表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
36/163

第六羽【魔都侵攻】⑩

 気の良い客人との愉快なひとときも、いつかは必ず終わりを告げる。

 その時は近い。それは皆が分かっていることだった。

 使い古されたローブはくたびれた様相を呈してはいるが、まだガタは来ていない。丈夫に作られた逸品だった。

 そのローブの襟元に隠された口元が、苦しそうに歪められる。

 ローブのよく似合う老婆は、老骨らしからぬ剣呑な眼差しでじっと空を眺めていた。

 空には晴天と、白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいるだけだ。そんな空を、忌々しげに見つめていた。


「……分かってるよ。あの頃の過ちは繰り返さない。……バカにすんじゃないよ」


 老婆は、誰かに語りかけるように独りごちる。

 もちろん返事は返っては来ない。


「……そろそろ潮時かね。……決めたよ。今日で終わりだ。あの子たちには出て行ってもらおう……」


 老婆は寂しげにそう告げた。返事はないが、風がひょろ……と、少しだけ呻くように吹いた。


――


「さぁさ、今日も楽しい楽しい特訓の時間だよ!」


 そんなふうにして、俺はマグに連れられ、ひとけのない森へと誘われた。ま、まわされる……!

 しかしまぁ、耳を掴んで引っ張るというおよそ色気のない連れ去り方だから、その可能性は限りなく低いだろうか。年の差も物凄いことだし。

 また、いつものイジメだろうか。体育館裏での密事だろうか。お腹グーパンくらいで済めばいいけど、生憎とこの婆さんはそんな生易しいイジメをしない。いじめっ子とマグの虐待は、ウ○ングさんとビ○ケくらいの違いがあると言っていい。命の保証があるかないかだ。

 幸いにして、致命傷は避けられてはいたが、今後もその奇跡が続くとは限らない。むしろより苛烈な虐待になってきているくらいなのだから、無事に済む可能性は皆無と言ってもいいだろう。つまりは是、生命の危機。

 マグはいつものように拳を構えている。


「……今までは随分と加減をしてきたからね。そろそろ、退屈してきたんじゃないかい?」


 全然なんですが。むしろもっと加減が欲しいくらいなんですが。

 しかし、マグは聞く耳を持たず、ボウ! ……と、その手に炎を宿す。轟々と、劫火が灯る。

 その勢いは、今までのものとは違う。纏うという表現すら似つかわしくないかもしれない。まるで、炎そのものになったかのようだ。

 大きな炎の塊が、マグの両手から生えている。

 対面しているだけで顔が熱いくらいだ。……ちょっと待て。コレ、ガチでヤバイヤツじゃないの?


「……何ボサッとしてるんだい? ……そんな悠長に構えてたら……、……死ぬよッ!」


 マグが走り出した。年寄りの足じゃない。戦士の速さだ。

 俺は咄嗟に横へ避ける。……が、掠っただけで身体が大きく揺さぶられる。


「うおおぉぉッ!!」


 なんとか踏み止まり、マグに正対する。

 が、目前には迫り来る拳がある。


「ヒィッ!!」


 どうにか首を曲げて直撃は回避したが、頬には激痛が走る。掠るだけでもダメージは深刻だぞ、これは。

 なんて、意識を逸らした直後。俺の身体はくの字に折れ曲がっていた。○条さんかよ。

 マグの膝蹴りが腹にヒットしていた。身体がそのまま持ち上げられ、胃の中身が逆流する。


「うげッ、げほ……」


 けど、そんな悠長に嘔吐している場合じゃないんだ。躱さないと、死ぬ。

 マグの放つ掌底が俺の顎を揺らす。視界がブレる。意識がブラックアウトする。

 空白になった俺の意識を放っておいて、マグの連撃は続いている。

 何発喰らったかは分からないが、地面に叩き落とされたのはなんとなく理解できた。


 ……それにしても、なんなんだコレ。マグのイジメがいつにもまして酷い。深刻だ。真酷と言い換えたいところなんだが。

 どうして今日に限って、ここまで苛烈なんだ。何か問題でもあったのか。俺が何かしてしまったのか。マグの気に障るような何かを。

 ……いや。考えにくい話だ。そりゃあ失礼なんていくらでもあっただろうが、相手はマグだ。大抵のことは、嫌みの一つはくれるだろうが、最後は笑って見逃してくれる人だ。その程度のことはこの短い時間でも理解できている。

 それに嫌なことの仕返しなんて話なら、マグはその場で行動しているはずだ。後になってから行動を起こすなんて、あまりにらしくない。

 だとするなら、何だ。彼女をここまでさせたものとは何だ?


