第七羽【魔徒信仰】⑧
ナズナは不器用な人間だった。
喋ることは苦手で、昔から感情表現が得意ではない。
素直に笑ったり、怒ったりできない。大きな声で同意することすらできない。
いつも仲間たちの影でひっそりと佇むだけだ。傍らから眺め、遠巻きに見つめる。
そうすることで仲間であるかのような錯覚に陥る。共にいるのだと思える。
ナズナにとっては、それが仲間だった。
家族というのは、そういうものだと思っていた。
唯一の例外は、ばあや。
あの人だけが本当のナズナを見てくれている。けれど、いちばん遠くにいる人でもある。
年齢は遠くて、物事の感じ方も、どこか違う。一緒に笑うことは少なくて、一緒に遊ぶこともない。ばあやはお金を稼ぐため、そして、孤児院を守り抜くために日々戦いを続けていた。
それはナズナには代われないことだった。けれど、せめて手伝いたい。傍で役に立ちたい。そんな一心で魔法を習得した。
才能はあったらしい。ばあやは嬉しそうに色々なことを教えてくれた。孤児院でいちばんの術士になるのはそれからすぐのことだった。(もちろん、ばあやを除いてのいちばんだが)
だが、それで全てが上手く回るほど世の中はシンプルではない。
ナズナには友達がいなかった。
生来の口下手や、感情表現の苦手さもあったとは思う。だが、魔術の才能もまた、仲を引き裂く要素の一つであった。
どこか羨ましがられ、どこか疎まれ、どこか妬まれ、またどこか怪しまれてもいた。
特別な子供たちが集められた孤児院で、更に特異な存在。それがナズナだった。
それを受け入れてくれたのは、ツバサたちだった。
彼らだけが、自分を子供扱いしてくれた。仲間として扱ってくれた。
友達のように接してくれた。
それは、初めてのことだった。
ナズナは嬉しくて、初めてニヤニヤと笑ってしまった。どうしても笑顔が零れて零れて、どうしようもなかった。
自己承認。ただそれだけのことでこんなにも満たされるとは。
だから旅に出るのは必然だった。出ずにはいられなかった。
もう、そこでしかナズナは生きられないのだ。そんな気持ちを、抱いてしまった。
その気持ちが、それからどんなふうに育つのか、想像もつかないまま、ナズナは共に行く決心をした。
人が生きるのには、お金が必要だ。食べ物も必要だ。けれど、いちばん大切なのは、居場所なのだ。
そこにいるために、居続けるために、それ以外の全てを捨てる。深い意味も考えず、けれど、それしかないのだと知っていたから、ナズナはそれを躊躇わずに選んだ。
その選択を彼女が恨むことは、恐らくないだろう。
「さて……。まずは逃げ道を塞ぐにゃー」
猫耳の少女がそう言った。
すると、雷がひた走り、左右への道を塞いだ。
この時点で退路は二つ。門扉と殲滅。それだけだ。
しかし、どちらも困難だ。ナズナは勇気を振り絞るように、ツバサの外套の裾をきゅっと握った。
「僕は一つだけ、反省しているよ……」
少年はそう言うと、細剣を引き抜いた。鋭い切っ先は冷たく光っている。
ツバサがゴクリと唾を飲み下しているのが、聞こえた。
「僕は君たちを殺したくない……。けど、無傷で制しようとするのは愚弄しているも同じなんだね。……もう僕は悩まない。戦うなら斬る。それしかないのなら、殺すことだって厭わない……。だから、聞かせて欲しい」
「……は? 何を……」
「……君たちは、僕ら魔族の……敵なの?」
その言葉は、どこか怖い。ナズナはそう感じた。
ツバサも息を呑んでいるようだった。
やがて、絞り出すようにして、答える。
「敵か味方かなんて知らねーよ。けど、魔王は敵だ。この世界を混乱させてるのはアイツなんだ。それだけは、……はっきりしてる」
「そう……」
少年は目を閉じてそれを聞いていた。
隙だらけなようだが、距離もあるため近づけない。何より、敵意のない相手を害せるような度胸は二人にはなかった。
「やっぱ、こいつらは敵だにゃ! 魔王様の敵はウチらの敵にゃ!」
「そうよそうよ! 魔王様がいなきゃあたいたちの生活はドブ攫いのままだったんだから!」
「……そうだね。僕たちとは、相容れないようだね。……分かった。皆も、邪魔して悪かったよ。これからは全力を以て敵を屠る。勝ちに行くよ」
少年の気配が剣呑なそれになった。野生の獣のような鋭い気配に。
分かりやすいくらいに、殺気を纏った。
これから始まるのは、死闘だ。情け容赦ない殺し合いだ。
「それじゃあ、……行くよ。……遺言状の準備は良い?」
「……へっ! お前の分ならな!」
仕方なく、といった様子でツバサは挑発的に返した。それがなけなしの反抗心だった。
そうして、一様に走り出す5人。動きはそれぞれバラバラだが、無秩序な行動では、もちろんない。
魔族三人組はそれぞれに言葉を交わす。
「タイトルはどうするにゃー?」
「……『聖戦の夜明け』で行こう」
「……へぇ? 久しぶりに大暴れできそうね♪」
対するツバサとナズナも、声を掛け合う。
「……こっちは作戦名とか格好いいのはねえけど、この前のアレ、覚えてるか?」
「例のアレ、です?」
「そそ、さすがに優秀だなナズナ。で、頼めるか?」
「……がってん、です!」
ナズナが気前よく返事をすると、ツバサが少しずっこけるようにバランスを崩していた。
「まだ痛む、です……?」と訊くと「いや、……そうじゃないんだけど」と曖昧に濁された。
……シロに教わった格好いい返事は、どうやらあまり評判が良くないらしい。……おかしい。こんなに格好いいのに。
シロ本人はツバサのナップサックの中で丸くなっている。……今度どうしてなのか問い詰めてみなければ。
水流が、舞う。
まるで水が大きな蛇のようにとぐろを巻き、生き物のように自在に動き回りながら襲い掛かってくる。
回避の遅れたナズナだったが、その身体を抱えてツバサが横っ飛びに避ける。
水流は大地を穿ち、地面をのたうって再度牙を剥く。
それを躱しきれないと悟るや否や、ツバサは風で水流を受け止める。
水の勢いはそれでは止めきれず、二人して水を被ってしまうが、大穴を空けるほどの威力はない。しっかりと風で威力が減衰されている。
ふっ、と息を吐く時間すらない。鋭い剣がツバサの首元を狙っている。
すんでのところでビリーの剣を躱したツバサだが、体勢が崩れてしまっている。ナズナはツバサを守るように立ち塞がり指先から雷を放つ。
が、ビリーは剣を地面に突き刺したかと思うと、そのまま雷撃を受け止めてみせた。……効いていないのだろうか?
