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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第八羽【魔途進行】⑤

 菊花とアリシアが門を潜ると、そこからは空気が変わったかのように静かな空間が広がっていた。

 周囲には誰もいない。先程門から十人に満たない程度の兵士たちが現れたにも拘わらず、だ。

 魔王と呼ばれた魔族の、思惑が分からない。

 どうしてそんな少人数で表に現れた? 勇者を倒すのであればもっと多く集めても良かったはずだ。

 それに何故、今このタイミングで現れたのだろう。

 これは予期された大きな侵攻ではないはずだ。魔王側から見ても対応すべきほどの大きな案件ではないはずだ。

 僅か十人にも満たない数の侵攻では魔物にだって手を焼く。ましてや門番だって控えているのだから、門前払いは確実だった。城に籠って遠隔攻撃で迎え撃てば簡単に追い払えたはずなのだ。

 にも拘わらず、出迎えた。それどころか魔王自体が関所まで出張して戦線に出るなどと、どうにも定石からはかけ離れている。

 ……魔王の目論見が分からない。一体、何を考えている? どういう行動原理を持っているのだろう。

 それに……。


 アリシアは周囲を見渡した。

 門扉は修繕されているようだ。粉々に粉砕されたと聞いていたのに、それはしっかりと修繕されている。

 元通り、というほどではなさそうだ。というのも、よくよく見れば、慌てて補修したかのような慌ただしい工事の痕が見受けられるようだ。

 魔王の進撃から、およそ数ヶ月は経過している。その間に急ピッチで修繕されたと考えれば辻褄は合うだろうか。


「……いや、そんなことより……」


 こうして関所内部に侵入できたまではいいのだが、そのあとの行動をあまり考えていなかった。

 まずはツバサの動向を探らなければなるまい。

 彼が何処に捕まっているのか。迅速に対処しなければツバサも危ないし、菊花だってある意味危険だ。

 それに、こうして侵入したことはいずれ敵にだって知られることだろう。こんなところで立ち往生している時間はない。


「……さて。どうしたものか……」


 独りごちるアリシアの隣で、菊花が鼻をすんすんと鳴らしていた。……なんの真似だろうか。……イヌ?


「……ツバサ様の匂いがします。……アリシアさん、こっちですっ!」

「いや、そんな馬鹿な……。っておい、キッカ殿!」


 そんなツッコミも菊花は何のその。その行動は、噂に聞く極東に住まう伝説の隠密、ニンジャのように速かった。


「ちょ、ま……ッ! キッカ殿っ!」


――


 崩れた瓦礫を眺めながら、シェリーは忌々しそうに呟いた。


「アンタ、……またやってくれたわね……」


 シェリーの傍らでミケがわざとらしく肩を落としていた。


「にゃははー……、済まにゃかったにゃ」

「……アンタも少しは反省するっていう言葉を覚えたらどうなの……?」

「ぜ、善処するにゃ……」


 シェリーは頭を押さえて大きく溜息を吐いていた。

 ニンゲンは結局逃がしてしまった。そのうえ、緊急補修中の関所の壁を崩壊させてしまっている。面倒な始末書の提示は免れないだろう。

 そんなやりとりの傍では、ビリーが状況を検分していた。


「……城下町に入られた以上、捜索は困難だろうね。あとで追手は差し向けるとして、とりあえずは……」


 ビリーは振り返って、仲間たちを見る。それぞれに消耗は少なくない。特に……。


「……にゃははー。そろそろ、休んでも良いかにゃー……」


 ミケはふらふらと座り込んでしまう。先程の全力モードで充電切れになってしまったらしい。

 彼女は全力を出せば将軍クラスの魔法を使える。しかし燃費が悪いのと、気分屋でいつでも発揮できないという理由から現状そこまでの地位はない。あと、他にも性格的な面も考慮されているのだろうが……。