 一体何が……。

 そう言いかけて、俺は悟った。

 もう、そんな状況ではないのだと。


 動かした視線が捉えていた。

 大きく振りかぶり、あの劫火の塊を俺へ振り下ろそうとしているマグの姿を。

 寝転がって考え事だなんて、そんな悠長なことはさせてくれない。

 全力で逃げなければ、俺はここで、殺される。

 俺はそう、理解したのだった。


 俺は転がってハンマーみたいな豪腕を回避。勢いのままに転がされ、そのまま距離を取る。

 その勢いのまま俺は立ち上がり、走り始めた。まず、この状況はまずい。ここから覆す必要がある。

 障害物のない場所での戦いは、自力に左右される。俺とマグ、どっちが強いか。そんなのは決まってる。オッズなんて出しても賭けにはならないだろう。10対0で俺の負け。大穴にすらなりようがない。

 ならば、場所を移すしかない。生憎とこれは一対一の戦いではない。生き残るだけのゲームでしかないんだ。

 だからまずは戦局を変える。場所を移し、シチュエーションを変える。それだけが俺の生き残る手段だ。

 俺は目前に飛び込んできた林へと突っ込む。目眩ましや障害物程度にはなるだろう。これで多少は凌げるはず……。

 ……なんて目論見は甘かったかもしれない。背後で木々が薙ぎ倒される。全く以て恐るべき豪腕だ。ファンタジーの世界ってやべぇ。

 振り返ると、大木が俺に向かって倒れてきていて、俺は慌てて進行方向を変える。ドス……と、洒落にならない衝撃が地面を揺るがす。

 無我夢中だ。俺は一心不乱にあの古ぼけた教会を目指す。そこまで逃げ切れば菊花がいる。アリシアがいる。ナズナがいる。

 彼らにさえ会えれば、どうとでもなる。俺のすべきことはそこまでの時間稼ぎ。それだけだ。


 途中、かなり冷や冷やしたが、道中で追いつかれるようなことはなかった。

 が、引き離せたわけでもない。俺は大声で助けを呼んだ。


「菊花!! アリシア!! ナズナ!! ……聞こえるかッ!?」


 ……返事はない。くそッ、外出中かよ。運が悪い。


「孤児院のヤツらでもいい、誰かいないのか!? いたら返事をしてくれ!」


 返事を待つような時間すらない。俺は前方へ転がってマグの攻撃を回避した。全てスレスレで躱しているが、これ、熟練度入ってるのかな?

 マグはそこで足を止めると、嗤った。イヤに愉しそうな笑い方だ。気味が悪い。


「……運がなかったね。あの子たちにはちょっとお使いを頼んでいてね。帰ってくるのは夕方頃になるだろうよ」


 ……まだ昼過ぎだよ、クソッタレ。

 どうやらこのババアは本気で俺を殺しに掛かっているらしい。

 どうする? どうすれば逃げられる?

 まず、勝つという方法はありえない。勝ちようがない。この婆さんはアリシアや勇者と同レベルの強者だ。パンピーが敵うような相手ではない。

 逃げる。それが一番有効な気がするが、限度がある。ここまでで何度死にかけたか分からん。容易に選ぶべき手ではないように思う。

 ……それ以外の手はあるか? こちらから向かうでもなく、退くでもなく……。たとえば、相対したままとか……?

 ……いや、それって意味あるのか? ……まぁ時間稼ぎにはなるか。体力の回復もしたいし。


「わ、分かった、婆さん、降参だ。だから目的を聞かせてくれないか? アンタは何がしたいんだ? 俺をどうしたいんだ?」


 マグは、鼻を鳴らした。まだ何かが気に障るのだろうか……。


「目的なら言っただろう? アンタを殺すってな。逃げるのは終わりかい? なら潔く首を差し出しな。なるべく痛くないように殺してやるから」

「……ちょっと待てよ! 死にたいわけないだろ! 話を聞いてくれ!!」

「……そうは言われてもねえ。あたしはアンタを殺したいんだ。話を聞いたら殺させてくれるのかい?」


 うん、なんて頷けるかよ。何考えてるんだこのババア。さっぱり意思疎通ができん。……祟り神にでもなったのかな。気持ち悪いブヨブヨが纏わり付いてないけど。

 まぁ祟られてるなら、もう少し理性が飛んでるはずだろうしな。精神は通常なんだろうな。……だからこそ意味が分からんのだが。


「……お、おい! 俺を殺したら菊花が黙っていないぞ。アリシアも騎士として怒るだろうし、ナズナだって悲しむに決まってる! ……アンタが俺を殺したっていいことなんかないぞ!」

「下手な説得だね。それで止まるとでも思っているのかい?」


 いや、思っちゃいなかったけどさ。ナズナの名を出せば少しは動揺するかな、って思ったんだけど、ダメだな。完全に予想済っぽかったし。

 ……どうする? 打つ手とかないぞ、これ……。


 説得は無理っぽいな。向こうは感情論で攻撃してきている。理屈では通用しない。これこれこうだから俺を殺すべきじゃないとか、俺を殺しても無駄だとか、そういう理屈は感情論の前では無意味に終わる。だって殺したいから。その一言で全てが完結してしまう。

 かといって、時間稼ぎも逃亡も、それどころか勝利なんて望むべくもなく、現実的じゃない。八方塞がりだ。出口なんか見当たりはしない。

 俺にできることは、なんだ……?


 マグが、一歩踏み出した。その瞬間俺は逃亡を再開した。俺の首筋を炎が掠める心地がした。一瞬の油断が死を招く。

 ……それにしても、妙じゃないか?

 俺は、マグの攻撃を躱しすぎじゃないか? 相手は本気だというのに……。

 手を抜いてくれているのか? それとも……?

 地面に亀裂が走り、俺は跳躍した。その直後、俺が先程までいた地面が炎に呑まれて沈んでゆく。ボコボコと沸騰し、マグマのようになっている。……怖すぎるわ。

 ……考え事の続きは後でだな。今はそれどころじゃなさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