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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第二羽②

 一通りの装備を調えた俺たちは、寂れた村を発つことにした。

 俺の装備は革の鎧に腰から下げた鉄の剣。それ以外は普通の普段着だ。っていうかこのファンタジーな装備にジーパンとTシャツってのはダメだろう。「無駄遣いはいけませんよ! めっ!」とか菊花に言われたので癒されて首肯してしまったが、そこは断固拒否しておくべきだった。完全な失敗だ。失敗したコスプレみたいな格好で、俺は街道を歩いている。

 菊花はというと、先導して歩いているが、その後ろ姿はなんとも楽しそうだ。

 ……大好きなツバサ様と一緒だからなのかね。少しズキンと胸が痛むが……。


「この世界の戦闘システムを把握するためにも、最初は私が倒しますから! 魔物がいても安心してくださいね!」


 菊花は振り返るとそんなふうに言った。

 ありがたい限りなんだが、それでいいのか? ……と思わなくもない。

 女の子が率先して戦って、俺は指くわえて見てるだけってのもなぁ。

 ……まぁ最初くらいは様子見でもいいか。


「……むっ! 来ましたよ! 敵の気配です!」


 菊花が動物的な勘を発揮させて魔物の接近を悟った。ゲームやマンガでよく見るけど、どういう感性してるんだろうか。

 現れたのは……、ウサギだな。

 凝視すると、ウインドウが表示される。なになに……。


〈まるうさぎ(白)〉


 なんかのマスコットみたいな白くてまんまるのウサギがそこにいた。……なんか可愛い。

 ウサギらしくというべきか、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねているが、その挙動はどちらかというとスライム的だ。だって手はおろか足すらついてないし……。

 これ、絶対哺乳類ではないだろ。明らかに軟体動物とかの一種だ。絶対骨とかない。

 しかし、その赤い瞳はつぶらだ。特徴的な耳もピンと伸びていて、外見はウサギらしいといえばらしいのだろうか……。

 ……絶対にリアルに居てはいけない生命体だ。それだけは分かる。


「はぅぅ……、ツバサ様……。困ったことになりました……」


 菊花は何故か、困り顔……。というか目尻に涙すら浮かべている始末。

 ……この不思議生命体の何がどう困るというのか。

 なんなら蹴りの1、2発で仕留められそうなんだけど……。


「私、こういう可愛い系の魔物は倒せないんですよ……」


 そう呟く菊花の目はどこか恍惚としていた。

 ……おい。


 まるうさぎは比較的温厚な生き物のようで、見掛けるや否や襲い掛かってくるということはなかった。

 いっそそのほうがこちらとしても対応をしやすかったというのはあるんだが……。


 菊花は完全にほだされてしまっていて、「怖くありませんよ~」とか声を掛けている。

 まさか仲間に引き入れるつもりなのだろうか。

 ……っていうか、そういうのできるの?

