第七羽【魔徒信仰】⑥
ニンゲン。
その手に殴られたこと多数。振り上げられた拳は遠慮無く自らの身体を打ち据えるものだ。
ニンゲン。
その目は、自分たちを同族とは捉えていない。それどころか言葉が通じる分より辛辣な扱いを受けてきた。
ニンゲン。
その足音は恐怖を想起させる。ニンゲンは集まり暴力を働く。ひとりひとりはそれほど強くはない。が、圧倒的優位に立つと、その本性を露わにする。
憎い。憎い。憎い。大切なものを踏みにじられた。笑いながら奪われた。当たり前だと言わんばかりに酷い境遇に晒されてきた。それにずっと耐えてきた。
……何のため? ……決まってる。復讐のためだ。
味わった苦痛を、屈辱を、返してやるためだ。思い知らせてやるためだ。
そのために牙を研いだ。魔法という名の牙を研ぎ続けた。その結果が、この今のポジション。遊撃隊の一員としての、シェリーの立場を生み出した。
そして、今。復讐の機会が訪れた。
……だが、決して初めての復讐ではない。こうしてニンゲンと相見えるのは一度目ではない。
無様に泣き縋るニンゲンに、復讐の牙を突き立てる。最初はやり過ぎて、上司に叱られたような気がする。夢中だったから、シェリーはあまり覚えてはいないのだが。
それ以降、シェリーは拷問・尋問は禁じられている。シェリーとしてはあまり納得はいっていないのだが、今の立場を失うのはなかなかにもったいない。平時なら三食しっかり摂れるこの生活を捨てるのは勇気が要る行為だ。
それに、復讐ならミケやビリーにだって行える。それを見るだけでも溜飲は下がるだろう。
シェリーは思考を切り上げ、視線を上げる。
天井から吊された鎖。部屋の中央にはシャンデリアと形容するにはあまりにも物騒なものがぶら下がっている。
捕らわれた男は手首を鎖に繋がれ、頭には恐怖心を煽るための麻袋が掛けられている。脚は地面につくかつかないかのギリギリのところ。背伸びするように男はぶら下がっている。
男の前にはミケが立っている。腕を組んだミケの表情はここからでは読み取れないが、きっと楽しそうな顔をしていることだろう。ωみたいな口元が簡単に思い浮かぶ。
シェリーはもう一人の少女を捕まえている。一人称がナズだから、きっとそれが名前なのだろう。……いや、男が確かナズナと呼んでいたような気がしたか。では、ナズナが名前か。……まぁいい。
少女は未だに忠誠心が高い。それほどまでに庇うからにはやはり人質でも取られているのかもしれない。家族を人質にとって言うことを聞かせる、ニンゲンのやりそうなことだ。
男を助けようともがく少女を、シェリーは力尽くで押さえ込む。……あまり手荒な真似は魔族相手にはやりたくないが、抵抗されるなら仕方がない。ここで逃げられれば面倒なことになるのは分かりきっているからだ。
「……さて、一応改めて訊いておくけど、どういう企みがあってここへ来たのか。魔族を連れていたのか。白状する気はにゃいのかにゃ?」
「……何度も言ってるだろ。ナズナは仲間だ。ここへ来たのは……」
男は、少し言い淀んだ。目的は、なんだ? 話したくないというのか?
