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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第八羽【魔途進行】⑥

 いつものようにセクハラの代償として、俺は殴られるんだと思っていたんだがな……。

 菊花のパンチにはいつものキレがない。

 どうしたのか、……なんてわざわざ訊くまでもなかった。

 そこには大粒の涙を浮かべた菊花の姿が。

 え……泣くほどショックだったのん……? いやまぁ、分からんでもないよ。


 今の状況はこうだ。

 俺→半裸のナズナにマウントポジション。手はナズナの小さなお腹にオントゥ。

 ナズナ→意識はない。穏やかな表情で、ただ眠っているようにも見えるが、一応怪我人だ。よく見れば分かる。

 そして、それをたった今直視してしまったのがアリシアと菊花。どう見たってふしだらなことをしようとしていたようにしか見えない。あと、俺には何度か前科があったりする。どれも意図的に行ったラッキースケベではないんだがな……。


 これを見て、ツバサ様のエッチー!! と激怒したまでは分かる。分かるんだが……、泣かれたのは分からん。……そんなにショックだったの? 間違いだよ? 俺は別に性犯罪者ではないよ?

 そう言おうにも、動揺して言葉が出ない。成程な……、こうして痴漢冤罪は生まれてしまうのだな……。世の中は斯くも哀しいものなのか……。


 やがて、菊花は俺の胸倉を掴んで息を吸い込んだ。

 ……どんな罵声が来るのか。あるいはどんな必殺の一撃が振るわれるのか。俺は真っ白な頭で待ち受けるしかできない。


 ……けど、いつまで待っても、そんな攻撃は訪れることはなかった。


 代わりに訪れたのは、……抱擁。俺は、戸惑うばかりだ。

 責められるんじゃなかったのか? 俺はいつもみたいに殴ってくれよ。怒ってくれよ。でないと、調子が出ないんだけども……。


「……良かったです。……ツバサ様がいつも通りで。……いつもエッチで、いつもお調子者で、……いつも本当は優しい。……そんな貴方が、私は……、私は……っ!」


 ……どうやら怒るまではただのテンプレだったらしい。本当は気づいていたんだな。ただの勘違いでしかないって。それでもいつも通りに怒ってくれて。けど、本当は心配してたんだ。

 俺は心配を掛けていたんだな……。


「ごめん……、菊花。自力で脱出して、逢いに行ければ良かったんだけどな……」

「そんな……っ! いいんですよ、そんなことは……。こうして、また逢えただけで……私は……、私はっ!」


 嗚咽を噛み殺して、菊花は泣き崩れていた。なんだか酷くご迷惑をお掛けしたみたいで……。

 こういうときどうすればいいんだろうな……。その艶やかな黒髪を撫でてみてもいいんだろうか。

 ちょっと拒絶されたら怖いけれど。まぁ、それでもいいかなぁ……。

 ぽむっ。……と、撫でてやると、菊花はびくりと肩を震わせたが、それ以上は反応しなかったので、そのまま撫で続けてみた。

 なんだか温かくて、さらさらで、気持ちいいな。リア充なう。……なんて思った矢先。

 ズビビーと嫌な音が……。……あっれぇー? もしかして菊花さん? 僕のおべべでお鼻かんでますぅー?

 んっふ、困ったものです。


――


 ナズナの傷の処置も終わり(やはりアリシアさんが完璧に処置してくれました)、気持ちよさそうに眠っている隣で俺たちは作戦会議をすることになった。

 まぁ、考えることは山盛りだからな。

 まず、対魔王に関する云々かんぬん。圧倒的に戦力が足りない。というか、幹部候補ですら反則的に強いんですけど。ちょっとーどぅーゆーことー?


「それに関してははっきり言って想定外と言わざるを得ないな……。まさかあの勇者ですら手こずるとは……」

「決着は見てないんだろ? そのあと逆転勝利したかもしれないんじゃねーの?」

「……そう思いたいが……」


 アリシアの結論はあまり悠長な感じではないらしい。愛する勇者様の話だからかねえ。……別に妬いてねえけど。


「それに、このあとどうしましょうか……? 魔族の町でいつまでも滞在はできないでしょうし……」


 それもあるんだよなぁ。国境を跨いだこっち側だと落ち着ける場所がないんだよな。耳や尻尾を隠してるふうを装えばある程度は潜伏できるのかしら……?


「……ツバサ殿の案は、意外と妙案かもしれん。考えてみる価値はあるだろう」

「……ついでに付け耳とかしてみるのはどうだろうか。語尾ににゃんとかつけて喋るのは如何だろうか。個人的にはすっごくオススメなんですけど……」

「却下だ(ニッコリ)」


 世間様が俺に冷たい。時代よ、俺に追いつけ。早く。


「……ひとまずはナズナさんが目覚めるのを待ちましょうか。……どのみちそれまでは行動できないんですし……」


 ま、それもそうかな。そんな感じで、話は一端終了になった。

 そんな頃合いを待ち望んでいたかのように、菊花が俺の袖をくいくいと引っ張った。

 なんでしょう菊花さん……?