「……アースかッ!?」
ツバサが焦れたように叫んだ。
アース……? あれも魔法だろうか……?
そこから更に数度、水流と剣戟による波状攻撃がやってきた。
攻撃は辛くも避けてはいるが、余裕はなくなってきている。いずれ直撃は避けられないだろう。
だからこそ、早く……と、祈らずにはいられない。例のアレを実行しなければ……!
「……ナズナ! ……今だッ!!」
その声を待っていた。
ナズナは腕を振り上げると、溜めていた魔力を指先から解き放つ。
解き放たれた雷の弾丸は、敵の眼前で稲光を迸らせた。
「なに――ッ!?」
ビリーは居竦んで、攻撃の手を止めた。
……いける。やはりこのコンボは強いらしい。ナズナは手応えを感じていた。
風の魔術。それは空気を操る魔法だ。
ナズナは原理が良く分かっていないが、ツバサが魔術で空気を薄くし、そこへ雷撃を放つことで雷撃の威力が数倍に跳ね上がるのだ。
魔物と違い、魔法を使える人間には魔法の威力は通りにくいものの、この方法なら充分な威力が出せる。
もっと、もっと多くの魔力を込めて放てば、きっと――。
「ははッ! いけるぞ!! これが俺らの合体魔法だ! 喰らえ! ディバイン・ハンマー!!」
ツバサが合図した場所へ、ナズナが雷を放つ。
先程よりもより魔力を凝縮した雷弾だ。
魔法の規模は大きい。三人を巻き込んで稲妻が走り抜ける。
勝った――! そう、思った矢先……。
「舐めるにゃよ、糞餓鬼……!」
猫娘の、形相が変わった。
にこやかで怪しげな、面影はない。恐ろしく残忍で、残酷な顔立ち。ドス黒い殺気が励起している。
鬼のような――、否。鬼そのものが、そこにいた。
「生意気にゃ餓鬼は、……死ね」
比べものにならない。
ツバサとナズナが力を合わせて放った魔法よりも、更に大きな電撃が、もはや落雷そのものといった電流を伴って、刹那の瞬きの間に押し寄せてきた。
ナズナはツバサの前に立った。
そこには明確な意図などない。守る・守らない、そんな思考すら挟む余地もない。
ただ、全力で雷を生成して威力を拡散させようとした。
津波に立ち向かう細波の如く。打ち砕かれて、意識は閃光に呑まれた。
――
痛み分け、といったところだろうか。
敵の状況は分からないが、追ってこないところをみると、多少はダメージを与えられたと判断していいのかもしれない。
だが、しかし――。
俺は腕に抱いた少女の顔を見下ろした。
意識を失った少女は、痛々しい姿で眠っている。
吹き飛ばされた際に、どこかへぶつけたらしく、頭からは鮮血が滴り落ちている……。
最悪だ。最悪な状況だった。
俺はナズナを抱えたまま、この場を脱することにする。
どこか落ち着ける場所へ行って、ナズナを治療しなければ……!
俺には応急処置もできない。クソッ、アリシアに習っておけば良かったな。今更になってだが、自分の愚かさに腹が立つ。
所持品に薬はあっただろうか。ゲームみたいな世界だが、瞬時に傷が治るようなアイテムは聞いたこともないし、ナズナが作ってくれた傷薬も効果はそこそこでしかない。
ないよりはマシだが、今は処置を施す時間すら惜しい。
まずはゆっくりと治療できるような場所を探さないとな……。
そして……。
やや遠くだろうか……。
カンカンと鉄を打つような音と、足音が。そして、怒号のような声が聞こえる……?
――戦闘音か……ッ!
……どうする……? 様子を見に行ってみるべきか?
……いや、ないな。面倒ごとに巻き込まれるのがオチだろう。
奇しくもミケの一撃で俺たちは砦の外に放り出されている。
そうだ、ここは砦のようだ。となれば、この塀の向こう側へ行けば、菊花やアリシアに合流できるかもしれない。
が、そこから聞こえるのが戦闘音なんだ。巻き込まれるのはまずい。特に今はヤバイ。俺は腕の中の少女を見やる。
力なく横たわっている姿を見れば、答えは自ずと導き出される。
塀の外には、行けない……。
このまま、街に滞在して、ナズナを養生させるしかない。
敵地でどうやって養生するんだという問題もあるが、そんなことは後で考えればいいことだ。
今、この少女を救う方法は、それしかないんだ。
俺はナズナを抱える腕に力を込めた。
絶対に助けてやるからな……!
こんな弱くて情けない俺を守って、少女は傷ついてしまった。
だから今度は、俺の番だ。待ってろよ、ナズナ――!




