第十三羽【救世少女③】
実にどうでもいいことだが、剣は人を狂わせると思う。
いや、何もそれはゲームに出てくるような剣鬼みたいに強さを求めて狂うだとかそういう意味ばかりではなくて。
もっとこう、俗な話であって。
あるいは剣道なんかにも通じるものかもしれないのだが。
……まぁ、早い話。端的に言えば。シンプルに纏めると。こういうことだ。
「今宵の『虎徹』は血に餓えている……」
ズバシュ……と斃れるはゴブリン。下等な齧歯類め、貴様には地べたに這い蹲るのがお似合いよ……。
向かい来るもう一匹を返す刃で葬る。一振りで血を払うと、剣は銀色の反射で俺に答えてくれる。
ああ、そうだ。『残月』……。俺はお前と一緒に戦っているんだ。いや、俺は『残月』なんだ。引けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ。
「終わりでござる! 九頭龍閃ッ!!」
背後で鎮座していたホブゴブリンを仕留めて俺は剣を柄に収める。
得意げになりそうな顔を噛み殺して、俺は澄ました顔を作る。ああ、そうだ。これはまずい武器だ。
……完全に拗らせてる。
菊花は呆れ顔だし、アリシアはなんかもう可哀相なものを見るような目だ。僕をそんな目で見ないで。僕は消えるのが気持ちよかったんだ。なんて甘いメロディでは誤魔化しきれないか……。
ナズナだけは妙に感心しているふうだ。これはアレだな、いつかこの子も拗らせるな。なんならその傾向はすでに現れ始めている気がするな。これはそろそろ本格的に教育方針を定めなければならないかもな……。
「バサ兄! もっと、もっと見せて欲しい、です!」
「おいおい、参ったなこれは……。良いだろう見せてやる……」
俺はおもむろに右腕にひっそりと巻いていた包帯を解きながら告げる。
「もう後戻りはできんぞ。巻き方を忘れちまったからな」
「お、おおーー、です!!」
いちいち感嘆句にも語尾を入れる律儀さにも恐れ入るが、いちいち驚いてもらえることもありがたい限りだ。
……アリシアに至ってはもう頭を抱えているというのに。
「それで、その……、封印が解かれたかのように演出しているが、どう見ても何も変わっていないのだが……」
「見えるか、これが黒龍波を極めた者の妖気だ」
菊花がアリシアの肩をとんとんと叩き、そのまま首をふるふる……とジェスチャーを送る。
それに顔を歪めながらアリシアは頷いた。
だから、何かを諦めたような白い目を向けるのをやめろ。ホントに気持ちよくなっちゃうだろ。
ナズナはというと、俺の解いた包帯を拾うとクルクルと自分の腕に巻き始める。あかんこれ拗らせたやつやー。
「もう後戻りはできん、です……っ!」
いや、違う意味で後戻りできなそうだからね。もう完全に入っちゃってるよねコレ。
そんなわけで俺とナズナは、中二病に目醒めたのだった。
……なんて話は置いとくとして。
数時間後、俺たちは野営用の焚き火の前で一息吐いていた。
時刻はすっかり夜だ。虫や鳥たちがささやかに鳴いていて、静かではないが騒がしくもない、優しい時間が流れていた。
パチンと爆ぜる焚き火の音に俺は僅かに視線を上げた。
視線の先には俺の膝のうえでナズナが眠りこけていた。可愛らしい寝顔からはだらしない涎がこぼれている。
俺はそんなナズナの頭を撫でた。一瞬ピクリと狼の耳が跳ねたが、特に抵抗もなくそのまま受け入れている。俺は湯たんぽみたいにあったかいナズナの頭にしばらく触れていた。
「……で、ツバサ様。成果は如何ですか?」
なんともなく訊かれたものだから答えに窮してしまったが、既に思惑はバレていたようだった。本当に良く気づく従者だこと。
俺は苦笑を浮かべて白状した。
「……ああ、そうだな。今日のテストの結果、変動したステータスが存在している。やっぱりなにかしらの熟練度は稼げるみたいだな」