「ちょっといいですか、ツバサ様……」


 手招きする菊花に俺はホイホイとついていった。良いのかい? こんな美少女にホイホイついて行っちまって……。そいつはノンケだって構わず食っちまう美少女なんだぜ? ……んなこたあないか。


――


 招かれた先は屋上でもなく、体育館裏でもなかった。

 梯子を登った先の、屋根裏部屋みたいな場所だ。木窓は開け放たれていて、星空が綺麗に見えている。街灯のない町だから、それはそれは絶景だった。たぶんこの星空も地球とは別物なんだろうな、きっと。


「色々あったので、少しお話ししたいなーと思いまして。良いですか? ツバサさん」


 あれ……?


「そ……そんなにヘンですか……? 呼び方変えると……」


 ヘンとかそんなんじゃなくて、なんだか恥ずかしいんだがな……。なんだか慣れないし……。


「えっと、思ってたことはですねー、えっと……そのぅ」


 菊花は少し顔が赤い。そのちょっとしどろもどろになった様子はなんだか微笑ましくて可愛らしくもあるのだが、俺としてはやはり混乱のほうが上回ってしまっている。


「む、昔話をしましょうっ!」


 突然話を変えるな……。まぁいいんだけど。どうしたのかしら。何が言いたいのかしら。


「……かつてそこには、人形として作られた少女がいました。命令されるのは血生臭い仕事です。……人を殺すようなことも平然と行ってきました」


 少女は目を細めると、そんな風に言う。あらかじめ練習したようにすらすらと、言う。


「それが当たり前だった少女は、ある人に出逢って、全てが変わりました。初めて人の温もりを知りました。優しさや、笑顔を知りました」


 それが誰なのかは、言わない。たぶん、敢えてなのだろうが……。


「少女はその人とずっと一緒にいるうちに、大切な仲間、家族のように認識していきました。ですが、その気持ちはいつしか依存心に変わっていたんです」


 それは独白。そして、きっと一つの告白。


「少女は、知らなかったんです。自らで思考し、答えを導き出す方法を。端的に言ってしまえば、自分で決断して自分で判断することを」


 ……そういえば、そうだったな。そいつは、いつだって他人を物差しにしていた。いつだって、自分の意見を言わずにいた。けど、本当は我慢してたんじゃなくて、……そんなもの初めからなかったんだな。


「……ツバサ様、私は今までずっと貴方に頼ってきました。貴方に依存してきました。全てのものを貴方に選ばせて、私は選択することをしなかった。……だから、私は貴方が居なくなって、壊れた」


 アリシアがそれとなく教えてくれたよ。俺がいない間の菊花の様子を。それはもう病的なんて表現じゃ言い表せないくらい壊れていたと。


「……少女は……、いえ、私は弱いんです。自分で選ぶことができない。誰かに価値基準を選ばせなければ、私は何一つ決めることすらできない、臆病な人間です。……いえ、言うなれば人形……でした」


 ……まぁ、そうだな。言われた通りにしか動けないなら、それはあたかも人形のようだよな……。


「……私の中に、私はいない……。……ううん、私は私を見つけてあげられないんだと、……そう思います。だから、……見つけたいんです」


 あなたを探してる……。ってのはゴールドソーサーのデートイベントでの名台詞だったよな……。けどさ、お前、……気づいてるか……?


「ツバサ様に依存するんじゃなくて、もっと別の関係性を模索したいんです。……だからまずは形から入ってみようかな、と……」


 誰かの意見に従うしかしなかったっていうけど、それはいつだって誰かの意見と誰かの意見を戦わせて、その中から選んでいたんじゃないのかよ。その時点から、もうお前は選択をしていたんじゃないのかよ。


「……皆さんの前ではちょっと恥ずかしいですけど、二人きりの時だけ、……その、呼び方を変えても良いですか……?」


 ……なんか、くすぐったいけどな……。けど、それが菊花にとっての一歩になるなら、喜んで協力しよう。


「龍と眷族。主人と従者という関係は変わりませんけど、もう一度ツバサさんとの関係を作り直したいんです。……ダメですか……?」

「ダメなわけないだろ。……なんなら旦那様とかでもいいんだけど」


 なんて言ったら、ボウっと菊花の顔色が染まり上がる。


「……んな……っ! ななななな、なにゃにゃにゅにょ……」


 菊花の言語中枢がイカレた。まったく、壊れやすい乙女だよ……。


「ともあれ、よろしくな、菊花」


 俺が梯子に手を掛けて、振り向くと、


「はいっ!!」


 菊花は魅力的すぎる笑みで俺に返事をくれた。

 本当に、俺にはもったいないくらい可愛い従者だよな……。


 そして、翌日。

 目を覚ましたナズナと共に小屋を飛び出した俺たちの耳に入ったのは、町の中央を駆け抜ける馬の蹄の音だった。

 ん……? あの馬の背に担がれてるのって……確か勇者一行の女術士だったよな。あのけしからんおっぱいの。

 ……なんか猿ぐつわされてね……? あれ……?

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