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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第十三羽【救世少女②】

 よくよく考えてみれば、やはりここまでの救世主ごっこも決して無駄ではなかったらしい。

 カラカラカポカポと小気味よい音を立てて走る馬車のうえで、リチアは僅かに頬を緩めた。


「――して、何が可笑しいのかや? 我が友よ」

「あ、ううん。なんでもないの。ただ、少し思い出していただけだから……」


 相棒は正座を崩した座り方――俗に言う女の子座りを正すと衣服の皺を整えて、そこから不機嫌そうに目を細めた。自分が笑われていると勘違いしているらしい。

 ……いや、それはあながち勘違いでもないかもしれない。


「いやなに、ここに降りてきたときのことを思い出してたら、なんだか可笑しくて……」

「……むぅ////」


 相棒は恥ずかしかったらしく頬をリンゴみたいに紅潮させた。

 そうだ、あの時この相棒は――


――


 ――落下していた。

 風が上から下へ流れてゆく。

 それが自由落下による空気の圧力なのだと気づいたときには、地面が眼前へと迫っていた。


「さて、それじゃあ夕凪ちゃん? 教えた通りにできる?」

「あ、あかん……ッ!?」


 関西弁が出る、ということは余裕がないらしい。仕方ない、自分でどうにかするべきか。そんな思考を浮かべる端で、リチアは一つの気配を感じた。

 それは、膨大な魔力の奔流。相棒の身体を起点に、魔力が溢れ始めている。……これならなんとかなりそうか。

 リチアは魔力の行使を止め、相棒の魔法に身を委ねる。相棒が擦り切れそうな意識の中、必至で紡いだ魔法を阻害するわけにはいかないからだ。

 間に合うか、間に合わないか。際どいところではあったが、リチアは比較的安心していた。何故だかこの相棒の少女には、不思議と人を安心させる力がある。頼りたくなる――魅力がある。

 地面に到達する寸前、リチアたちを包み込んだのは巨大な水球。表面張力みたいな弾力を感じなかったのは、水球そのものが二人を包み込むように発生させられていたからか。

 地面にクッションを置くような形だったら、水切りの原理で骨ごと砕かれるような衝撃に見舞われていただろうが、自分たちを水に包み込めばその衝撃は限りなく緩和される。そんな恩恵だけを受け取れる。

 ……まさかあのギリギリでここまで考えていたのだろうか。

 水球の弾けた後の水溜まりから身体を起こすと、相棒は目を回して気絶していた。

 リチアは力尽きた少女の額をそっと撫でると、笑顔で呟いた。


「合格よ、柳ちゃん……」


 相棒の顔に纏わり付いた水分は、払おうとしても一向に取れそうにない。なんだか随分と粘り気が強いらしい。おそらくは落下の衝撃を緩和するために、粘性の高い水分を作り出したらしい。

 そこまで細かい応用を教えた覚えはリチアにはないのだが、相棒の成長は想定以上だったらしい。あるいは、それだけ助かりたいと願ったからか。それとも、リチアを助けるために力を捻り出したのか。

 いずれにせよ、優秀な弟子で何よりだと、リチアは思うのだった。


――


 やがて目を覚ました相棒だが、第一声はこんなものだった。


「なんじゃこれ!? 気持ちが悪い!」


 べとべとしたスライムみたいなものが身体中に付着していて、髪も衣服も張り付いてしまっている。

 相棒の介抱に専念していた所為で、リチア自身はあまり気にも留めていなかったのだが、一度意識してしまうと無視することは難しい。


「……確かに、これはちょっとグチョグチョすぎて気持ち悪いかなぁ。でも、柳ちゃんの出した液で濡らされるだなんて、なんだかそそられるものもあるけれど」

「何言っとるか、たわけ! はよ、何か拭うものを寄越さんか!」

「えぇ……? まぁ出来なくはないけれど。けど、それはあなたにだってできることでしょう?」

「……どういう意味じゃ?」

「特訓は、一通り終えたとは言ったけど、完了したなんて言った覚えはないんだけどなぁ」


 リチアがそんなふうに言うと、案の定相棒は嫌そうな顔をする。また始まったか、とでも言いたげな。

 そんな視線を涼しい顔で受け止めながら、リチアは一歩退いた。

 うなだれた相棒だけがそこに佇んでいた。


――


 水の極意――、それは流れに委ねるということ……。

 高いところから低いところへ。濃いところから薄いところへ。

 流されるままに流され、水平を保つ。バランスを保つ。

 すべからく均等に。それこそが水の在り方だ。

 バランスを保つ、そう言えば簡単そうに聞こえるが、やってみるとこれが意外に難しい。

 たとえば地面に立ったときにそこが水平だと思ったとしても、それは水平ではないのが自然界では当たり前だ。水をこぼせば低いほうへ流れる。それが自然の摂理である。

 正確な水平なんてものはほぼほぼ実在し得ない。それは極めて緻密なバランスによって成り立っている。

 そのバランスを把握し、魔法として展開させることがこの魔法の神髄であり、極意だ。

 流れを把握し、流れを読み取り、流れを想像する。それこそが水魔法を上達させるうえで必須とも言える感覚である。

 身体に纏わり付いた水は粘性が高い。これは、不純物を多く取り込むことで特性を追加させただけに過ぎない。ゆるやかに流れようとする水分であることに変わりはない。しかしそれよりもくっつき続けようとする特性が色濃く出てしまっているだけだ。

