第七羽【魔徒信仰】③
俺は今、猛烈に眠い。冬眠前のクマと同じくらい眠い。なんなら永眠しそうなくらいに眠い。日暮熟睡男さんと同じくらい眠い。
だが、俺を眠りから呼び覚まそうとする悪逆の使徒がいる。ユサユサと身体を揺さぶる感覚に、心地よい眠気が身体から奪われようとしている。
おのれ、魔王め! 平和だけでなく、心の安寧まで奪おうというのか! なんという傲慢! 天罰を受けるが良いのだ!
「……むにゃ、天罰……」
「……てんばつ……って何、です……?」
……は……? 何を言っているんだ、お前は?
天罰ってのは、あれだよ。天に代わってお前らを討つという意思表示……ってそれは天誅か?
ならば、天がお前らを討たなくとも自分が裁きを下すという意思表示……それは人誅だな。
……さすがに段々目が覚めてきたな。ここは何処で、俺は誰だ?
確か俺たちは魔王を倒せるかどうか確かめるために、まずは情報収集を行う予定だったはずだ。
そこへ近づく途中……、そうだ。謎の少年少女に攻撃を受けて、俺はそのまま捕まった……?
「ナズナ……?」
「はい、呼んだ、です……?」
寝ぼけ眼にぼやけたナズナの輪郭が見える。ナズナは横たわった俺を気遣わしげに見つめていた。
乱暴されてはいないだろうか……。と思ったのだが、見たところ外傷はなさそうだった。
……だが、身体を起こそうとして……ガシャリ。背中越しに嫌な感触があった。……手錠かよ。こりゃ、完全に捕まったっぽいな。
見たところ、ナズナのほうにも手錠がされていて、二人揃って同じ牢屋にぶち込まれたって感じらしい。
さて、周囲は……っと。
頑丈な鉄格子。石造りの壁。格子窓から僅かに日の光が入ってきている。脱出は困難そうだな。
格子の外に人の気配はない。四六時中見張りを立てるようなことはないのだろうか。某スネークみたいに腐った食べ物を渡して見張りを遠ざけるとか、ある程度親しくなって交渉してみるとか、そういう手段は難しいか……。
節々が痛むがバランスの悪い体勢でなんとか立ち上がり、まずは壁を叩いてみる。……丈夫そうだな。まぁ、そんな簡単に壊れるような部屋に普通閉じ込めたりはしないだろうが。
格子のほうも丈夫だった。もちろん新品な訳はないんだが、古ぼけた、という感じでもない。ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしないだろう。
……どうしたもんかな。
「なぁ、ナズナ」
「……はい、です」
ナズナは律儀に返事をよこす。この状況でもあんまり焦った様子はない。さすがというべきなんだろうか。危機感がないだけかもしれないが。
「俺が意識を失っている間に、何があったか分かるか?」
「……はい、です。ナズたちを捕まえた魔族の人たちが、ナズとバサ兄の手首に輪っか嵌めた、です。ナズのは特別製で電気が通らないって言ってた、です。それから、牢屋の鍵も特別製で、電気効かないって言ってた、です。試したから間違いない、です」
……試したのかよ。しかし、わざわざ特別製を用意するってことはそこまで下っ端ではないのかもしれないな、あの二人組は。子供の身分でも実力さえあれば上へのし上がれるってことか。新造の組織らしく、風通しは良いらしいな。
それはさておき、電気が効かないってことは、スパークさせて焼き切るみたいな対処法は無理っぽいな。ナズナが試してるならその通りなんだろう。手厚い歓待ありがたいこって。
「ナズの魔法、もう一回使ったけど鳥の人には効かなかった、です。……水の魔法は電気を通さないって言ってた、です」
水の魔法……? 電気は通しやすそうだが……? いや、待てよ。確かに真水なら水は通しにくい。魔法で生み出した水なら不純物も少ないんだろう。だったら、絶縁体は言い過ぎだが、抵抗値は高そうだ。それに通ったとしても水伝いに通過してしまう。電気の通り道を作られれば電撃は無意味になる。電気に対する対策がやたらと上手なのが多少気に掛かるが、とにかく、通用しないのは仕方がない。他の手を考えるしかあるまい。
……ひょっとして、俺の手錠は、特別製ではないのか……? 感電は怖いが、特訓中何度も感電している。俺の手錠だけならなんとか焼き切れるかもしれないな。
だが、それはもう少し待ってからだ。今、手錠を切っても見つかれば他の手錠を用意されるだけだ。痛みに耐えた甲斐もなくなってしまう。
「それから鳥と犬の他に、猫の人もいた、です。にゃーにゃー言ってて偉そうだった、です。あいつが親玉、です」
……どうやら三人組だったらしいな。鳥は俺を捕まえた少女で、もう一人が犬、か? そしてもう一人が猫、と。にゃーにゃーが良く分からんが人語を解さないわけではないだろう。語尾ににゃーが付いてたとかそんなんだったらいいな。癒されるな。心のオアシスだな。けど、現実問題ないだろう。そんなのは二次元だけの存在だ。夢を語るのはここまでにしておこう。未来の囲碁界はまだまだ明るいな……というおっさんの台詞が思い起こされる。極めて一部にしか分からんだろうが。
……などと考えていると、コツコツ……と、足音が聞こえてきた。親玉さんのご登場かな?