 ビリーは暗い町並を見やる。

 このまま追い続けることも可能だ。が、向こうもそうだが、こちらも疲弊している。その状況で追い続けるメリットと、デメリットを計算すれば、あとは他の連中に任せるほうが筋だろう。

 なにより……、他にやるべきこともある。


「……さ、戻って報告書を書き上げよう。将軍に指示を仰がないと……」

「バカねー、それは始末書っていうのよ……」

「将軍のはお小言とも言うにゃー……」


 仲間たちはそんなことを言っているが、無理に逆らおうとは思ってはいないらしい。

 三人はすごすごと建物の中へと引き返した。


――


 ……そんなやりとりを、影から見守る人物たちが二人……。


「……今の、あの時の魔族の方たちでしょうか……」

「……そのようだが……、追わなくていいのか?」


 街灯もないくらいに寂れた城下町を眺めながら、菊花は首を、ふるふる……と。


「今はツバサ様を探すことが先決です。さぁ、近いですよ。急ぎましょうっ!」


 アリシアはそれに頷くと、瓦礫を跨いで外の暗がりへと身を乗り出した。

 菊花の案内は迷いがない。まるではっきりとその場所を知覚できているかのように進んでゆく。

 町並はそれほど発展しているふうではない。関所の城下町だ。明るい時間帯なら通行する行商などの馬車で賑わうのだろうが、夜には人はほとんどいない。昼と夜では町は全く別の姿に成り代わる。

 もし、市場が開かれるのなら、元気になった菊花とツバサと、皆で買い物をしてみたいものだ。アリシアはそんなふうに考えていた。

 けれど、首を振って、その考えを否定する。

 今は、魔王が占拠しているのだから、それも望めない。そんなことに今更ながら気づいてしまう。

 魔王が居座る限り、今日も明日も明後日も、賑わうことはないだろう。そう思うと、どこか寂しい気持ちを抱くアリシアだった。


 と、菊花がその足を初めて止めた。

 その顔には緊張と喜びが混じり合った複雑な表情が浮かんでいる。

 いや、……喜びを隠し切れてはいないようだ。喜の色のほうがより強く表出している。思わず、アリシアも微笑んでしまうくらいに。


「……ここです。ここにツバサ様がいます。……間違いありません」


 そこはとある一軒家の隣、倉庫にでもなっていそうなあばら屋だった。

 ……人の気配は、感じる。ようやく……、ようやく逢える。そう思うと、自然、身体が軽くなってゆくようだった。

 菊花とアリシアの過酷な二人旅はそうして幕を下ろしたのだった。


――


 失敗した回数は数知れず。

 しかし散々の失敗を繰り返せば、経験値は溜まり(この世界風に言うなら熟練度だが)、物事は達成しやすくなる。

 何度も挑戦した結果、資材は底を尽きかけていたが、どうにか実を結んだと言えるだろう。

 俺は、ようやく完成した傷薬を手に、胸を撫で下ろしていた。

 俺の隣には、肩で息をする少女。苦しそうに顔を朱に染めている。傷が熱を持ってしまっているのかもしれない。


「おばさんも、ありがとうな。わざわざ部屋を使わせてくれて……」

「ふん、ただの気まぐれだよ。夜が明けたら出て行くんだね。後始末も挨拶もいらないから、とっとと終わらせとくれ」


 俺たちに休む場所を提供してくれた親切な魔族のおばさん(ちなみに猫耳)はそれだけ言うと、戸を閉めて行ってしまった。

 使ってない小屋だから好きにしな、と言ってくれた実に親切なおばさんだ。

 ちなみに猫耳なのに「にゃー」とか言わないのかなぁ。ちょっとそれだけは不満だ。ファンサービスを知らない人だよな、まったく……。

 まぁ、40過ぎてそうなおばさんに「にゃー」とか言われてもちょっと引くけどさ。ドン引きだけどさ。「17歳です」くらいだったら、おいおい……で済ましてやるけども。


 そんなおばさんへのツッコミはさておき。

 ようやく完成した傷薬だ。ちゃんと魔力が込められたので、パァー! っと、眩い光りが発されて完成している。無論効果は保証済だ。

 さて、こいつを……どうしようか。

 見てみればナズナは、頭以外にも怪我をしているらしい。まずはそこにもこの薬を塗りたくってやらねばなるまい。

 頭はそ~っと塗った。案の定、そこは出血が一番大きく、薬を塗ったあとに、包帯代わりにボロ布を巻いて止血をした。どことなく、ナズナの寝顔が穏やかになったような気がする。

