第十三羽【救世少女①】
「遅いッ!! まだ来ないのか、我が片翼よ!!」
仁王立ちする少女が一人。何やら憤慨した様子で立ち尽くしていた。
が、それを見て同情する者はいない。いや、できないのだ。何故彼女が憤慨しているのか、それを理解できる者は、その場には誰もいない。
いるとすれば――、それは傍らに佇む、もう一人の少女なのだが……。……その視線はどこか涼しく、いっそ憤慨する友人を見て楽しんでいるふうですらある。
「……ふふ、そんなに寂しいの? 愛しのダーリンに逢えなくて、可哀相ね。おいで、お姉さんが慰めてあげる……」
そんな言動も目立つのだが、道行く人が立ち止まってちょっとした人垣ができているのは、理由はそれだけではない。
憤慨する少女のほうは、すらりと伸びる長身で背も高い。女性らしい膨らみも顕著でゆったりとしたローブを羽織っているにも拘わらず、男たちの目を引き寄せて逃がさない。また、ただでさえ高い身長の上にマージハットと呼ばれる、いわゆる魔女の帽子を被っているため遠目からでもよく目立つのだ。
そして、もう一方の涼しげな女性も魔女とは違った意味で目立っていた。背格好は小柄。隣の少女がデカイので相対的に小さく見えるのだが、妖精か人形が等身大になったかのような美しい容姿をしていた。金色の髪は黄金を実らせた稲穂のように光を放ち、その美貌は希代の天才が生涯を掛けて作ったかのような繊細で整った顔立ち。もし、この少女が髪を肩口で切り落とさずに腰元まで伸ばしていたなら、あるいは旅装のようなさっぱりした服装でなく豪奢なドレスを纏っていたなら、きっともっと大変な人だかりができていたことだろう。
そんな目立つ容姿の二人が、なんだか立場が逆のような行いをしていて、それが往来のど真ん中とあれば、注目を集めないというのは無理な相談だった。
「そ、そんなんちゃうし! 寂しくなんて……。寂しくなんか……、ないもん……」
くしゃっと歪んだ魔女の頭を、抱えるようにして少女が抱きしめた。
やがて、鼻を啜るような音だけが僅かに聞こえた。
「さて……。『そういう可能性』も考慮してはいたけれど、……どうやら当たっちゃったのかもね……」
少女は嘆息しながらも、相方の頭をぽんぽんと優しく撫でてやるのだった。
――
さて――。
金髪の美しき冒険者、その名をリチアという女性は、宿のベッドに腰掛けながら大きく息を吐き出した。
目の前には力尽きた相方がうつぶせで枕に顔を埋めている。リチアは相変わらず器用ねぇ、と少し感心した様子でその姿を見ていた。
――ここに降りてから、今日で一週間になる。
降りる、というのは文字通り落ちてきたからだ。この異世界に。
それこそが従者として授かった、リチアの能力のひとつだった。
異能――。
そういうと少し特殊な能力のようだが――実際、異様な能力ではあるのだが――、従者として得られる能力としては決して珍しくもない能力だ。
従者はそれぞれが人を越えた能力を持っている。人の寿命を越えて生きていけるのも、そのうちの基本技能と言えるだろう。
それ以外にもいくつかの能力を宿し、操れるようになる。その全ては主たる翼龍を補佐するためのもの。
空間転移もそのうちの一つだ。リチアだけの異能というわけではない。しかし、古くから補佐を続けてきたリチアとしての矜持はある。大いに役立てる異能を宿した一人目の従者として、思い入れは相当に深く、重い。
しかし、そんな転移であれ、いついかなる時も必ず上手くいくとは限らない。人の身を越えた力だ。制御は簡単ではない。平常心を保てなければ制御を失うことだってある。
地面ではなく空中に現れてしまい、随分と目立つ現れ方をしてしまったお陰で、救世主扱いを受けた二人だったが、逆にそれを利用して目立つことで、見つけ出してもらおうと言い出したのは相方のほうだった。
「……こうなることは、まぁ予想の範疇だったけど……」
相方は生憎と勘が冴えるほうではない。というか逆に悪いほうに働くことほうが多いくらいだ。
まぁ、それに巻き込まれるのも嫌いじゃないし、特に方針があったわけでもなかったから好きにさせたわけなのだが、状況は想定以上に変わらなかった。
もし、ツバサがリチアの知っているツバサだったのなら、あるいは気づいてくれたかもしれない。リチアはそう思っていた。
つまり、未だに音沙汰ないということはツバサがこの世界にいないのか。あるいはこの世界にいるけども、それに『気づけない』状況なのか。
今までに全くなかったわけではないのだ。ツバサの『記憶喪失』は。
つまり、だから、もしかすると……。
その先を、リチアは言葉にできずにいた。
言葉にしてしまえば、それは現実になってしまうのかもしれない。そんなセンチメンタルな思考に至ってしまっているのかもしれない。