「……とはいえ、あれを真似するのはちょっと躊躇われると言いますか……。そのぅ……」
俺は一瞬想像して笑ってしまう。菊花には某お人形さんとかが似合いそうだよな。「菊花はツバサのお人形さんです。……ベッドの中でも」とか超言って欲しい。でもこれ中二関係ないな。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今、何を想像したんですか何を!?」
「さてね、想像に任せるとしよう」
言うと、菊花がぶぅー、と頬を膨らませていた。いやいや、悪かったってば。しかし、こういう世界だとそういう妄想も捗るな。そっか。そういう方向性もありか……。
「……なにか不穏な気配を感じますけど。もう少し詳しく伺ってもいいですか?」
「ゴ、ゴラムゴラム、そういう話はまた今度にしよう! ホラ、ナズナも起きちゃうし!」
立ち上がりかけた瞬間に感じたナズナの頭の感触から俺は言い訳を思いついたのだった。
そんな言い訳が功を奏したらしく、菊花が矛先を収めて再び体育座りに戻る。そのままおもむろにナイフを研ぎ始めるが、それが日常の動作なのか、俺への報復を目的としたものなのか判然とせず、俺は硬い表情で見守るしかできない。
菊花はしばらくして顔を上げると「勿論、両方ですよ♪」とにこやかに仰るので俺は「ぴぅっ!」と小動物のような呻き声を上げるしかできない。
しまった。盾に使ったナズナが、今となっては動くことのできない足枷となってしまっている。
そこへ助け船を寄越したのは、俺に散々白い目を向けてきた薄情なアリシアだった。先に天幕で寝てたと思ったんだがな。
「……熟練度、か。ツバサ殿の言いつけで魔法教練や体術指導などやってきたが、これがどれほど役に立つのだろうか」
「……そうですね。あの時の黒い女の子には、私たちは全く太刀打ちできませんでしたし……」
「それに前回のオオイノシシ、〈マッド・シェイカー〉にもまるで歯が立たなかった。なぁ、本当に意味はあったのか。私たちは強くなれているのかな……」
思った以上にこいつらは不安を抱えているらしい。ならもう少し普段から弱みを出してくれてもいいんだがな。そうすればもうちょっと気の利いたことができるかもしれないのに……。
まぁ、こいつらにも面子ってもんがあるからな。そうやすやすと打ち明けられないか。
こういう夜中に、ナズナのような子供が見ていない場所で、暗がりから自分の顔もはっきりと見られないような場所で、そういう条件を整えないと打ち明けてくれないのか。
そう考えると、まるで布石を置いて、導くような。フラグ回収のような。そんな概念なのかもしれない。万物はゲームに通じるのか? そこまで単純ではないだろうが、全くの無関係ってわけでもあるまい。
そしてそれは、この世界の攻略の足掛かりにもなる。……かもしれない。
「……俺たちは勇者じゃない。選ばれし者にはなれない。けど、それに準ずる存在にはなれる。そのためにはレベリングが必要だ。熟練度を効率的に稼ぎ、手早く強くなれるためのスキルビルドを構築する。ある一定のラインにまで到達すればあとはみるみる上達するさ。信じろ。お前を信じる俺を信じろ」
そんな俺の名台詞の引用が実を結んだのか、美少女たちはそれぞれの天幕に戻っていった。一緒にナズナも寝かせてやってから、俺はそのまま火の番をした。どうせ何も起きないだろうが、全員で就寝するわけにもいかない。交代するまでがんばって起きてるとするか。
次の目的地はトータス領。ここへ向かったのにはとある目的があったからだ。俺たちが到着するまでは、あと二日ほどといったところだろうか。
俺は先を見据え、一つ大きく息を吐いた。
「それにしても、夜は少し冷えるな……」
白い息が夜空に広がって、やがて薄らいで消えていった。




