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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第八羽【魔途進行】④

 ただ闇雲に短剣を振るう。

 不安を追い払うように、両腕に力を込める。

 剣戟は、残響を残して、脳裏に響いた。

 血の臭いが、記憶を刺激する。

 かつての記憶を、呼び覚まそうとしている。

 それを、振り払うようにして、菊花は全力で攻撃を続ける。

 普段は上げないような怒声を上げて、敵陣へ斬り込んでゆく。

 相対する魔物たちは、一撃のもとに倒れ伏している。

 屍体が、量産されてゆく。

 腕を振り、斬り捨てて、命を刈り取る。

 ただ、その作業を続ける。

 一心不乱にその作業に没頭すれば、きっと思い出さなくて済むだろう。

 ……そんな、甘い幻想はすぐに打ち砕かれた。


 ――聞こえる。


 断末魔だ。殺めた命が、呪いの声を上げる。

 怨嗟を叫び、絶叫している。

 耳が割れそうなくらいの爆音だ。

 これは、幻想なのだろうか? それとも現実……?

 分からない。ただ、腕を振るい続けるだけだ。それしかできない。

 それだけの存在に成り下がれば良い。

 ……それだけの、道具に……。


『君は道具なんかじゃないよ』


 頭が痛い。猛烈に痛む。

 封印したはずの気持ちが、浮かんでは膨らんでいく。

 どうしたらいい? 分からない。

 この想いをどう消化すれば良い?

 どう足掻こうとも、相手がここに居ないのであれば、解消の手段などない。

 膨らみ続けた想いは、消えることなく胸中を満たしていく。

 風船のように、圧迫されているのが分かる。もう、飽和状態になっているのだと判る。

 だが、どうしようもない。どうしようもないのだ。

 ここには、ツバサ様はいない。


 ――どうしたらいい? ……このままじゃ、私は……ッ!


