第六羽【魔都侵攻】⑨
さて。
教会を改築した孤児院での生活もそろそろ身体に馴染んできた頃合いだ。
初日は夕方頃に訪れ、翌日にクエストへ出掛けた。依頼内容はナズナの薬草採取の手伝いだった。
早朝に孤児院を出て、昼過ぎに薬草の採取は完了した。朝の苦手な俺は菊花やアリシア、ナズナにも随分と迷惑を掛けただろう。それでも俺は起きれない。寝床が恋しくて手放せなかったからだ。この世界の布団は決して柔らかいというほどではないが、寝るには充分快適な空間だ。イヌミミに囲まれた空間もなかなかに楽園と言えるが、布団こそがやはり至高だろう。結婚するならこういう包容力のある相手がいいだろうな。相手を包んで、安らぎを与え、甘い微睡みと、平安を与える……。そんな存在こそが究極の花嫁だろう。
いや、布団の話じゃなかった。経緯を思い出していたんだった。
とにかく、初日はそんな感じで終わった。道中、ナズナがケモミミ娘だと分かって興奮したり、オオカミに追われて怖い思いをしたり、でかいオオカミに話し掛けられたりしたが、まぁそれは余談だな。……うん、余談だ。
二日目。初日はほとんど滞在していないから、俺にとってはこっちこそが初日というイメージも多いが、敢えて二日目ということに考え直そう。
そんなわけで、二日目から報酬と称した特訓という名のイジメが勃発したのだった。
俺は孤児院の経営者、マグにボコボコにされて一日を終えた。
三日目。今度はナズナからボコボコにされた。菊花は順調に魔法を覚え始めていて、アリシアのほうは子供たちや俺たちの世話に従事していた。アイツ、子供は苦手そうなツラして、意外とすぐに意気投合していた。やはりあれも女子力の成せる業なのだろうか。ちなみに俺は類い希なるコミュ力の低さを露呈していて、見事にあぶれていた。まぁ、そんな暇もないくらいボロ雑巾にされていたというのが真相なんだが、そうでなかったとしても、順応していたとは思わない。俺にはそんな気概はありゃしないのだ。
そんなこんなで四日目だ。滞在するにもそろそろ限界だろう。滞在費だって掛からないわけじゃないんだ。俺らの食事代だってゼロじゃない。あらかじめこちらからお金を払っていたのもあるが、それを踏まえても、そろそろ潮時だろう。【魔都侵攻】というタイトルで引っ張り続けるのだってそろそろ限界だろうし。
ここから先へ進むに当たって、魔法は習得しておきたかった。あるいは魔法が使える者の同行を欲していた。
ナズナなら順当だろう。だが、彼女にも生活があり、尊重されるべき意思がある。あんまりとやかく言うべきじゃないだろう。
そして、俺は魔法を習得できていない。そもそも、普通なら何年も修行して会得する技術のはずなんだ。そんな簡単に会得できたらありがたみもへったくれもありゃしない。投げ売りもいいところだ。
菊花だけが順調に成長している。だったら、それだけでいいんじゃないだろうか。
何も俺まで足並みを揃える必要はない。全員が同じレベルに立つ必要などないんだ。そもそも、チームであるなら、全員が同じことをできる意味など皆無だ。無駄でしかない。全員が別の技能のスペシャリストになるのが、チームとしての理想のはずだ。
だったら、俺は魔法を覚える意味などない。無駄な努力ご苦労様、だ。
はぁ……。
俺は暗い天井を眺めながら溜息を吐いていた。
「……眠れないんですか、ツバサ様?」
菊花がむくりと身体を起こした。びっくりするからそういうのやめろ。本当にもう……。
寝室はまだ暗い。太陽が昇るか昇らないか、そんな時刻だ。
いつもいつもコイツはこんな時間から起きているのか? ……ってそんなわけないか。俺を心配してくれてたんだな。
そんな優しさに、嬉しいのが半分。情けないのが半分。俺は苦笑してしまう。
「……寝たよ。たまたま目が覚めちゃっただけだよ」
「……そうですね。さっきまで気持ちよさそうな寝息が聞こえてましたし……」
聞こえてたのかよ。恥ずかしいな。……だったら眠れないんですか、なんて訊くんじゃないっての。
「でも、途中から、魘されるように呻きだして……。気づいてましたか? ……顔、汗でぐっちゃりですよ?」
……本当に良く気づく従者ですこと。ホント、優秀だよ。俺には似合わず。
「……気づいてたなら、そっとしといてくれよ。……みっともないじゃんか」
「……そんなこと、するわけないじゃないですか。……ツバサ様が苦しんでいて、私が傍に居られるのなら、私はずっと隣で支え続けます。……お願いです、そんなふうに言わないでください……」
