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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第十羽【逢魔ヶ時①】

 逢魔が時――、というには若干時間が遅すぎるきらいもあるが、ある意味では間違ってもいないだろう。

 日が暮れて辺りは暗く、人の営みが一時の休息を刻み始める最中、俺たちは脱兎の如く行動を開始した。

 この城の内部は、魔族たちのテリトリーだ。人間の住む環境ではない。物理的な観念ではなく、精神的な観念からの話だ。

 今まで淘汰され続けてきた魔族たちは、王族を殺し自由を得た。それはさながら革命のような現象なのだろう。

 トランプの強弱のように、全ての順位は入れ替わり、人間は最下層へ。魔族は最上層へ。

 生き残った人間はもう既にこの街を脱したのだろうか。それとも、奴隷の如く使い潰されてしまっているのだろうか。

 ともあれ、そこから逃げるのではなく、自らそこへ忍び込もうとしているのが俺たちだ。内から外へではなく、外から内へ。そのような警戒態勢は敷かれていないのか、警備の目は薄い。

 ……見たところ、外壁には兵は僅か。城の大きさを考えれば、全てを見切れるような数では、決してない。それに常に動き続けている様子でもない。人目に付かない場所でしばらく留まっていたとしても見つからないはずだ。


「……行けそうだな」


 俺の呟きに、仲間たちはそれぞれに頷く。

 そして、しばらく周囲を回っていると、完全に警備の穴と思われるスポットを発見した。ここなら安全に忍び込めそうだ。しかし、問題がないでもない。


「で、ツバサ様。どうやって忍び込むんです? 城壁は高いですし、登れるような取っ掛かりもありませんけれど……」


 うん……、考えはないでもないんだ。色々考えたが、やっぱりそれしかないな、うん……。

 壁は高い。ジャンプでは間違いなく届かない。菊花の跳躍力は確かに高いが、それにも限度というものはある。が、それはあくまで独力では、という話でしかない。つまり……、だ。


「菊花、アラバスタ編を思い出すんだ」


 頭にクエスチョンマークを浮かべる菊花を放置したまま、俺は説明を続ける。


「全員で同時に上に登るのは舞空術でもない限り不可能だ。だが、一人、二人くらいなら可能性がないわけでもないんだ。この中で算段が立てやすいのが菊花とナズナだ。中に入ったあとはロープを下ろし俺たちを引き上げてもらえば良い。ロープの扱いのことを考えると菊花のほうが適任だろう。だから菊花、お前には一つ訊かなければならないことがあるんだ」

「……? なんです?」

「……いいか? これは本当に大事なことだからちゃんと考えて答えて欲しい。仲間を信じて、正直に答えてくれ」


 ゴクリ。菊花が生唾を呑み込む音が聞こえる。俺は一つ息を吐くと、はっきり聞こえるように言ってやった。


「お前のパンツを見せてくれないか」


 瞬間、世界が凍り付いた。ザ・ワールド!! 秒針は刻むのをやめ、世界は流転を否定した。永遠の空虚、それは世界の崩壊に等しい事象だ。つまり、世界は死んだのだ。この瞬間、一つの物語が終焉を迎えた。

 だが、終わりが在れば始まりが在る。生と死は巡り続ける歯車だ。それは命だけでなく世界そのものの趨勢さえも定めている。虚ろとなった世界にもやがて始まりの春が訪れる。死はやがて生をもたらす。それこそが世界創世だ。

 ……そして世界は緩やかに時間を刻み出す。


「……ツ、ツバサ様……? あ、あの、ご自分が何を言ってるのか、分かってます?」


 ……やはり、俺の真意を量り損ねているらしいな。嘆かわしいことだ。仕方ない。俺が逐一分かりやすく解説してやるとするか。


「伝わらないのであれば、何度でも言おう。俺はお前のパンツを見たい。見なければならないんだ。恥じらいの気持ちだって分かっているさ。乙女心も欠片ぐらいは理解できていると思っている。それでも俺には見なければならない理由があるし、義務がある。それはお前の自由意思を越えるほどの重大な意味があるんだ。いいか? 俺は単純な性癖的な観念からパンツを見せてくれと言っているわけではないんだ。むしろ、逆なんだ。お前を大事に思っているし、大切にしたいと思っている。だから俺はお前にこう訊かねばならなかったんだ。お前のパンツを見せてくれないか、と」