 さて……。それから手足に薬を塗ってゆくのだが……。ちょっと待てよ。

 お腹や肩からも血が出ているようだぞ……? ちょっとこれは服を脱がしてみないと全部見えないかもしれん……。

 しかし……。だがしかしだ。

 相手は女の子だ。まだ9歳とはいえ、相手は女の子だ。その服を脱がして薬をぺたぺた塗るなんて、ひょっとしてかなりまずいんじゃなかろうか。誰かー、おまわりさんこの人です!

 いやいやいや、ちょっと待て! ちょっと待ってくれ!

 かといって、このまま見て見ぬ振りをするのはどうなのだろう。確かに一番危険そうな部分の処置は終わっている。だがしかし! まだ彼女は怪我人なのである。それを放っておいていいものか! それを紳士として黙認できるのか!

 否である! 断じて否であるッ!!

 つまり俺は、大人として、仕方なく、致し方なく、少女の裸を検分し、その傷口に傷薬を塗りたくらなければならないのである。

 これは義務である。義務なんです。幸福なのは義務なんです。幸せですか?

 そんなわけで、俺は、ナズナの上着に手を差し伸べる。

 ずれた上着から、白くて柔らかな肌が露出している。ごくり。俺は生唾を呑み込む。

 だが、俺は止まるわけにはいかないんだ。ナズナのために心を鬼にして、俺はこの衣服を剥ぎ取らなければならないんだ。

 恨むなら恨め。憎むなら憎め。俺は未来永劫呪われたって構わない。彼女を救えるのなら、俺は何にだってなってみせる!

 掴んだ上着を上へずらし、ずぼっと引っこ抜く。俺は自然ナズナをマウントポジションで捉えていた。

 見えた! ……どころの騒ぎじゃない。丸見えである。丸見えのモロ見えである。略してマルとモロだ。

 しかもワンピースタイプの上着だったから一気に下着姿である。脱がすのが大変だったけど、そのあとの光景は一気にR18だ。

 ……なんて言ったが、もちろん9歳だから、上には下着なんかないので、スッポンポンの状態。下には貧乏人ゆえに麻っぽい生地のパンツ。

 そして眼前に広がるは無垢なる白雪の大地。汚すことを躊躇わずにはいられない純白の肢体。

 よくよく見ればお尻から生える尻尾が銀色に輝いているわけだけど、あまり風呂にも入れていないので少しそこは灰色っぽくくすんでいる。

 さすがに欲情はしないぞ。だって相手は9歳だし、しかし、ちょっとした感動を覚えたことは確かだ。

 ……さて。

 ああ、そうだった。傷を治療せねば。

 俺は傷薬を手にとって、ナズナのちょっと痩せぎすなお腹に手を乗せた、その瞬間。


 バターン!!


「ツバサ様、助けに来ましたよ! 絶対に、私がツバサ様を……救って……。…………あれ?」

「ツバサ殿! 其方を救うため、私も……って、…………おい」


 ………………………………。


 いや、その……なんだ。皆無事で良かっ


「ナズナさんが貞操的な意味で無事じゃないですぅーー! ツバサ様のエッチぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

「どぶろっくッ!!」


 俺は某お笑い芸人みたいな断末魔を上げて、その場に沈んだ。

 こうして、悪の変態大魔王は成敗されて皆幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

 ……なんてな。

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