第七羽【魔徒信仰】⑦
気づけば。本当に気づいたらの話。
焼け焦げた臭いの充満する部屋で、男の衣服はボロボロになっていた。被らせた袋は、まだ視界を封じるという役割は担えているものの、身じろぎ次第で落っこちてしまいそうな不安定な状態だ。
その有様は、苛烈な拷問の後のように見えなくもない。
が、男の口元がふいに動いた気がした。……この男、……笑ってる?
見た目は確かに凄惨だ。悲鳴も痛烈で、それはさも痛々しい拷問を受けたかのようではある。
しかし、それは、本当にそれだけのことか?
たとえばの話として。
演技ではないのか?
わざとダメージを負った振りをして、誰かを呼び寄せようとしていたのではないか?
そういう考えもあったのではないだろうか。
だが、呼び寄せるとして、一体誰を……?
仲間……? それが一番有力だろう。だが、ここはそう簡単に侵入できるような位置にはない。来るにしてもまだ早すぎるだろう。
ならば、誰か。……ビリー?
こいつはこれを見越していた……?
わざと大声で悲鳴を上げ、ビリーを呼び寄せた?
そんなことしてどうなる? ビリーだってニンゲンに恨みを持っているのだ。自分を助けてくれる存在ではないことは考えるまでもなく理解できることだろうに……。
ならば何だ……? この男の目的は一体……?
だが、思考は途中で繰り上げざるを得なくなる。ビリーが気を逆立てている。
まずは彼を鎮めることのほうが先決だろう。男のほうはその後でも対処できる。
「おぅ、ビリー。まずは聞くにゃ。これは普通に尋問してただけにゃ」
「……服まで破いて、電気を流して、ね。随分と大掛かりな尋問だね」
ミケが押し黙っている。……この猫娘は本当に行き当たりばったりだけで生きている。もう少し気の利いた言い訳はできないものだろうか。
仕方ない。ここは助け船を出そう。シェリーは進言することにした。
「見た目が派手なだけで、ダメージはそれほど与えてないわよ。ミケはそれくらいきちんと加減してるわ。アンタが心配するような状態じゃないっての」
面倒極まりないが、ビリーも大切な仲間だ。きちんと説得して次に繋げなければ。そして、ここをどうにか乗り切って明日以降の拷問を如何にして行うか。……考えることは存外に多い。シェリーは頭を抱えたくなった。
「あれだけの悲鳴を上げていた人に、それほどのダメージがない、だって? 僕の耳はおかしくなってしまったのかな?」
シェリーは溜息を吐きそうになってしまう。どうやら本格的にメンドクサイムードになってしまっているようだ。ビリーは簡単に折れてくれない。
ミケもシェリーも上手くいかない苛立たしさに、少しずつ余裕がなくなってきていた。
「……つーか、仮に拷問してたとして、それが何だっつーのよ! こっちのこの子は魔族よ! きっと無理矢理言うこと聞かされてるに決まってる! 人質か何かがいるのよ! だったら拷問でも何でもやって、情報を聞き出さないと! あたいは魔族を救いたい! 誰一人だって失いたくないんだよ!!」
「……気持ちは分かるよ。僕にだって分かってる。……けどッ! 僕たちを苦しめたニンゲンと同じことやって救ったって、そんなの繰り返してるだけだよ!! 酷いことして、それで誰かが結果として救われたって……、そんなの正しくないよ!!」
「……じゃあ、アンタに何が救えんのよ! 多少強引にでも聞き出さなきゃ、得られる情報もなくなっちゃう! 助けられなくなるかもしれないんだよ!!」
「それでも! それでもだよ! ……僕たちはニンゲンと同じになっちゃいけないんだよ……ッ!」
そんな二人のやりとりを、ミケは遠巻きに見つめていた。
「……意見の多様性は大事にゃ。けど、収拾つかなくなるのもそれはそれで問題だにゃー。……で、ところで……」
ミケはそこで気づいてしまった。そこにあるべきものがないことを。
「……あの男は何処にゃ……?」
はっと振り返り、周囲を見渡すも、ニンゲンと魔族の少女は何処にもいない。
「……アイツも、あの子もいない……ッ!? ――やられたッ!?」
――
……色々と手は尽くしてみたんだが、どうにか上手くいって良かった。
それにしても、手錠が付いてるとメニュー画面が開けないんだな。そればっかりは本当に困ったものだった。
しかしまぁ……。――バキィ!!