「ツ、ツバサ様……っ! ツバサ様は……っ!!」


 ようやく理解できたらしい。ここまで言わねば伝わらないのももどかしい限りだが、仕方あるまい。貞操観念は高めっぽい菊花のことだし、そのあたりは致し方あるまい。

 むしろ、理解が早かったほうかもしれない。なんて、考えは尚早だったらしい。


「やっぱりツバサ様はエッチですぅぅぅうううううーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 ……全く伝わってはいなかったらしい。


――


 その後、騒ぎを聞きつけられないように菊花の口を塞ぎつつ、事情を説明してどうにか落ち着いてもらった。

 まぁつまり、俺がやりたかったのは某海賊漫画のアラバスタ編で時計塔の上にビビを連れて行った作戦をそのままパクろうという話だったんだが、そんなに分かりづらかったのかなぁ。

 とにもかくにも、作戦は伝わったし、あとは決行するだけだ。


 菊花が位置に付く。その前方にはアリシアが待ち構えている。

 緊張が高まる。タイミングは問題ない。まだ城壁には人影は見えない。俺は菊花にGOサインを送る。

 頷いた菊花は、そのまま走り始める。一歩目から相当早い。これが地脈を歪め、道を縮めて走破すると言われた縮地法か。一歩目から最高速を出すという技術はもはや超常の現象と言わざるを得ない。実物を見るとやっぱり凄いな。これが現代武術と古武術の違いか……。

 なんて、思っている間に菊花はアリシアの構えていた腕に乗った。そこからレシーブみたいに持ち上げられることで、菊花が大跳躍を果たす。

 俺の頭上には菊花がいる。その細い足と足の間から純白の花園が垣間見える。眼福と言わざるを得ない。


「がんばれ、ですっ!」

「お前の〈パンツという名の純心〉(魂)、しかと心に刻み込んだぜ……」

「すぐに忘れてくださいっ!!」


 顔を真っ赤に染める菊花だが、俺は目を逸らすわけにはいかない。風で菊花の跳躍をサポートし、その飛距離と高度を稼ぐ。

 お陰でぐんぐんと城壁が近づいてくる。

 菊花はというと、風を一身に受けるためにパンツを庇うような体勢は取れない。ゆえにその光景は凄まじいことになっている。……俺はこれを予期していたためにあらかじめ菊花に覚悟のほどを確かめる必要があったわけだ。

 そして、大きく前へ出した菊花の細い足が、確かに城壁の塀を乗り越えて、その内側へと踏み出していた。

 ……音は不自然なほど、しない。忍び的なスキルをいくつか体得している菊花のことだから、上手く着地できたのだろうか。たぶん縄抜けなんかもできるんだろうなぁ。

 以前俺を亀甲縛りしたのも(第3羽②あたりの話だ)菊花だったということだし、ロープの扱いには手慣れているのだろう。

 すぐにひょろひょろと城壁からロープが伸びてきて、菊花が塀の脇から顔を出している。

 こうして見事に、俺たちは城内に潜入したのだ。見事な作戦だっただろう?