 これを洗い流すには、清浄な水が必要だ。

 水は何処にある? 地面の下には地下水でも流れているだろうが、噴水のように噴き出してくれるわけでもない。操ってどうにかできるものではない。

 他には何がある? 空気中にも水分は漂っているはずだ。これを凝固させれば洗い流すことは可能かもしれない。しかし、懸念も同時に生まれる。それは、既に魔法として消費してしまっているということだ。つまりもう、元がない。空気中の水分は既に使われてしまっている。使用には向かない。

 他に何かあるだろうか? 人の体内には水分が多量に含まれているというが、そんな想像するだけでもなんだか物騒な魔法は極限状態でもなければ使いたくはない。

 となれば、どうする……? 仰ぎ見れば、空には雲が流れている。積層雲というんだったか。雨雲という規模ではない気もするが、水分量は充分にあるはずだ。……対象としては、遠い。きちんと魔法が発動するかは不明瞭。だが、やるとなればあれしかないだろう。一番高い可能性があるのはきっと雲だ。


 そこまで考えると、柳は集中した。全身の感覚を研ぎ澄まし、遠方に見える雲だけを凝視する。

 その感覚は、どこか懐かしい心地がする。かつて、前の世界で普通の人間として暮らしていた頃――、スポーツも勉強もロクに出来なかったサブカル系女子が唯一自慢できた特技。

 弓道場で磨いたあの感覚に近い気がする。

 身体を動かすのが苦手で、筋力も人並み以下で、複数の人間が入り乱れるスポーツなどほとんど混ざることができなかった。辛うじて混ざったと言えるのはバスケでパスを貰ってしまって右往左往していたときに相手チームのエースにスティールされたときくらいだろうか。わざわざ苦手な自分にパスを回してくれた子には悪いことをしたとも思ったが、どうしても脳内の処理が追いつかなくて身体が言うことを利かないのだった。

 そうしてスポーツに混ざれない柳は、一人で完結できるゲームに興じるようになり、今の言動が形作られるようになるのだが、それはまた別の話。

 大切な幼馴染が手を引いてくれたお陰で、今の柳は一人ではない。なんとなく押された背中で始めてみた弓道で珍しく誰かに褒められたのが嬉しくて、気づけばこれだけは自慢できる数少ない特技と言えるまでになった。

 極端なパワーなんて必要ない。群雄割拠、跳梁跋扈、魑魅魍魎入り乱れるスポーツとは違う。

 ただ、的だけ見ていれば良い。あるのは自分と的、それだけだ。

 それがシンプルで分かりやすい。真っ白な心が身を軽くする。些事が洗い流される。


 雲が、浮かんでいる。

 

 その光景だけが、今の自分を満たしている。

 そこから願いへと派生される。魔法へと変化させていく。

 雲は多くの水分を抱いたまま、中空を漂っている。

 凝固した水分が上昇気流によって押し上げられ、そこへ寄り集まっているのだ。

 その水分がもっと集まり、凝固されれば、重力に負けて地上へと降りてくる。

 ならば、水分をその周囲から貰い受ければ良い。そうすれば雲はより大きくなり、より発達した雨雲となる。

 だが、それだけでは、降水確率が増えるだけで即時降り始めるというわけでもない。

 だったら、水の粒たちをそれぞれ集結させれば良い。ふわふわと漂う水分子たちを魔力で寄せ集め、水滴に変じる。

 僅かな変化を雲全域で発生させれば、それだけで雲はかなり早い段階で雨雲へと変貌を遂げるだろう。

 額を汗が流れる。鬱陶しいので払い除ける。距離の所為か、魔力が上手く伝わらない。苛々して手元が震え始める。

 ふぅ――……。

 煩わしい感情を呼気と共に体外へと排出する。こういうときは深呼吸だ。慌てる必要はない。タイミングなど見なくていい。相手は自分と標的。ただそれだけなのだから。

 落ち着いてみれば腑に落ちるものもある。魔法において、距離はそれほど深刻ではないということだ。

 自分自身距離という言葉に囚われてしまっていたけれど、魔術において重要なのは観察と支配。遠方だろうと視認できてさえいれば、魔力は送れる。魔力の働きが見えれば支配はできる。支配ができれば、結果は生じる。全てリチアに教わった通りだった。

 ふっ……。

 再び柳が息を吐くと、同時にポツリ……。

 水滴が頬を濡らす。

 髪を濡らした汗かとも思ったが、空からは無数の雨粒が舞い降りてきている。

 そうだ、これを願ったのだ。この結果を望んだのだ。


「妾の祈りに天も涙を零したか……。覚えておくが良いぞ、妾こそ《天を覆う黄昏色の片翼》(ダークサイド・エーテリア)じゃ!」


 これを偶然見かけた集落の長が柳を集落に迎え入れ、救世主として奉られることになるのだった。

 なんでも、雨が降らずに困っていた土地に再び雨が降ったのは救世主さまのおかげなのだとか。

 集落を出るときに随分としつこく引き留められたのだが、「妾が真の力を取り戻すには、我が片翼との再会が必要なのじゃ」の言に酷く心打たれたようで、快く送り出してくれた。


――


 ――そんなやりとりを思い出しながら、リチアはくふふ……と腹を抱えていた。


「……で、次はどんな奇跡を起こしてくれるのかな、救世主さま?」

「ふんっ! 知らぬわ!」


 リチアに笑われたことが癇に障ったらしく唇を尖らせる柳。

 リチアはそれを見て更にからかいたくなってしまうのだが、すぐにへそを曲げるだろうからほどほどでやめておいた。

 相棒の拗ねた顔を見れただけでも充分に楽しむことができたリチアだった。

リチアのキャラが早速ブレ気味……。

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