第七羽【魔徒信仰】④
格子の間隔はそんなに狭くはない。大体10センチくらいだろう。人間の身体はまず通らないだろうが、それ以外なら話は別だ。
ぎゅむぎゅむむーと押し込んでみるが、なかなか通過してくれない。思ったよりも難しいな……。
この格子を抜けなければ、待ち受けるものは拷問だ。きっと裸に剥かれた上で電気地獄の刑だ。おのれ、オセロット……!
だからこそ焦る。気が気でない。どうにかしなければ……!
どうにかして、この格子を抜けなければならない。俺は渾身の力を込めてそれを格子へと食い込ませる。
(イタタタタタッ! 痛い!! 痛いっすよ、バサっち!)
「うるせえ。とっとと通り抜けろ! 俺たちの命運はお前に掛かっているんだ!」
(分かったっす! 任せるっすよ! ウオオオォォォォ!!!)
「……がんばれ、です。……シロ」
(……ぁあああああ! ほっぺたがッ! ほっぺたがちぎれるっす! めっちゃ痛いっす!)
「もう少しだ、頑張れ」
(無理っす、限界っす! 他の作戦考えるっすよ!)
「どうしてそこで諦めるんだそこで! 頑張れ頑張れやればできるもっと積極的にポジティブに頑張れ頑張れ!」
(ダメっす! もう無理っす! 死んでしまうっす~~ッ!!)
20分ほど格闘したが、シロは格子を抜けられなかった。名案だと思ったんだけどな……。
(どこが名案っすか……)
シロは力尽きたまま転がっている。この役立たずめ。
大体「~っす」「~っす」って煩いんだよ。お前は四不象か。カタカナじゃなければいいってもんじゃないんだよ。これでご主人呼ばわりされたらまたパクリみたいになるだろうが。ついでに性格が変身前と変身後を足して2で割ったような性格だから尚更な……。
「お疲れ、です。シロ……」
ナズナは、シロを肩をぽんと叩く。……いや、肩かな? 頭かもしれない。いや、ひょっとしたら腰か? ……良く分からんが、たぶんその辺のどっかだろう。身体がまるっこいもんだから部位の名称がさっぱり分からん。
まぁ、とりあえずはどうでもいいか。ウサギは可愛いが、喋ると微妙だ。俺はこいつを可愛らしくは感じられない。菊花はどうして大丈夫なんだろうな。不思議だ。
……そういえば、菊花だ。アリシアもだが……。あいつらは今頃どこにいるだろう。俺たちを探しに来てくれてるのかな。だったら嬉しいな。
今までゆとりたっぷりの冒険だったんだ。ここでこんな急展開はあんまりだ。あいつらがいないと俺は本当に何もできない。
……かといって、待ち続けたとして、それでどうなる? 本当に助けは来るのか? そもそもあいつらは俺を見つけられるのか? あんなふうに突然攫われて、探し当てることなんてできるんだろうか。
菊花もアリシアも優秀だ。やってのけそうな気もするが、常識的に考えれば、まず助けは来ないはずだ。場所も不明だし。
そもそも俺はどれくらい気絶していた? あれからそんな離れた場所まで移動できる時間があったのか? 魔法を併用しての移動もあるだろうが、それにだって限界はあるはずだ。十中八九、それほど離れてはいない。大まかに見積もっても半径5キロ圏内くらいだろう。
その中に建物は少ないはずだ。ましてこれだけの規模ならば尚更だ。巧妙に地下に作られた建物だとかいうオチでもない限り、すぐに見つかる。とすれば、意外と助けは早く来るかも……?
……あんまり期待しすぎるのもあれだが、まったく希望が見出せない状況ではなさそうだ。
となれば問題は、拷問か……。それを如何にして避けるか。……結構難題だな。
そうして俺が思索に耽っていると、ナズナはどうやら聞き耳を立てているようだった。……何を聴いているんだ?
