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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第七羽【魔徒信仰】⑤

 石造りの砦は、混沌としていた。

 かつては関所として使われていた建物だ。騎士や役人がいざという時にも滞在できるよう最低限度の生活用品はあるのだが、魔族の強襲により元の持ち主は今はいない。

 そこへ新しくやってきた魔族たちが資材を運び込み、駐在できるようにしている。その結果、新しく運び込まれたものと、元からあったものとが混在しており、物品の所在は誰にも把握できていない。

 シェリーたちが行儀悪く腰掛けているテーブルも、脚が折れ掛けて、斜めに傾いている。それを補修するわけでもなく、使い潰すように上から腰掛けているのだから、財布のヒモを握る者が見れば卒倒しかける光景かもしれない。


「……それで? あいつらはどうするわけ?」


 杯を空にしながら、シェリーは話を続けた。


「にゃはっ! まずは拷問にゃ-。どーせ、チンケなニンゲンのことだから、すぐにゲロっちまうにゃー」

「……そうだといいけど……」


 軽い反応を見せるミケと、重い雰囲気を纏うビリー。様子は対照的だった。

 シェリーからすれば、ビリーの態度は弱々しくてどこか気に入らなかった。


「なぁに? ビリー、あんたひょっとして不安なの? ほんっと、腰抜けなんだから!」

「にゃははー。そう言ってやるにゃよ、シェリー。部隊ってのは意見に多様性があったほうが生き残りやすいにゃー」

「それを纏める優秀な人材がいればの話でしょ? アンタにそれができんの?」

「……おっと、これは一本とられたにゃー」


 ふう、とシェリーは溜息を吐いた。

 少し軽くなった場の雰囲気を破ったのは、ビリーの一言だった。


「僕は……、拷問なんて、気が進まないよ……」


 そんな発言に、反発したのはシェリーだった。


「アンタ、バッカじゃないのっ!? あたいたちがニンゲンにされてきた境遇から思えば、こんなのへみたいなもんでしょうが!」

「……さすがにウチも呆れたにゃ-。ビリーはキングオブチキンだにゃー。最優秀チキン賞受賞おめでとうにゃー」


 仲間たちの反発を受けても、ビリーは頭を縦には振らなかった。その頑なさは、長い仲間である二人にも、良く分かっていることでもあった。


「……分かってる。過去に受けた屈辱を忘れたわけじゃないよ。それでも、ただ同じ事をやり返すだけなのは、どこか違うように思うんだよ……」


 肩を竦めつつ、仲間たちは説得を諦めた。少なくとも、この場では無理だろう、と。


「……やれやれ。仕方にゃいやつだにゃ。いいにゃ、そこまで苛烈には虐めにゃいにゃ。ちゃんとほどほどでやめとくにゃ。それでいいかにゃ?」


 ビリーは僅かに頷くと、絞り出すように「……うん」とだけ答えた。

 俯いたビリーには見えないところで、ミケは口元を緩めてみせた。シェリーにもその嗜虐的な笑顔は確認できた。ビリーだけが、それに気づいていない。


「……そうね、ミケ。お願い。あたいだと加減できそうになさそうだからさ……」

「そうにゃそうにゃ♪ ウチに任せておくにゃ。大船に乗ったつもりでいるといいにゃ」


 ミケはそういうと立ち上がり、扉へと向かった。その扉を閉める間際、思わず笑いが込み上げそうになるのを我慢するように口元に力を込めていた。

 扉を閉めた途端、ミケは身体をよじらせて笑う。笑い転げる。


「にゃっははははは!! 面白すぎてお腹が痛いにゃあ! 相変わらずビリーはメンドクサイけど、にゃーに、アイツが見てにゃいところで何しようが、見つからにゃければどうということはにゃいにゃー! 拷っ問☆ 拷っ問☆ にゅふふ、拷問器具は何・が・あ・った・か・にゃー♪」


