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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第六羽【魔都侵攻】⑪

 遠い空を目指して、人間は腕を伸ばした。

 腕で届かぬと知りながら、その手を伸ばした。

 二本の手では届かぬと知った人間は、次に第三の手を求め始めた。

 空へと届く腕を探して、人間は抗い続けた。

 やがて、それはいつしか一つの技術を生み出すに至った。

 人はその技術を、『魔法』と名付けた。


――


 風は森の内側へと流れてゆく。

 木々はカサカサと身体を震わせている。

 それは、どこか、立木たちが何かに恐怖しているように思えてしまって、老婆は一人、自嘲気味に嗤った。

 おかしな話だ。

 心などないものが、恐怖などしない。

 そもそも、恐怖する理由すらないのだ。

 相手はただの子供だ。背格好は大人だが、中身はまだまだ未成熟な子供だ。

 恐るるに足らぬ、小兵でしかない。

 だというのに、心には複雑な気持ちが渦巻いていた。

 マグはそれを取り払うことができない。

 もしかしたら……。まさか……。ひょっとして……。

 そんな思いが、胸をよぎっては消えてゆく。何度も何度も、胸に沸き上がってくるのだ。

 本当にバカらしい、下らない思考だ。

 マグは頭を振って、考えを打ち払う。


 いつもの風向きと、逆向きの風が吹いているだなんて、ただの偶然に決まっているのだ。

 ツバサを追うように、逃げる彼を救うかのように、風が彼を後押ししているだなんて、何かの冗談だ。

 これは、バカな考えなのだ。

 そう、必死になって言い聞かせるのだった。


――


 マグの足音が聞こえなくなった。

 俺は振り返ったが、そこには炎を纏った豪腕の魔女の姿はない。

 諦めてくれたのだろうか。

 ……って、いやいや、んなわけないだろ。どうせ、すぐに追ってくるに決まっている。今はたまたま距離が開いているか、違う道を進んでいるだけに決まっている。

 油断すれば死ぬ。何度も何度も痛感している。俺は油断なんてしないぜ。残念だったネェ……。


 ……とはいえ。

 逃げてどうする……?

 そもそも、勝機はないのだ。サシで戦って勝てる相手ではない。逃げ切ることだって、きっとできない。頼みの綱の仲間たちは当分帰っては来ない。

 俺は一人で豪腕の魔女の相手をしなければならないのだ。

 この俺の頭脳で、あの魔女を出し抜くしかない。

 ……勝てなくても良い。痛み分けにでも持って行ければ、勝負はきっと、そこで終わる。

 ……それすらもムリっぽいけど。


 ……いや、考えろ。何かあるはずだ。何か手が、生き残る手段が残っているはずだ。俺には何ができる……?

 戦いは、苦手だ。接近戦では絶対に敵わない。近づいたら負けだ。それくらいは分かる。

 ……待てよ。マグは未だに遠距離攻撃を仕掛けてきていない。必ず直接殴りかかってきていた。……それは一体なんでだ?

 直接殴りたいから……? それもありそうだし、どこか腑に落ちる思いもあるが、それで納得しちゃいけない。

 マグは殴りに来ていた。接近戦が俺に対して有利だと分かっていたのもあるだろうが、それだけではないはずだ。

 何故なら、逃げる俺を、逃げ続ける俺を、マグはずっと追いかけてきていた。……そこがおかしいのだ。

 普通なら遠距離攻撃に切り替えるはずだ。ナズナならそうしていた。……それどころか直接殴りにすら来なかったけど。

 だが、性格上の行動だけでは片付けられない。俺を逃がすくらいなら遠隔攻撃へ切り替えていたはずなんだ。マグの性格なら尚更。

 ……できなかったのか?

 マグは、遠隔的に攻撃する手段を持たない……? あるいは限定的に、先程マグマで攻撃してきたくらいしかできないのか……?

 だとすると合点がいく。そしてヤバイ! ……いや、ヤバくはなかった。某ハンターを思い出して台詞が引っ張られてしまったぜ。それはともかく、だ。

 マグは遠隔攻撃ができない。これを考慮に入れて作戦を作れないだろうか。

 マグを近づかせずにこちらから一方的に攻撃できるようにする……。

 ……いや、攻撃手段が、俺にはない。

 距離は簡単に詰められるし、高低差も森の中じゃ作りづらい。……木に登るか……? いや、見つかった瞬間に木ごと薙ぎ倒されるだけだ。

 ……魔法。魔法さえあれば……。

 無い物ねだりでしかないか。クソッ……。

 ……どうにかして遠くから……。

 遠くから……? そう、たとえば風とか……?


 俺は立ち止まって、周囲を窺う。

 風が辺りに吹き荒んでいる。……こんなに風強かったっけ……?