手錠はミケの電撃を収束させ焼き切ったから、焦げた手錠は腕力だけで簡単に壊れた。
「ナズの電撃特訓のおかげ、です!」
ナズナが鼻息荒くしながら付いてくるが、本当にナズナの恩恵はでかいよな。
牢屋の中で電気対策をするために俺に対して電撃を放ってもらったんだ。そんな中、風の魔法の原理で雷魔法の流れる範囲をある程度操作できるようになったんだ。まぁほとんどぶっつけ本番だったけど、ナズナがいてくれなければたぶん感覚を掴めずに失敗していた算段が強い。だから、後は俺に対して優しくしてくれそうな犬少年に声が届くよう大袈裟に悲鳴を上げたのだ。風の魔法も併用してより遠くに届くように、な。
そこで仲違いしている間に逃げ出そうというのは結構場当たり的な手法だったけど、上手くいったのは良かった。まぁ完全に運ゲーだけど。
しかし、脱走は上手くいったとして、問題はそのあとだ。どうする……?
まずここは何処で、何処に逃げれば良いんだ?
地の利も向こうにある。追いつかれれば逃げるのは困難だろう。
身体能力は向こうのが上だ。魔術も上。経験だって敵いはしないだろう。
あるのはゲーム知識だけ。思い出せ。俺の得意なゲームのやり方を……!
俺はこういうとき、対人戦でどうしていた? どういうのが定石だ?
俺は辺りを見る。周りは石造りで、窓の類は見えない。飛び出して逃げ出すのは難しいな。
曲がり角は少ない。右往左往するように逃げて攪乱しようにもなぁ。
天井は……、高い。これを使えるか……?
だが、足掛かりになりそうなものがない。でっかいシャンデリアでもあれば身を隠せたかもしれないが、質素な作りの建物だし、なさそうだな。
……どうする……?
「待ちなさいよ!!」
三人組が追いかけてくる。が、以前のような脅威はない。合体魔法は使わないのか? ……あるいは、使えないのか……?
三人の仲を掻き乱した後だ。あるいは使えないかもしれない。とすれば、やはり逃げるチャンスは今をおいて他にはない。
「西風の舞手よ!」
ビリーから放たれた旋風が廊下を奔り抜ける。身体のバランスが崩されそうになるが、風の魔法ならこっちだって使える。
俺がビリーの真似をして放った風は、ビリーの魔法を掻き乱し、更には向こうの妨害にもなっているらしい。
そこへ……。
「あたしの番よ! 水蛟の餌となれ!」
水の槍が幾重にも分裂して襲い掛かってきた。石壁に穴が空き、ガラガラと瓦礫が崩れてくる。
俺はナズナを庇いながら石の雨の中を潜り抜けた。今のが本命……ではなさそうだが。
「詠唱省略、です。威力を抑える代わりに発動までが早いのが特徴、です」
俺たちは普段詠唱なんて使わないからそういうのは全く分からないけど、まぁ確かに走りながら詠唱なんかできないもんな。そういうとこ考えると、魔術師って意外に万能じゃないな。
なんて無駄話してる場合ではなかった。
「にゅっふふふー♪ ウチは無詠唱が得意にゃのにゃ。さぁ、くたばるがいいにゃッ!」
ミケの雷撃は風に乗り、水に伝わり、一瞬で俺たちに届く。
……が、対処法は、もう分かってるんだよ。
俺は風で電気が伝わりやすい筋道を作り、電気を逃がしてやる。それだけだ。今度は走りながらでもできた。人間の熟達の早さって時々並外れたものがあるよな。
このまま行けば逃げ切れる。……しかしまぁ、そう考えた瞬間に、大抵落とし穴があるもんだよな。世の中ってもんは、往々にして。
俺たちが辿り着いた場所は門扉だった。ここを出れば脱出できる。
んだが、しかし……。閉まってるんだよなぁ……、これってば。
開け方はあるんだろうが、重そうだし、人力では無理だろう。どっかに動かすための仕掛けがあるはずだが……。それを探す時間は彼らが与えてくれない。
逃げ道は……、なくはない。左右にそれぞれ道はある。が、窪んだ地形になっているためいずれにせよ三人組をどうにかしないことにはどうにもならない。
せめてもっと早く、距離が開いているうちに左右へ逃げていればもう少し結果は違ったかもしれないが、目の前にゴールが見えてるのに普通左右へ行けるか?
これは孔明の罠だ。恐ろしい限りだよ、まったく。
どうにかしてもう一度隙を作らないと……。だが、仲間割れはもう起きないだろうし、戦ってどうにかなるわけでもない。
参ったなこれは……。次回のタイトルはきっとあれだな……。
「絶体絶命!? ツバサ、死す!?」みたいな感じで一つ頼む。