――


 勇者たちと築いた戦線は、魔物たちと交わり、様子は混戦へと移り変わっていた。

 勇者たちの戦いはさすがの一言だった。アリシアはそれには胸をなで下ろしていた。が、それは気持ちの半分だけだ。

 もう一方の気持ちとしては、不安が募る。……それは菊花の戦い方にあった。

 今までの菊花は敵陣に迂闊に攻め込むことはなく、一度距離を取り、隙を見つけては攻め込み、一撃離脱で敵を沈めてゆく。そんなパターンだった。

 その戦い方は、敵陣に斬り込み大槍で掻き回すアリシアとは相性が良く、いつも頼らせてもらっていた面も大きいのだが、今の彼女にはそれだけの余裕すらない。

 恐らく周囲は見えていないだろうし、一度退避するという選択すら思いついていないように見える。

 闇雲に戦っているだけだ。それが悪いとは言わない。だが、すぐに限界が訪れるはずだ。その時に、すぐにフォローに入らなければ、きっと……。

 アリシアは、素早く動き続ける菊花に足並みを合わせて、慣れない歩調で前進を続けるしかなかった。


――


 心を休める隙もなく、菊花は敵を屠るだけの道具と化していた。

 というよりも、一息でも吐こうものなら、途端に感情が支配されるのではないかという恐怖に突き動かされていた。

 一瞬でも手が空けば、嫌でも考えざるを得ない。……ツバサ様のことを。

 そうなれば、もう攻撃どころではない。敵陣の真ん中で泣き叫んでしまうだろう。

 どうして泣きたいのかも分からない。ただ、きっとそうしてしまうだろう。そんな予感だけが脳内を支配する。

 周囲の敵をあらかた仕留めたら、今度は魔法を発動する。自分に対する援護を張るためだ。

 風の魔法が、攻撃力と速力を高めてくれる。それが次の一撃の威力を高め、次の一撃への効率を上げてくれる。

 そうしてまた、敵を屠るだけの作業へと戻る。

 だが、如何に速度を上げたところで、攻撃を全く受けないということはない。

 致命的なダメージこそは避けているものの、些細なダメージは無力化できない。

 そのダメージは少しずつ蓄積されてゆく。ダメージの蓄積は少しずつ動きを鈍らせる。鈍った動きは被弾の確立を上昇させてゆく。

 菊花は、徐々に自分が死に近づきつつあることを自覚していた。


 死。

 自分はばらまく側だった。今は自分が一番死に近い。

 少し滑稽で、どこか愚かしい事実。

 いつも死は身近にあった。それがもっと近くなった。ただ、それだけのこと。

 死。

 死ぬことは怖くない。いつだって目を閉じればそこにあったものだから。だから、何も怖くはない。

 だが、死ねば逢えなくなるだろう。きっと二度と逢えない。もう、あの人と――。

 胸が痛い。頭が痛い。息をするだけで苦しい。吐きそうになる。

 何なのだろう。これは……。どうしてこんなにも、辛いんだろう。

 菊花には理解できない。いや、本当は分かっているのかもしれない。分かっていてそれに気づきたくないだけなのかもしれない。

 ただ、死にたくない。そんな衝動が心の奥から沸き上がるのを感じる。

 死にたくない。その想いが、身体を高ぶらせ、魔法を紡ぎ出す。

 魔法は、死に近づくことで徐々に姿を変えていった。

 無色透明な風は、黒い波動を伴って、菊花に追随する。

 黒色に染まった風には、より大きな威力向上と速度向上の効果が伴っていた。


 ――良かった……。これでもっと、殺せる……。


 菊花は口元に小さな笑みを浮かべていた。


 魔法の発現法式にはいくつかの種類が存在する。

 ひとつは、術式演算。

 全ての現象には理由、原因が存在している。そしてそれらは式で表現することができる。

 現象は数式であり、命令文であり、プログラムである。

 それを魔法を使う装置や機関に打ち込むことで魔法を発現させることができる。

 そして、もうひとつは想起演算。

 想いが起こす魔法だ。

 現象を理解する必要などない。炎がどうして燃えているかを知る必要などない。

 ただ、燃える様子も思い浮かべることでそれを発現させる方式。

 より直感的で分かりやすい魔法だが、想いが作用する分細かい調整が難しい魔法だ。

 今回、菊花が編み出したのは想起演算による魔法だ。

 菊花がより強く死を感じることで、風の指向性が高まり、精度が向上している。

 結果、風は密度を増し、黒く変色している。

 まるでそれは、菊花の抱く闇を具現化させたかのような禍々しい現象だ。

 しかし、そうして編み出した魔法が勇者一行の手助けになった部分は大きく、魔物たちの群れは押され始めていた。

 もう少しで城門へ辿り着ける。そんな距離まで行き着いたところで、情勢は更なる混乱へと陥れられることになる。

 門が開き、軍勢が現れたのだ。その数は決して多くはない。だが、その装備や士気は並のものではなかった。

 何より、その圧倒的な気配は、世界を揺るがしかねないほどのものだった。

 勇者は剣を止め、魔物ですら、戦うのをやめていた。

 やがて訪れるのは一人のものとは思えないほどの堂々とした大音声。


「雑兵共は等しく無に還れ! 我は魔王であるぞ!!」


 黒い鎧の大男があろうことかそんなことを宣ってみせた。

 だが、その凶暴な気の奔流は、間違いなくそれが魔族の王であることを証明していた。


 そこから一気に事態は急変した。魔物たちは一瞬で刈り取られ、勇者一行も防戦一方となる。

 数では平等だろう。魔王一派も勇者一行も精々十人前後の集まりだ。

 だが、その練度は圧倒的に魔王の側が押していた。勇者がすぐに退避を命令する。

 アリシアがそれに頷くが、菊花はそれに従えない。

 ここで退けば、また当分の間ツバサ様とは逢えなくなるのだ。そんなものは耐えられない。


「そんな……ッ! ツバサ様!! ツバサ様ァーーッ!!!」


 菊花は慟哭した。届かぬ門扉へその細い手を伸ばす。

 アリシアはそんな菊花の様子には気づいてくれたようだった。

 だが、勝てるわけもない。それでも、ここで退くわけにはいかなくなった。

 せめて、……この門を抜けるまでは。

 勇者が一人、頷いてみせた。ジェラルドがそれに応じ、特攻を掛ける。


「勇者が時間を稼いでくれている。関所を越えるなら、今しかないぞ、キッカ殿!!」

「……ありがとうございます、皆さん!!」


 勇者が果敢に攻め込んだ。その一撃は魔王を名乗る者へとまっすぐに振り落とされる。

 無論その刃は受け止められるが、すぐに反撃へ転じられるということもない。

 その場は鍔迫り合いへと移行し、戦場は僅かな間硬直していた。

 その隙をついて全力で走り抜けた菊花とアリシアは閉まり始めた門を辛くも潜り抜けて、どうにか門の内側へと滑り込むのだった。


 門が閉まるのを見届けながら、勇者アルスは魔王と対峙していた。


「……しばしの間、踊ってもらうぞ、魔王……」


 魔王は黒い外套を翻しながら嗤う。


「……退屈な舞踊なら斬り捨てるぞ、勇者とやら」

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