 まぁ確かにゲームによっては魔物を仲間にできたりするものもあったりするし、一概に捨て去っていいアイデアだとは言わないけれど……。


「はぅ……可愛いですぅ……。お持ち帰りしたいですぅ……」


 お前は竜〇レナか。……絶対にこいつに鉈だけは装備させないようにしたい。いやマジで。……トラウマを彷彿とさせられるな。

 ……それから小一時間ウサギとじゃれ合って、菊花がウサギを抱っこできるようになった頃、突如ピクリと耳を震わせて、まるうさぎは逃げていった。

 菊花もさすがに逃げるウサギを追いかけるような無粋な真似はしなかった。

 少し物足りなそうに後ろ姿を見送ってから、菊花は言った。


「さぁ、遊んでる暇はありませんっ! 行きましょう、ツバサ様っ!」


 ……殴るぞ。この能なしが。

 ……とはいえ、気掛かりもないではない。

 だから、急ぐというなら賛成だ。……少し嫌な予感もすることだし。


 だが、そこからほんの数歩移動しただけで、俺たちは再び立ち止まることになる。

 次に現れたのは大量のまるうさぎだ。白に茶色にピンク。いろんな色がいるものだが、それよりも深刻なものがいる。

 だから、菊花も今度ばかりは闘志をみなぎらせている。

 初めて見る戦闘態勢の菊花だ。

 そして……。


 まるうさぎを蹴散らしながら現れたのは野生のオオカミのような生き物。

 注視すると、やはりウインドウが表示される。


〈フィールドウルフ《ラビット・イーター》〉


 名前が二つ表示されているのはどういう意味なんだろう。

 まぁ、それはともかく。名前からこいつがどういう生き物なのかは何となく分かる。

 ラビット・イーター。ウサギを喰らう者。

 獰猛な牙は肉を狩るために。強靱な前脚は獲物に追いつくため。

 そういう進化を遂げた生き物なのだろう。

 まぁ、当然の自然の摂理なのだろうが。

 だが、彼女にとっては違う。

 彼女は、菊花は。


「……許しません。絶対に、許しませんからっ!!」


 ゴゥ、と唸るオオカミの身体へ、恐れもせずに突っ込む菊花。

 オオカミの身体は肉薄すると存外にデカイ。2メートルはないだろうが、それに近いサイズだ。人間など食い殺せる大きさ。

 情けないことに俺は一歩も近づけない。当たり前だ、怖いに決まってる。

 だが、菊花はその鋭い爪を躱し、オオカミの腹を斬りつける。

 菊花の武器は、短剣か。

 拙い武器のようだが、切れ味はかなり鋭いらしい。飛び散った血の量がおびただしい。

 しかし、オオカミのほうも負けてはいない。恐らく骨すら噛み千切るような大顎で菊花へ襲い掛かる。

 その凶悪な顎門と少女のシルエットが重なり合うとき、俺は自然と目を背けてしまう。

 けど、予感したような少女の悲鳴はついぞ聞こえることはなかった。

 視線を戻せば、菊花は飛んでいた。

 跳ぶーーよりは飛ぶに近い所作で。高々と、飛び上がっていた。

 オオカミの犬歯は何を引き裂くでもなく、空を無駄に切って。

 そして、少女は自由落下の状態から更に加速して、着地した。


「飛燕、烈爪陣……!」


 地面に無数の斬閃が刻まれる。それは、目にも留まらぬ攻撃の名残だろう。

 くぅ、と最期に啼くと、オオカミはそのまま力なく倒れた。


「……あなたが奪った命の重さを、噛み締めながら逝きなさい……!」


 そんな決め台詞を吐いた菊花。

 奪った命の重さっていうのはたぶん、可愛い生き物を殺したことに対して言っているんだろうな。そう考えるとなんだか……。

 格好いいけど格好悪いな、この人。


「……いなくなっちゃいましたね、シロ……」


 いつの間に名付けまでしていたんだろう。

 さっきの白いのはあいつの気配に気づいて逃げ出したんだろうな。

 散り散りになってた仲間たちはいつのまにかどこにもいない。まぁ屍体が残っていないんだからどこかで生きていることだろうけど。


「あ、そういえば」


 菊花は思い出したようにこっちを向いた。

 なんだか菊花の顔を見るのも久々な気がする。さっきからちっとも相手してくれないもんだから。


「ツバサ様、さっきの戦闘で、経験値って入ってましたか?」

「……いや? 入ってないと思うが……」

「やっぱり……。パーティ申請がまだだったみたいです。……申し訳ありません。私が付いていながら……」


 どうやら、菊花には経験値がしっかりと入っていて、俺には全く入っていなかったということらしい。

 まぁ全く戦いに参加していなかったから、当然っちゃあ当然なんだが。

 すると、ポン……とホログラム状のメッセージが空中に表示される。


【キッカをパーティに加えますか?】

【YES/NO】


 YESをタップすると、【キッカがパーティに加わりました!】という文章が現れる。

 これでパーティ結成か。


「これでツバサ様にも経験値が獲得できるはずですよ! 早速試してみましょう!」


 菊花がまたも手を引くので、俺は振り回されるように走り出すしかなかった。

 ……あのウサギもいつか、パーティに加えられたらいいな。……なんとなく俺はそんなふうに思うのだった。


そういえば菊花。今ふと思ったことなんだが……。


「なんでしょう、脳内ではわりと私に暴言を吐いていたツバサ様?」


え、なに? なんで知ってんの? っていうか、ひょっとして根に持ってる系?

こらこら、ナイフをチャキチャキ言わすんじゃありません。めっ! ですよ、めっ!


「いやぁですねぇ、ツバサ様。ジョ~ダンですよジョ~ダン♪」


怖い怖い。目が笑ってないんだよなぁ……。

まぁ、とにかく気になったことなんだが。

〈まるうさぎ〉ってさ。どうしてこいつだけカタカナじゃないんだろうな?


「表記の話ですか? それ、そんなに気になることです?」


えぇ? そんな俺が変なこと訊いたみたいな空気出すのやめてよ。

いや、だっておかしいじゃん。他の生き物はみんなカタカナじゃん。

なんでこいつだけカタカナ? ナンデ?! ニンジャナンデ?!


「そんな何処ぞのモブキャラみたいな訊き方されても困りますけど……、そうですね。じゃあまず、ひとつだけ勘違いを正させてください」


かーんーちーがーいー?


「どうしてそんなにモジモジしながら訊き返すんですか? 今日は一体どんなテンションなんですか? えぇっと、とにかく。まずその、ひらがなかカタカナかという話なんですが……。実はそれ、感じ方の違いなんですよね」


……? 受け取り手の違いということか? 誰が聞いたかによって千差万別ってこと?


「以前も話しましたが、私達の会話は〈人語解訳〉というスキル、もっと言うなら伝達コミュニケーション系のスキルの熟練度によって行われているわけです。そもそもこの世界においては言語を解釈するというよりは、スキルによって生み出された言語をスキルによって理解している、ということになります。なので、言語を理解している、というよりは言語を通して相手の感情や意思を受け取っている、というほうが適切な表現なんです」


……というと?


「もう少し砕いて言うなら、スキルさんという翻訳者がツバサ様用に言語を翻訳してくれている、という感じです。だから、ひらがなかカタカナか、というニュアンスの違いは人によるんです。ツバサ様の言うニュアンスの違いは分からないでもないですが、結局はスキルがツバサ様用に変換したものなので、そこに深い意味はないですよ。あるのはただひとつ、〈まるうさぎ〉は魅力的な生き物であるということと、まるうさぎ牧場は絶対に必要な施設だということです」


そうか。よく分かったよ。


「……さすがツバサ様です。理解が早くて助かります」


……(菊花が〈まるうさぎ〉に異常な執着を見せているということがな)。

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