しかし、やがて観念したように男は告白した。
「……目的は魔王たちの情勢を探るためだ」
「……少しだけ正直ににゃったようだにゃ。……でも、もっと喋ることがあるはずだにゃ!」
バリバリッ!! と空気が振動する。ミケが電撃を放ったのだ。奇しくもミケとこのナズナという少女の得意魔法は同じだ。無詠唱を使えるというところまで。
だからこそ、シェリーたちは電撃に対する対策を知り尽くしていたし、対抗できたのだが、この男にはそういった準備はなかったらしい。……想像力まで貧相なようだ。実に愚かしい。
「バサ兄ッ! うぅ、放す、ですッ!!」
「嫌よ。……分かる? これもアンタに対する拷問の一種なのよ? あの男は死ぬわ。少なくとも戦闘は行えないくらいには痛めつける。そして二度と故郷の土を踏むことはない。だからアンタもあんな奴見限っちゃいなさい。……大丈夫よ、例えアンタが人質を取られて言うことを聞いているだけだとしても、アイツが死ねばそんな約束は反故になるでしょ? 違う……?」
「バサ兄ッ! バサ兄ッ!!」
少女の忠誠心は依然高い。……この男が死ぬくらいでは、彼女の鎖は外れない……ということなのだろうか。だとしたら面倒だ。この男の背後関係を洗って、人質を完全解放しないと、彼女は敵になり続けるということだ。
敵としては、脅威ではない。だが、同じ魔族が敵にいるというのはできるなら避けたい。魔族のために戦っているのに、魔族と戦わなければならないだなんて、矛盾している。
どうにかして、この男の持つ情報を全て奪わなければ……! シェリーは一人、焦りを感じていた。
「ゲホ、喋ること……? アンタらは俺から何を訊きたいんだ?」
「……詮索するのはこっちにゃ! てめえはウチらの質問にだけバカみたいに答えてればいいにゃ!」
バリバリィ!! 再び雷撃が男の身体を貫く。……少し焦げ臭いような……。やれやれ、ミケも加減を知らないらしい。そんなことを考えながら、シェリーの顔も僅かばかり綻んでいる。
男は情けなく悲鳴を上げている。口調は強がっているようだが、この調子ならすぐに音を上げることだろう。
ミケが電撃を止めると、男は肩から息をしていた。本当に弱々しい。所詮ニンゲンなんて、一人ではこんなものだ。集まれば恐ろしいが、個々の能力は著しく劣っている。
「……ハァ、……ハァ、……ハァ……」
「どうにゃ? 気持ちいいかにゃ? 続きが欲しいにゃ?」
ミケは随分とノっているようだ。いいな、あたいもやりたいな。シェリーは少しだけ拷問が禁じられている立場であることを恨んだ。
男のほうは、そろそろ限界だろう。さて、どんな泣き顔を見せてくれるのやら。シェリーは袋に収められたその顔を覗いてみたい心境に駆られた。
が、男は頭を振っていた。
「……ゲホゲホ、……ハァ……うぐ。……ああ、まだ……足りないな。……もっと……強くしてくれても……いいんだぜ?」
「……ほぉう。なら、遠慮せずに味わうがいいにゃ!!」
バリバリバリィ!! 遠慮なく放たれるミケの高圧電流。部屋の焦げ臭さが一段と濃くなる。……あーあ、この男は死んだな。シェリーは少しだけ残念に思う。どうせなら、自分が殺したかった。この手で、終わらせてやりたかった。
「ぐああああああああああああああああああああ!!! ぅああああああああああああああああああああああああ!!」
「バサ兄ぃぃいいいいいい!!!」
男の悲鳴と少女の悲鳴が響き渡る。それは美しい不協和音。魔族だけに与えられる至福のメロディ。復讐の福音。
思い知れ。この痛みが、この痛みこそが、魔族の味わった苦痛そのものなのだ。
愉悦に嗤うミケとシェリー。復讐に酔った狂乱の宴。人の肌が灼けた匂いが、空間を密に満たしていた。
だが、宴は突然に終わりを告げた。扉が乱暴に開け放たれ、水を差されたからだ。
「何を……、何をやっているんだよ二人とも!!」
少年は静かに怒りを向けて、仲間へと立ちはだかっていた。
なんて、間が悪い。本当に、本当に……。
「邪魔ばかりしやがって……!」
篤い友情に結ばれた強固な絆に、ピシリと亀裂の走る音が聞こえた。




