大丈夫なのでしょうか」


 幼い国王は背筋を伸ばしたまま足を止めることなく訊き返した。


「大丈夫、とはどのことかな?」

「魔族共との、戦いです」


 若い騎士は――とは言ってもレイムガルド王と比べれば実に十歳以上年長者になるのだが――短く、そう答えた。

 王はふむ、と頷く。


「既に聞き及んでいると思いますが、勇者は一度敗北しています。正規軍も被害は少なかったとはいえ、それは戦果とは言えません。そして魔王軍は戦力を更に集結させているとの情報も……」

「ふむ、大体は聞いている。だが、戦術はからきしでね。余にも把握できない部分が多い。それと……、魔王軍の集結というのは初耳だな。それは具体的にどこへ集中しているんだい?」

「ハッ! 旧トータス領に魔族の兵が集まっているとの情報が入っています。きっと攻撃の準備に違いないと、城の防備を固めさせているところです」


 騎士セイベルンの報告を受けて、王は再びふむ……、と頷くと足を止めた。

 慌ててセイベルンも足を止めたが、王はなかなか歩き始めようとしない。

 どうしたのだろうかと思い、声を掛けようとした瞬間、王は俯いていた顔を上げた。


「動かせる兵の七割を防御へ、残りの三割は機動力の高い者を集めて待機させろ」

「ハッ! ……陽動の可能性が……? しかし、あの魔族共にそのような知恵があるとはとても……」

「思い過ごしであれば良い。あとから援軍にでも使えば良かろう。だが、少しだけ気に掛かってね……」


 騎士はそれ以上質問をすることなく、付近の衛兵に声を掛けると命令を伝えさせる。セイベルンは地位も高いが、全権を握らされているわけではない。まずは将軍に話を通す必要があった。

 王は視界の端でその様子を見ながら呟いていた。


「……魔族の住人にとって、トータス領はそれほど魅力のある土地か? いや、違うはずだ。で、あるならばきっと……」


 王は窓の向こうへと視線を移した。その先には平原が広がり、荒れ果てた荒野へと繋がっている。かつての大戦があった地であり、同時に彼らにとっておそらく神聖な意味を持つ土地でもある。


「……再び王座に帰り着こうというのか、魔族の王よ……。そなたは何を求める? この先にどんな未来が待っているというのだ……?」


 王の独白を聞き留める者はいない。答えを返す者は、神以外には存在し得ないだろう。


――


 世界には〈三者〉と呼ばれる者たちがいる。

 王の器を継ぎし、〈王者〉。

 勇猛果敢に戦う、〈勇者〉。

 千の叡智を識る、〈賢者〉。

 かつて魔王を封じ、世界を救った三者はその称号を子へと伝え、今まで続いてきた。

 〈王者〉の称号は現レイムガルド王、エルハイム=レイムガルドに継がれ、〈勇者〉はアルスへ。〈賢者〉はルキウスへ、と。

 魔王復活という世界の危機に対して、彼らは団結し、共に戦うと決めた。そうして作られたのが〈三者協定〉だ。

 週に一度、礼拝の時刻より二時間後、彼らは擬似的に対面していた。

 王の私室、礼服から寝間着に着替えた王の前には、珍妙な光景が繰り広げられていた。


 どでんっ!

 金色のニワトリである。眩しい外見だが、眠そうに瞼をこすっている。鳥類にあるまじき姿が滑稽に見える。


 ぽふんっ!

 もう一匹は灰色のネズミだ。キチンと二足歩行をし、身体には勇ましい青い鎧と盾を身につけている。


 王は、こほんと咳を一つ払うと、服装以外は王らしい振る舞いとなった。


「さて、それでは三者会議を始めようか」

「あははー、毎回この状況を見ると吹き出しそうになるよねー! 王冠つけたおイヌさまが偉そうになんか言ってるんだけど!」

「……余は、そんなふうに見えるのかい?」

「あ、ああ。僕からは王冠と礼服を身につけたイヌに見える」

「そういうキミはネズミなんだけどね。ぷくく……」

「くっ! 賢者! どうしてこんな仕様にしたんだ! 会議にこんな機能は不要なはずだぞ!」

「もちろん、僕の趣味だけど?」

「な、なんだとっ! お前はこの会議の重要性を理解していないのか!? 大体初めて会ったときからお前は……ッ!」


 騒ぐネズミとふざけるニワトリ。向こうから見るとこちらはイヌらしい。……随分と緊張感の欠ける会議だなと、王は少し溜息を吐いた。


「まぁまぁ、ルキウス殿の遊び心は置いておくとして。時間もあまりあるわけじゃない。用件を進めよう」

「ちぇー、イヌに窘められるだなんて屈辱だよー」

「賢者ッ! お前はいい加減に……!」


 王は首を竦めて、会話に割り込んだ。


「アルス殿、封印の復元にはどれくらい掛かりそうかな」

「あ、ああ……。ロサーナにも解析と再構築を進めさせてはいるが、あまり芳しいとは言えないな」

「僕も協力してあげてるんだけどね-。何しろ今までずっと未知の分野だったからさ。手探り状態じゃあちょっとねー」


 現状、魔王と対峙することは困難だ。勇者に太刀打ちできなければ、魔王打倒は実質不可能ということになる。とはいえ、封印は今まで秘匿されていた技術で、ロサーナ以外に使い手がいない。今現在分かっているのは、封印をするにはロサーナの持つ神具が必要だと言うこと。そして、その術式の発動にはエネルギーが足りないということだ。

 そのため、そのエネルギーを充填させるために神殿へ訪れて、エネルギーを充填させなければならないのだが、問題はその神殿が起動していないということだ。

 神具も神殿も過去の技術の産物だ。今の技術力では再現はおろか解析すらおぼつかず、いたずらに時間を浪費してしまっている。


「済まない……。来週までには進展させる。それまでどうにか持ちこたえてくれ」

「まぁ、勇者くんの出番はまったくないんだけどね-。あははー」


 そんなふうにして、会議は終了した。


「……今日も進展なし、か」


 動物たちのいなくなった部屋をぼうっと眺めながら、王は寝台に腰掛ける。

 人を救う、それすらままならない世の中だが、それでも……。王は思わずにはいられない。


「彼らを封印しなければ、本当に世界は救われないのだろうか……」


 燭台に灯されたランプは無言でゆらりと揺れるばかりだった。

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