…………、はぁ……。
俺、バカみたいだな……。
そして、四日目。
今度は趣向を変えて、俺はナズナと錬金術について教わっていた。いわゆる合成、だな。
より正確に言うなら、合成術式、というべきだろうか。
方法論としては、複数あるらしい。ナズナはそれを実演してくれた。俺はそれに素直に驚嘆していた。
まず、魔術合成。
それは魔法を基にして合成を行う合成方式。
素材を円陣型に並べて、中央に合成石を置く。
そして、合成用の魔法を詠唱し、素材を合成する。
俺の目の前で薬草と木の実は眩い光を放ち、一つに溶け合う。
やがて、合成石、薬草、木の実が消失して、そこには液体が宙を漂っていた。
ナズナはそれを慣れた手つきで瓶に収めた。
キュッと瓶が閉じられる音がして、ナズナはそれを持ったまま振り返った。
「……これが、良い金になる、です」
言うことが黒いな、しかし。まぁ事実だろうし。なんなら、彼女たちにとってはとても大事なことなんだろうけど。
人を救える薬だと言うことよりも、やはりそういう物差しが働いてしまうものなんだろうか。
俺としては、もっと純粋なナズナたんに逢いたかったものだけれど。……子供らしい純粋さを悪い意味で体現しているらしいな。
続いて、見せてくれたのは錬術合成。
新聞紙みたいな紙を広げたナズナはそのうえに石臼を置いた。その上にさっきの薬草の葉っぱをぶち込み、続いて、別の草を投じる。
そして、おもむろに合成石で磨り潰し始めた。なんだかすごい原始的だ。確かに合成チックだけども。さっきのを見た後だと、感動が薄れる。プレゼンとしては明らかに順番を間違っている。
だが、ナズナはそんな俺の困惑など知るわけもなく、ただゴリゴリと薬草を磨り潰している。
そして、臼からまたしても光が漏れている。合成というのはなんでもかんでもこういう神秘的な現象を招き起こすらしい。ビバ・ファンタジーだな。
そうして出来上がったのはドロドロした良く分からない物質だった。……いや、マジで何これ。
「これ、丸める、です」
ぐに……。ぐに……、
「……完成、です!」
ナズナの目は輝いていた。普段表情が乏しいもんだから、時折見せる感情に、おじさん、グッと来ちゃうんだ♪ ……じゃなくて。
「なんだ、これ……?」
「……クスリ、です。解毒作用ある、です」
今度は解毒薬らしい。なんとも優秀な錬金術師だこと。いや、まぁ錬金術っぽくはないんだけどね。所詮は薬だし。最後はコネコネしてただけだし。
しかしまぁ、これが錬金術。これが合成、か。
一通りじゃないってのが、なんとも面倒だな。まぁ、考えれば当たり前なのかもしれないけど……。
……それにしても、この世界の合成はどういうふうに発展してきたんだろうな。
魔法があるのに、あんな原始的な合成を進めたのか。あるいは、魔法で合成ができるようになったのに、あんな原始的な手法も残り続けたのだろうか。
……あるいは、同じではないのか? 同じ合成でも、方法論が全くの別だとか? だったら、両方が共存できる理由も考えられるか……。
だって、普通に考えたら、こんな二通りの合成が現存する理由なんてないだろ。魔法だけで十分なはずだし。
つまり、技術的に別なのか、手間を補って余りある利点があるから技術が廃れず残り続けた、……ってことか?
「……合成のレシピは一つしかない、です。合成方法も一つしかない、です……」
俺の問いに、ナズナはそう答えた。つまりは前者だったというわけか。
ともあれ、見るだけじゃ勉強にならないからな。俺もちゃんと真似してみようか。
……いくら捏ねても光りはしないし、ドロドロのヘドロ状にもならなかった。
草がすれて、混ざっただけのゴミでしかない。……失敗だ。
「……魔力を込めて擦らないと、合成はできない、です」
簡単そうに見えて、存外に複雑だった。チクショウ、俺はこんなこともできねえのかよ。
俺が気落ちしていると、ナズナが俺の頭を撫でてくれた。
「……元気出す、です。……バサ兄」
いつのまにやら定着した、羽○さんみたいな渾名でナズナは俺を呼んでいた。ツバサという発音がしづらいらしい。……悪かったな。そのうちこの謝り方が言い慣れてキスティス先生あたりに先回りされそうだけど。
ともあれ、そんな子供の不器用な撫で方が心地よくて、俺は少しだけ元気になったよ。