 ……なんにせよ、これを使わない手はないか。

 どういうわけか、今ここに吹いている風は、どこか異常だ。嵐みたいに激しく吹きつけていて、風切り音が悲鳴みたいに唸っている。

 そして……。

 その悲鳴を一身に浴びながら、マグが姿を現した。

 ……作戦なんてあったもんじゃないが、やるしかなさそうだな……。

 俺は剣の柄を強く握った。あの魔女に対しては、ひのきの棒並みに心許ない武器なんだが、今はその拙い重さすらも心強く感じる。……なにせ、お前しか頼る相手がいないもんだからな……。

 あの爺さんと菊花が見繕ってくれた剣だ。今は信じるしかない。頼むぜ、アイアンソードさんよ……ッ!


――


「なんだか風が強くなってきましたねえ」

「……ナズナ殿。ここではこんなふうに風が吹くのが当たり前なのだろうか?」


 薬の売買と食べ物の買い出しを終えた菊花一行は子供たちを連れて街道を歩いていた。

 子供たちの手には、しばらく分の食料や生活必需品が収められている。

 両手一杯の荷物を子供たちは苦もなく抱えている。

 そんな中、ナズナは一人難しそうな顔をしていた。


「……なんだか風向きがおかしい、です」


 ナズナは知っている。この季節に吹く風は教会の方面から街のほうへと向かっている。今日のように帰り道で追い風になるのは、この季節柄ではありえないはずだった。

 その発言に、子供たちもそれぞれに頷く。菊花とアリシアは顔を見合わせてしまう。

 ナズナは顔をさらに顰め、ぼそりと呟いた。


「……少しだけ、ばあやもヘン……だった、です」


 そのことが何を表すのかは、ナズナにも分からない。ただ、不安だけが胸中を埋め尽くしてゆく。

 菊花は荷物を持った手の片手を空けて、ナズナの頭を撫でてやる。ナズナは「ふにゅ……」と可愛らしく呻いていた。


「皆さん、お疲れでしょうが、少しだけ急ぎましょう……!」


 一同は互いに目を合わせると、一斉に頷くのだった。


――


 痺れた腕からアイアンソードが吹き飛ばされる。

 クルクルと回転しながら、数メートル遠くへと転がった。取りに行きたいが、行けるわけもなく……。

 眼前に迫るのは何度目かの火拳だ。エ○スの死に際が思い出されて泣きそうになる。ってだから、んな暇はねえんだって。

 拳は俺に直撃はしない。どうにか回避が間に合っているらしい。本当に奇跡は起こるな、何度でも。

 直撃はしなくても、掠るだけで身体が吹っ飛ばされる。だが、さすがに慣れてきたのか、俺は受け身を取って即座に立ち上がった。……やっぱ熟練度稼げてるのかもね。

 やるしかない。俺は何故だかマグの攻撃を避けられている。この状態を生かして何とか攻めの一手を考案しなければ……。

 とりま、剣だろ。剣を拾うための時間を稼がなくては。

 吹き荒れる暴風の中、俺の感覚は研ぎ澄まされていた。……なんでだろう。相手の動きが先読みできるような感じだ。

 どう動けば有利になれるかが、何となく分かる。俺はその瞬間、マグと渡り合っていた。

 拳打を躱し、蹴撃を飛び越え、マグマに変わる地面を転がって避けて、俺は剣を手に取った。

 行ける。行けてしまう。俺はマグとまともに戦えている。嘘だろ、何の冗談だ。

 まぁ、戦うと言っても、こちらの攻撃はまだヒットしていない。けど、すぐに当たる。

 俺の一撃は、軽いが、鋭くなっている。力が入る……、というよりは、身体が動きやすいようなイメージだ。

 そして、マグの動きは、……遅くなっただろうか。最初より見切りやすいし、威力も落ちているような……?

 違いは何だ? さっきまでと今では何が違う?

 森に入って、狭くなり、相手の動きを封じやすくなった? その結果俺が有利になった? ……それだけか?

 ……風か? 風が俺を有利にさせている?

 ……そういえば、なんだか、この風、どこか心地良いんだよな。大荒れの風なのに、不快感が全くない。自然の風とは違うのだろうか? たとえば……。人為的な……。

 ひょっとして俺は壮大な思い違いをしているんじゃなかろうか。魔法っていうのは大層な詠唱を唱えて、集中して、放つものではないのか? 息を吸うように、無意識に発現することもあるのか?

 もしかして、この風は、俺の思い通りに動くのではないのか?

 そう思った俺は、大振りの剣を思い切りマグへ叩きつけた。風ごとぶち当てるようなイメージで、思い切り振り下ろした。

 その瞬間――、


 風が、轟いた。


 嵐のような風がマグの身体を大きく吹き飛ばした。


「……まさか、これが魔法……だっていうのか……ッ!?」


 放心したように俺は立ち尽くしていた。その衝撃たるや、筆舌に尽くしがたいものがある。

 なにせ初めての魔法だ。その不可思議な感覚は馴染みもなく、落ち着いて身を任せられるような安らかなものではなかった。

 だが、俺は忘れてはいけなかったのだ。

 ――戦いはまだ、終わってはいないということを。


「バカだね、隙だらけだよ……ッ!」


 背後から、そんな声が聞こえたとき、全身の骨が砕けるような衝撃が襲い掛かってきて、俺の意識はそのまま刈り取られたのだった。

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