 要するに、菊花の跳躍+アリシアの馬鹿力+俺の風魔法……という作戦だ。……ナズナは、応援な。


――


 一方、勇者サイド――。

 ツバサたちが城へ潜入する数日前。

 一つの軍勢が砦を占拠していた。


 慌ただしく指示を飛ばすのは各部隊長たちの務めだが、勇者一行もその中に混ざり、対応に追われていた。

 砦の占拠後はやることが多い。

 戦の事後処理や部隊の再編成。怪我人の処置や砦の修復。兵糧を取り寄せての英気復活も大切な役割である。

 更に勇者や将軍クラスは、作戦立案にも関わる。

 連日の戦いに次いで、続けざまの作戦会議とあっては、さしもの勇者とあっても疲れを感じずにはいられなかった。

 疲労に痛んだ首を回しながら、アルスは空を仰いだ。


「ふぅ……、今頃は彼らも先へ進んでいる頃だろうか」


 ふと息を抜くと思い返してしまうのは、かつての仲間と、その仲間が選んだ新しい仲間たちのことだ。

 アリシアは大切な仲間だ。それは袂を別ったとはいえ、変わらない事実だ。

 その仲間の明るい未来を、幸福な未来を、願わないのは嘘だ。

 恐らく彼には伝わってしまっているのだろうが、大切だからこそアルスはアリシアを置き去りにしたのだ。そうすることが彼女を救う唯一の方法だと、今でもそう信じている。

 共にいれば、必ず彼女に苦労を掛けてしまう。ただでさえ、彼女はロサーナと相性が悪い。そのうえ不器用だから良いようにあしらわれる。

 それだけじゃない。戦えばいつか必ず傷を負うことになる。その痛みを背負わせることが、アルスには耐えられなかったのだ。

 だから突き放した。ロサーナの言動を良いように利用したというわけだ。これで都合良く引き離すことができると、どこか安堵しながら……。

 本当はきっと……。彼女を突き放す言葉なんて投げ掛けられなかっただけだというのに……。


 いや……。

 アルスはそんな思考を頭の外へと追い出すように頭を振る。

 下らない思考回路だ。疲れて気が滅入ってしまっているに違いない。あるいは姦しいロサーナがいないから余計に頭が巡ってしまうのかもしれない。

 どちらにせよ、馬鹿げた話だ。

 そんなアルスの背後から、呼びかける声があった。聞き馴染んだ友の声だ。


「アルス。将軍が呼んでるけど……」

「ああ、済まない。今行くよ」


 キャシーは相変わらず疲れを見せないポーカーフェイスを貫いていた。が、見慣れたアルスにはそこに若干の疲労の色を感じ取っていた。

 しかしアルスはというと、そう答えつつも、足が言うことを聞いてくれない。アルスはガリガリと頭を掻いた。


「そんなに心配……?」

「……離れた仲間を心配するなってほうが無理があるだろう? ……まぁツバサ殿を信じるよ。アリシアのために本気で怒ってくれた、彼だからね……」

「……心配してるのはロサーナのほう? ……それともアリシア?」


 言われて、それが失言だったと気づいた。

 今、本来心配すべきなのはロサーナだ。しかし、無意識にアリシアを思い浮かべて答えてしまっていた。

 咄嗟に言い訳も出ないアルスに、キャシーは戸惑う様子も見せない。

 ただ、なんともなしにこう言ったのだった。


「だいじょうぶ。アリシアにはちゃんと仲間がいるし、ロサーナもすぐに殺されはしない。でなきゃ、連れ去る意味がないもの」


 それは当たり前の事実でしかなかったが、何処か不思議とアルスを納得させてくれる回答だった。

 そうだ。アリシアは大丈夫だ。いつも通りの彼女がいたのだから、きっと彼らはうまくやっているのだろう。アリシアは仲間と、今度はうまくやれている。

 それにロサーナだってそうだ。連れ去ったということは殺害が目的ではないということだ。それはつまり、すぐには殺す必要がないということに他ならない。

 それならば救出の暇さえ見つけ出せればどうとでもできるだろう。となれば、この侵攻の成功にこそ、未来は掛かっているということだ。

 勝てば良い。それだけだ。

 アルスは、軽くなった足で、会議場へと向かう。

 敵の強大さも思い出さないままに、軽い足取りのままに……。

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