「なぁ、ナズナ」
「……はい、です」
「何が聞こえるんだ……?」
「聞こえそうで……、聞こえない、です」
魔族の聴力をもってしても聞こえないなら、手の打ちようもないんじゃないか? 狼の耳よりも良く聞こえそうな耳と言えば……。……ん……?
「なぁ、シロ。もしかして、お前なら聞こえるんじゃないのか?」
(おおっ! 頼ってもらえるっすか!? よーし、オイラに任せるっすよ!)
…………。
「で、どうなんだよ?」
(……済まないっす)
「ああん!?」
(ああっ!? ちょ、ちょっと待つっす! ほっぺたを摘ままないで欲しいっす! さっき抉れかけたばかりなんすから! それと聞こえるんすよ! 聞こえるっすけど、何言ってるのか分からないんすよ!)
「はぁ? 何語で喋ってるんだ? お前には分からない言語だってことか?」
「……バサ兄、シロはあんまり人間の言葉が理解できない、です。ナズたちとは何度か話してるから分かるんだけど、あんまり話したことのない人だと上手く分からない、と思う、です」
はぁ、肝心なところで使えないウサギ様だな。もしかしてウサギにも熟練度が設定されているんだろうか。こいつらもメニュー画面を開けるってのか? そうなると人間と魔物の境界すら曖昧になるな。……そうすると魔族も……、ってこの話はひとまず置いとくか。
とにかく、熟練度か何かは知らないが、シロにはその話し声とやらが理解できない。それは俺たちが聴けば理解できるのかどうかも不明だが、俺は最初からこの世界の言葉を聞くことができていた。そう考えると、例え他の言語で話していたとしても俺には理解できる可能性が高い、か。
だが、話し声なんか聞こえるか? 耳を澄ましても聞こえるのは無音だけだ。自分たちの起こす音が空虚な空間に響くばかりだ。俺に見える範囲は狭い。格子から見える回廊はすぐに曲がり角にぶつかっており、広いのか狭いのかも判然としない。ただ、漠然と広そうだとそう結論づけていた。その先に何がある? どういう空間が広がっているんだ?
耳を澄ませ、音の反響に耳を傾ける。なんとなくだが、相当に広い建物だ。回廊はぐるぐるとうねって続き、その先から、何かの気配を感じる。これか……? ここから話し声がするってのか……?
「聞こえた、です……!」
「本当か!?」
これで脱出できる……。いや、脱出の糸口にしかならないだろう。いや、内容如何によっては何の意味もないことだって考えられる。
「あれ……? 聞こえない、です……?」
おいおい、何だよ。無駄に期待値煽りやがって……。
しょうがない。やっぱり俺が気配を探るべきか……。
「あ、れ……? また、聞こえる……です……?」
あん? 何言って……。
!!? もしかして……!
俺が息を吐くと、ナズナはまたも戸惑いの声を上げる。あんまり虐めるのも可哀相だな。よし、よ~く分かったよ。これも俺の所為だったんだな。
無詠唱魔法。それは叶えたいと思った行動に、魔法が補助的に働き願いを叶えようとする効果がある。
もちろん、叶えられる願いには限度があるし、無意識とはいえリソースは消費している。魔力を、垂れ流している。
耳を澄ませば、魔法の世界に行けるだなんて、どこぞの劇場アニメ化した少女漫画みたいだが、それは少なからず現実に即した事象であるらしい。
俺は耳を澄ました。音を聞こうとした。その結果、風が空気を収束し伝達を活性化させていたんだ。風で音を届けたんだ。その僅かな距離でナズナには十分な効果があった。いまいち聞き取れない言葉をはっきりと聞き分けられるくらいに。
結局俺には聞こえてないんだから、あんまり効果的とは言いがたいが、魔法はしっかり機能している。
音は空気の振動だから、風で空気自体を動かしてしまえば、音の聞こえる範囲は増大する。可聴範囲を大きく引き延ばすことだって可能なわけだ。もう少し応用すればいろいろできるかもしれないな。……犯罪臭がハンパないが。
「ナズナ、聞こえるか? なんて言ってる……?」
「……待って、です。……えっと……」