 不気味な嗤い声が、暗い砦の底でこだましていた。


――


「――って言ってる、です」


 おいおい、正直言って聞きたくなかったよそんなの。どうして拷問受ける直前でそんな嫌な話を聞かなきゃいけないんだよ。つーか、そんなの一字一句正確に伝えなくていいんだよナズナたん。子供らしい辿々しい物言いで、そんな物騒な発言聞いても冗談にしか聞こえないんだよチクショウ。頼むから「……っていうのは冗談、です」と言ってくれ。頼むから。

 だが、俺の必死の願いも空しく、ナズナは口を噤んだままだ。……酷すぎる。


 それからしばらく沈鬱な面持ちで時間を持て余していると、足音が近づいてきているのに気づいた。

 相手は誰なのか。一瞬期待はしたが、まぁやはり考えるまでもなく相手は友好的な相手ではない。例の三人組だ。


「さぁ、白状する気ににゃったかにゃー?」


 あからさまな作り笑いで微笑みかける猫娘に、俺は頭を振った。


「白状するも何もない。俺たちは仲間なんだ。仲間と共に旅をして何がおかしい?」


 ……そんな俺の言葉に、ピシリと空気が重くなるのを感じる。……逆鱗に触れたらしいな。


「……にゃかま? いま、仲間って言ったにゃ? 魔族というだけで迫害してきたニンゲンが今、仲間って言ったにゃ?」


 ……誰でも良い気分なんだ、別にお前でも。とか言いそうな目つきだ。こんなにも明白な殺意は初めてだ。これが人間が人間に対して向ける眼差しなのか? 十四歳前後の女の子が向ける目つきなのか?

 ……どうにも説得は不可能みたいだ。仲を取り持つなんて、どうすればいいんだよ、これは。


「ふざけるにゃよ、ニンゲン。お前らの仲間っていうのは、徒党を組んで迫害するためだろうが。ウチらから何もかも奪い尽くすためだろうが。そうして作り上げたのが今の世の中だろうが。ウチらには何もにゃい。何も与えられにゃい。何ももたらされにゃい。何も認められにゃい。命も、尊厳も、希望も、夢も、全部奪われたにゃ。お前らが、笑いながら簡単に踏みにじったにゃ!」


 さすがに肉球はないが、爪の長い手が、俺の首を掴む。爪が深々と皮膚を裂く。赤い血が流れる。血の色は同じなのに、どうしてこうも違うんだろう。俺には理解できない。これが、差別? 人種差別ってこんなに絶望的にわかり合えないもんなのかよ。

 絞められた首は痛いし、苦しい。けど、一番痛そうなのは、目の前の少女だ。一番苦痛を抱いているのは、間違いなく彼女だ。その瞳がどんな過去を宿しているのかは知らない。だが、深い悲しみを宿しているだろうことは考えるまでもなく理解できた。


「にゃんにゃら、今ここで殺してやっても……」

「……ダメだよ、ミケ。……それはいけない」


 犬耳の少年は、眉をひそめながらミケを制止した。もう一人の黒翼の少女はというと、鋭い目でじっと俺を睨んでいる。……この子も説得は不可能っぽいな。

 説得するなら、この少年のほうだろう。……だが、少しだけ迷うところだ。

 俺には一つだけ作戦がある。ここを脱するための作戦が、な。

 けど、この少年にそれを実行すれば、きっと傷つけてしまうだろう。だが、実行できるのはこの少年に対してのみだろう。……逃げるためには、仕方ないことだ。せめて上手くいくことを祈るとするか……。


「…………ん、そうだったにゃ……」


 ミケが手を引いた。俺は咳き込みながらも、視線だけは逸らさずに注意深く見据える。……チャンスは訪れるだろうか。


「さて、これから尋問をするにゃ。その間、外の見張りをお願いしたいにゃ」

「あたいは、夜目が利かないから無理よ。ビリー、お願い」

「……うん、分かったよ」


 ビリー少年はそのまま牢屋から遠ざかってしまう。頼みの綱なのに……。早くも作戦危うし、か……?

 そして、ミケと、……シェリーだったか? 二人の少女は残酷な笑みを浮かべていた。

 ……どうか無事で済みますように……。俺は叶いもしない希望を見えもしない星空に願った。

 そうして始まったのは、俺が初めて目にする、そして、初めてその身に受ける、本物の拷問だった。

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