ただ、そうして導き出したリチアの憶測は、言葉にしないほうが正解だろう。彼女はそう結論づけた。
目の前には身体ばかり大きな、頼りない相方が相も変わらずうつぶせのまま寝転がっていた。
「ホント器用で、でも不器用な子……」
――
「して、どうするのじゃ? 我が友よ」
頼りないくせに偉そうな相方に、リチアは苦笑を浮かべながらも思案した結果を提示する。
「ねぇ、柳ちゃん」
「ふっふっふ、それは人間であったときの仮の名じゃ。覚えておろう? 妾の真の名は――」
「夕凪ちゃん、……でしょ?」
「大いに違う! ……いいだろう、教えて進ぜよう。妾は、〈朝と夜を別つ者〉(ロスト・ディメンジョン)!! そしてまたの名を、〈月狩りの夕凪〉……」
「じゃあ、〈ろすと☆でぃめんじょん〉ちゃん」
「……何か、表現に絶望的な彼我を感じたのじゃが……」
「気の所為じゃない?」
「む、むぅ……?」
それはともかく、ここで救世主ごっこを続けても進展は得られなかった。
ならば、次の行動に移らなければならない。時間は無限に近いほどあるが、可能な限り時間を掛けたくなかった。
それは、目の前の巨大なだけの少女がこれ以上心労を重ねずに済むようにしたいというだけではなく、それ以外にも意味があった。というよりは、懸念か。
ツバサの状態が通常でない可能性がある。まずはその確認をしなければならない。……できれば相方には知られない形で。把握をできてから少しずつ教えてやるのがベストだが、どうなるかは予想も付かない。
となれば次の行動はおのずと絞られてくる。
「さぁ、次は王都へ行きましょ」
――
俺たち一行が王都付近を拠点にしてから、大体一ヶ月ほどが経過していた。そもそもこれだけの時間をこの近辺で過ごしていたのにはわけがある。
中央通りから外れた工房区。ここに用があったからだ。
鉄臭くて重い扉を力任せにこじ開けると、果たしてそこには強面のおっさんが待ち構えていた。強面のおっさんは蓄えた口ひげをもそもそと動かして見た目通りのデカイ声を放った。
「てやんでい、べらぼーめ!」
うん、いかつい。なんていうかそれしか感想がないな、うん。
「かぁーッ! 待たせたじゃねえか! 坊主! お詫びの印に持ってきな! できたてほやほやの自信作だぜ! っしゃあ! んなろー!」
なんでいちいち怒鳴られてんだろう……。俺、ちゃんと金払ってるんだけどな。
まぁ、いちいち気にしても仕方ないか。持ってみると、まだ少し、打ったばかりのような熱さが感じられた。まさかホントについさっきくらいにできたのか? 嘘だろ?
しかし、その出来は素人目に見たって間違いようもないくらいに素晴らしい。良い剣だってことが分かる。
あのスローモージジイの弟子ということで持ち込んだ素材から剣を作ってくれることになったんだが、しっかり金や素材を徴収され、サービスでもなく普通に打って――もとい売って――もらったわけだが、確かに金銭や素材以上のものを提供してくれたみたいだ。見た目も言動もめちゃくちゃな人物だが、意外と良い人らしいな、この人。
「悪ぃがなかなかの逸品だぜ! ざまーみろ! ちっ、持ってけドロボー!」
……いや、良い人か、これ……? なんでこんなボロクソ言われなきゃならねえんだ? 俺、何かしたか?
「師匠にもよろしく伝えておいてくれや! んじゃ、おととい来やがれ! この木偶の坊が!」
……はぁ? あまりの言いように俺がついつい言い返そうとすると、菊花がまぁまぁ、と俺の肩を引っ張った。これで良いのか? なんか言い返さなきゃいけなかったんじゃねえの?
だが、結局二の句も告げられぬまま、俺は工房を後にすることになったのだった。
「……言いたいことは山程あったが、……もういいか。これでこの街での目的は大方果たせたことになる」
「……ですね。欲を言えば、もう少し図書館で本を読み進めて置きたかったところですが」
「だが、あまり悠長にしている時間はないだろう。こうしている間にも勇者一行は次の行動に移っているはずだ」
「あと、まおー軍も動き始めてるはず、です。ナズたちも作戦開始する、ですっ!」
まぁ、正直作戦なんて呼べるほど大層なアイデアはないけどな。
しばらくはもう少し情報収集をするべきだろうし。
まぁつまりは早い話。
ここでのやるべきことはやった。
装備の拡充、周辺地域や魔法、この世界の知識の収集……。この一ヶ月でできる限りのことはやった。
これ以上一所に居続けるメリットは特にない。そろそろ次の拠点へ移るべき時だ。
「さぁ、次はトータス領に行くぞ」
その判断が俺たちの状況を更に混迷化させてゆくことに、この時の俺たちはまだ気づいてもいなかったのだった。
親方のモチーフは64の某なんとかの伝説にでてくる親方です。というかほぼそのままです。分かりましたよね。