「にゃははー、新居の居心地はいかがかにゃ、旅の御仁?」
なん……だと……ッ!
まさか、本当に猫語喋ってやがる……! 一度は諦めた夢だったのに、こうも簡単に叶っていいのか? これがファンタジー世界の本領発揮ってやつなのか……!?
「……どうしてナズとバサ兄を捕まえる、です!? 早く出す、です!」
ナズナがここまで声を荒げるのは珍しい。俺のためにここまで怒ってくれてるのだろうか。……なんて考えるのはやめておこう。きっとお腹が減ったとかそんなところだろう。これ以上夢を見るのは傲慢というものだ。
「にゃはっ! それは無理にゃ相談にゃー。そんにゃ簡単に逃がしたら捕まえた意味がにゃいにゃ」
猫語の魔族は勝ち誇ったようなドヤ顔で俺たちの前に仁王立ちしている。
見た目は、……まぁ可愛いな。ピンと伸びた猫耳がよく似合っている。
「……目的は何なんだ? ナズナは同じ魔族なんだろう?」
言った瞬間、ナズナが少しだけ竦んだが、そこからは強引に視線を逸らす。ナズナは魔族であることを隠したがっているからな。例えバレていたとしても、あまりおおっぴらにはしたくないようだ。……許せ。
「そうにゃ。だが、お前はニンゲンにゃ。薄汚いニンゲンが魔族を連れるには訳がある。それを白状するにゃ。さぁ、何が目的にゃ? 誰かと取引でもするつもりだったのかにゃ?」
「取引……?」
「そうにゃんだろ? それとも譲歩にゃ? 魔族を一人返すから、自分たちには手を出すにゃとか、そういう交渉をしに来たのかにゃ?」
……はなから俺たちが仲間だとは考えていないみたいだ。初めからそういった思考が存在していない。そこまで異様なことなのか? そこまで人種の差は大きいものなのか? これほどまでに問題は大きいものだったのか?
……こんなに開いていたのか、魔族と人族の、種族の間は。
「その娘は、ウチらが引き剥がそうとしても決して離れようとしにゃかったにゃ。見上げた忠誠心だにゃ。そんにゃ娘を奴隷のようにこき使い、使い潰すニンゲンをウチは絶対に許さにゃいにゃ」
ナズナは、そんなこと言わなかったな。そうか、引き剥がそうとしたのか。それをナズナは懸命にしがみついて拒んだ。……普通なら、魔族を救うと謳うヤツらのことだ、魔族と人族を同じ牢には入れないだろう。
ナズナが拒んだから、俺たちは一緒にいられるのか。
ナズナを見ると、少しだけ顔を赤らめて視線を逸らされた。ういヤツめ。
「もうすぐ拷問の用意ができるにゃ。それを楽しみに待ってるにゃ。お前らの目論見を、一網打尽にしてやるにゃ! にゃっははは!」
言うだけ言うと、猫は引っ込んだ。
「バサ兄……」と、ナズナは俺の服の裾を引っ張る。
(バサっち……)と、頭上で声が聞こえる。
っていうか、シロ……。お前いたのかよ。
……だが、他には誰もいない。
頼れる騎士様も、大切な従者もいない。
他にも何か荷物が減っているような気がするし……。そのうえ、もうすぐ拷問だと……?
某スネークさんのゲームで鍛えた連打力は、きっと役には立たないだろうしなぁ。
俺は物憂げに格子窓を眺めるしかなかった。しかし、格子は鈍く冷たい光を返すばかりだった。




