第六羽【魔都侵攻】⑦
ことのあらましを聞いたマグは、「済まなかったね」とだけ言い、ナズナの頭を撫でた。
「……さて、どこから話したもんかね」
マグは遠い目をしながらティーカップにお茶を注いだ。
「かつてあたしは、ある罪を犯した。どうしようもない罪さ。贖う方法は知らない。せいぜい苦しみ続けることが、唯一の贖罪なのかもしれないがね。まぁ、そんな話は脇に置いておくとしてだ」
「知ってるかい? この世界では魔族は忌み嫌われているんだ。まぁ、人とは違う外見をしている。異形の身体ってやつさ。仲間外れになるのも仕方ないってもんさ。そればっかりは自然の摂理っでもんだからね」
「そもそも魔族発祥の由来は明らかになってない。人間が先に生まれたのは確かなんだそうだが、いつ、どのようにして生まれたのか、それを知るものはいない。不思議な話もあったもんさ」
「とはいえ、それは別に大した問題じゃない。問題なのは、魔族の王と、人間の王が戦争をしたってことさ。そして長い戦争の末、人間が勝った。魔王は封印され、めぼしい配下も同様に封印された。さすがに全ての魔族を封印するのは物理的に不可能だったからね、魔族の大部分は地上に残された」
「そこから始まったのが、魔族に対する差別問題だよ」
「そして現在も、その差別は終わることなく続いている。かつての伝説も薄れつつあるってのに、差別だけはなくならない。これを人間の業と呼んでもいいだろう。人の愚行そのものと言える」
「もちろん全ての人間がすべからく魔族を憎んでいるわけじゃあないさ。魔族をきちんと憎んでいる人間は、ホントはきっと少ないんだろう」
「そう、大部分はそうとは知らずに差別しているんだ。魔族が何かも知らず、どういうヤツらなのかも知ろうともせず、ただ、そう邪悪だと、そう教わったから、それだけで憎む」
「幼くして魔族に生まれたこの子たちは、過酷な環境を生きてきた。親もまともな子育てを放棄するくらいに、どうしようもない世の中だ。土地柄にもよるだろうが、この辺は勇者信仰も根強い地域だからね。魔族への反感は半端じゃなかった」
「……死ぬしかないんだよ。この子らは。魔族に生まれたというだけで、この子らには生きる手段なんかないんだ」
「魔族の王が降臨したらしいが、国境を越えるのは並大抵のことじゃないよ。こんな子供らには到底ムリだ。目と鼻の先とは言え、甘い道程じゃあないんだよ。あの国へ行けば救われるかも、なんて甘っちょろい夢物語さ」
「あたしがやったことと言えば、この子たちに生きる術を与えてやっただけだ。魔術を教えた。あたしにはそれしかないし、それくらいしか与えられるものはなかった。それで救われるだなんて考えちゃあいないが、ないよりかはマシだろう。力がなければ、死ぬしかないんだからね」
「そうして、冒険者の真似事をさせて少しずつお金を稼いで、経験を積ませて、どうにか独り立ちをさせてる。出て行った子の中には、立派に成長した子もいれば、無残な最期を遂げた子もいた。大体が幸せにはなれなかっただろうね……」
「ウチのルールとして、10歳から外へ出させる。そこで仕事を覚えさせて、15歳には独り立ちだ。あんまり多くは養えないからね。出稼ぎに出た子たちは時々、土産とばかりにお金と余所の土地柄の名産品とか、冒険譚なんかを持ち帰ってきて、子供に与える。それを聞いて大人になった子は同じように冒険者になる。……ナズナもそういう風に生きるはずだった」
「……そう思っていたんだがね。まさか余所者に、こうまで懐くとは思ってもみなかった。気難しい子だろ? ハハ、遠慮するもんじゃないよ。正直に言いな。……ふん、正直だって? まぁいいけどさ」
「さて、それじゃあ、約束だしね。いいだろう、教えてやるよ。このあたしが、魔術のなんたるかを」
教会の敷地内。不自然に拓かれた空間に、俺とマグが対峙していた。
……何故に対戦形式?
「時間がたっぷりとあるわけでもなし。特急で覚えてもらうよ。……なあに、死にゃあしないさ。……運が良ければね!」
ゴウッ! ……と。
マグの両腕が燃え盛る。本来なら自傷(自焼?)間違いなしの行動だ。が、もちろんマグはダメージなど毛ほども負ってはいない。
科学的には不可能な、魔法の顕現。俺は思わず息を呑んだ。
「魔法には、二通りがある。詠唱魔法と、無詠唱魔法だ。詠唱魔法は論理による魔法。論理を紐解き、流れを感じ取り、魔法を形作る。……残念ながら、お前には無理だよ。魔力を感知する感覚のない人間には遠すぎる道程だ」
……そういうもんかよ。だったら確かに無理そうだ。魔法なんて、俺の身近には存在しない。魔法使いと言えば三十代童貞を指す言葉だと即答できるくらいに。
「しかし、だからこそ、お前には後者から始める理由が存在する。詠唱がないからこそ、理解できる感覚もある。それを覚えさせてやろう。……せいぜい感謝しな、このあたしの劫火に灼かれて死ねることを!」
何言ってんだ、このババア! 言うに事欠いて死なすだと! ざっけんなクソババア!
「ツバサ様!」「ツバサ殿!」
二人の仲間が声を上げるが、それをナズナが静止する。……うぅ、ナズナたんに、裏切られたお……。
……なんて嘆いてる暇もねえ! ババアは振りかぶって大振りの拳を繰り出す。
俺はそれを間一髪で躱すものの……。
「逃げんじゃないよ! 殺せないじゃないか!」
「逃げるに決まってんだろうが! バカかテメエは!」
「バカはアンタだよ、若造が! 実際に魔力を受けてみなきゃその力を感じられないだろうが!」
……なん……だと?
そうか、受ければ魔力のなんたるかが分かるということか……。ならば、受けてみるか。このババアの豪腕を。
メラメラと燃え上がる拳が、俺の眼前へと迫り来る。怖い。
勢いは凄まじい。風切り音をさせながら、空気を受けてより激しく燃え上がりながら、俺へと真っ直ぐに向かってくる。すげえ怖い。
当たれば即死する。トラックにぶち当たるくらいの衝撃があるだろう。渋井○拓男みたいに無残な最期を遂げることになること受け合いだ。怖え。あと怖い。
……これ、普通に死ぬだろ。
「……チッ! なんで避けるんだい!? 当たらなきゃ覚えられないっつってんだろ!」
「当たったらどう考えても死ぬだろうが! あと、お前今「チッ!」っつったろオイ! 舌打ちしたよな今!」
「……気の所為じゃないかねぇ? ったく細かい餓鬼は嫌われるよ?」
「器の小せえババアも大概だと思うけどな」
「何をォ!」
「何をォ!」
そんな光景をハラハラと見守る従者と騎士。少女は一人、微笑っていた。
「こんな楽しそうなばあや、久しぶりに見た、です……」
……そんな微笑ましい空気を醸し出すな。こっちは死に物狂いなんだよ。




