第六羽【魔都侵攻】⑬
ナズナは思いの外、策士だった。
マグが大事に隠していたという小箱を盾に、脅しに出るという作戦は強烈だったようで、手のひらを返したように了承を勝ち取った。
その時にナズナが見せた渾身の笑顔は俺の胸にそっとしまっておこう。おじさんがしまっちゃうよぉ~。
しかしまぁ、その後のあっさりとしたマグの様子から、もしかしたら次の返事は決まっていたのかもしれないな、と俺は少しだけ勘ぐっているのだが。そんなものはナズナの頑張りを立てて、気にしないでおくとするかな。
とにかくそうして、俺たち4人の旅立ちが決定した。
最後の食事というわけでその夜は賑やかな食事が振る舞われたのだった。
買い出しの直後ということもあって、結構奮発してくれたな。……やっぱりこのババア、そこまで見越してたんじゃあるまいな。
ともあれ、食事も済んで人心地ついた俺たちはそのまま今後の行動について話を進めていた。
「……やはり魔都、旧トータス領へ進むべきだろうな」
アリシアが渋い顔でそう呟いた。……ああ、そうだな、それには懸念が多いんだ。
「この地域から国境へと進むと、岩石系の魔物が多く生息すると聞いています。私たちにとっては苦手な相手です。ナズナさんが手伝ってくれたとしても、苦戦は必至といったところでしょう」
「……魔物だけじゃない、です。……国境に近づけば魔王軍の兵隊もいっぱいいる、です」
「けど、近づかないと情勢も良く分からんしな……。戦うにしろ何にしろ、情報は必要だ」
「……王都なら情報もあったかもしれないけどね、……もしかしたら上部の人間にしか知らされてないのかもしれない」
マグの指摘に、菊花が頷く。
「……ええ。王都ではほとんど情報が集まりませんでした。情報が来ていないのか、上で封鎖されているのかは分かりませんでしたが……」
「情報が何もないってことはないだろうよ。王国もバカじゃないんだ。ただ、何かの不都合を揉み消すために箝口令でも敷いたのかねぇ……」
「……何にせよ、一部にしか情報が集まっていないんだったら、やっぱり近づいて調べた方が手っ取り早いだろ。……そもそも勇者ですら知り得なかったからこそ、賢者に頼ったんだろうし……」
だが、自分で言っといてなんだが、やっぱり危険だよな……。虎穴に入らずんば……って言うからな。やっぱりリスクを踏まなければリターンは得られないか……。
……魔族。それだけで差別するつもりはないが、どんな恐ろしい一軍なんだろうな……。できる限り事を構えたくはないものだ。……ナズナの同族だからあんまり手荒なのは控えたいのもあるし。
「……いいかい? 国境を越えるに辺り、リスクは主に二つある。一つは言わずもがな、魔王軍だ。こいつらは僅か一撃で城門を破壊して一夜でトータス領を乗っ取った連中だ。その力はほとんどが魔王そのものの力とも言えるが、その配下が寄せ集めの雑兵だなんてことはない。それに、その数だって少なくはない。……当時トータス領に控えていた兵はおよそ一千。ヤツらはそれを半数のたった五百で仕留めた。……それから軍備は増強されているはずだよ。今は以前と同等かそれ以上、あたしの勘じゃ一千五百前後の魔王軍がいるはずだ。お前ら4人じゃどうやったって勝ち目はない」
「そしてもう一つは、付近の魔物だな。国境へ近づくにつれ、厄介な魔物が増えている。街道の真ん中を歩いて行けるほど平和ではあるまい」
「俺の覚え立ての魔法は風属性だし、ナズナは雷……。岩石に対してあんまり有効な気はしないしなぁ……」
「……相性の差は工夫で乗り切りな。だいじょうぶ、ナズナには大抵のことは教え込んである」
「……任せる、です……ッ!」
ナズナが胸を張る。……なんか微笑ましいな。
けど、実際頼っても大丈夫だろう。マグはそういうことで身内贔屓は言わないだろうし。
「つまり、纏めると……。街道の端っこを隠れるようにして進んで、魔王軍に見つからないようにしながら、国境はどうにかして通過。その後も魔物や魔王軍に見つからないようにひっそりと進んで魔都を侵攻。情報を収集したら離脱……。大雑把すぎて具体性に欠けるが、そういうことでいいんだな?」
「はい、それで行きましょう!」
「うむ。後のことは私に任せてくれ」
「ナズもがんばる、です……ッ!」
……本当に大丈夫だろうか……?
まぁ、力強く頷いてくれた仲間たちを信じて、進むしかなさそうだな。
翌朝、買い出しで一緒に買っておいたらしい荷物を各々のアイテムボックスに収納して俺たちは旅立った。
……これが今生の別れになるかもしれない、なんて一切考えていなそうなにこやかな顔で、孤児院の皆は見送ってくれた。
俺たちは皆へ手を振って別れた。ナズナだけは、見えなくなるまで手を振り続けていた。
俺はそんなナズナの横顔を、見つめていた。……この子は俺たちに付いてきたことを、後悔したりはしないだろうか。付いてきて良かったと思ってくれるのだろうか。
……いや、違うな。付いてきて良かったと、そう思わせることが俺の使命なんだ。そう言い聞かせることにした。
この少女の笑顔を守る。そのために俺は最善を尽くさなければならない。……まぁ、その最善が何なのかは全く分からないんだけどな。
――
「見えるかい? シェリー」
「ああ、あたいにも見えてるよ、ビリー」
「……アレ、フードで隠してるけど、絶対そうだよね」
「うん、絶対そうね。……全く、どんな悪事を企んでいるのやら」
高台になった岩山から、少年と少女が囁き合う。それぞれの手には単眼鏡が握られている。
「ホンット、ニンゲンってあくどいヤツばっかだよねぇ。死ねばいいのに!」
「それは陛下に頑張ってもらうしかないんじゃないかな?」
「A・S・A・P(可能な限り早く)! A・S・A・P!」
「ここで言ってもしょうがないんじゃないかな……」
少年は呆れたように肩を竦めた。
「そんなこと、陛下に言えるわけないでしょ! あの人はあのドデカイ城門を拳で粉砕したのよ!? アレ、見てたでしょ!?」
「そりゃ、見てたけどさ……」
少年は頭痛を堪えるように頭を抑えた。
「……なんて、遊んでる場合じゃないわね! さ、ビリー! 準備はOK?」
少女の切り替えの早さに、気後れしたのは一瞬だ。
少年は一つ息を吐くと、いつものように気分を切り替えた。これからは先は仕事モードだ。
「……いつでもいいよ」
「ん♪ じゃ、行きますか! お仕事、開始ッ!!」
そして、二人の両手から、魔法の奔流が渦を巻いた。




