第六羽【魔都侵攻】⑤
「狼になる」なんて表現もあるから、オオカミは見境なく襲い掛かってくるものだと思っていたけれど、実際はそうでもなかった。
じゃあ、紳士的なのかと問われると、そうとも言いがたい。なにせ……。
俺らの周りをぐるぐると取り囲むように走っているからだ。
まだ包囲網は形成されてはいない。というか、もしそうなったら終わりだ。
しかし、どんどん群れは増えていく。黒い影が徐々に増員しているのだ。
空恐ろしい限りである。
菊花やアリシアも、だいぶ緊張しているような面持ちだ。
一体一体で相手すると考えれば、二人は遅れなど取るはずもないだろう。
だが、数が多すぎる。取り囲もうとしているオオカミたちはざっと20体近くいるだろう。
それらが同時に襲い掛かってくれば、結果は見るまでもない。一瞬で挽肉にされるに違いない。
絶体絶命と言える状況だ。
しかし、オオカミたちはまだ襲い掛かってはこない。
こちらの疲労を待っているのだろうか。……聞いたところによるとオオカミは狡猾な生き物だ。
弱いものを狙い、数的優位で襲い掛かり、獲物を狩る。
こちらが逃げ疲れ、精神的に追い詰められた瞬間を狙っているのかもしれない。
確かに、それは良い策だ。
追い詰められた状況であれば反撃は少ない。少ない犠牲で獲物を刈り取れる。弱者を狙うのも言わずもがなだ。
……つまり、こいつらは俺たちの疲弊を待っている……?
そして、数的優位を作り出すため、仲間の合流を待っている、というのも考えられる。
……あるいは、あまり考えたくない可能性もあるな。……いや、さすがにそれはないはずだ。きっと。そうだと信じよう、うん。
しばらく走り続けた。
相変わらずオオカミ共は襲い掛かっては来ない。
が、殺気はビンビンと感じる。生きた心地がしない。
あわよくばこのまま逃げ切れるんじゃなかろうか。……へへ、こいつらひょっとして、ビビってんじゃねえの?
……なんて思い始めていたのだが、
「来るとしたら、そろそろでしょうね……」
「うむ。気をつけろよ皆」
「……はい、です」
乙女三人はそれぞれ頷いていた。あれ、そうなのん?
「ここから先は教会の近くになりますからね……」
「強固な結界の気配を感じた。あそこへ行けばヤツらは手出しできないだろう」
「ばあやの結界、強固、です」
……全く気づかなかった俺は鈍感主人公ということか? そのうえ残念系で草食系か?
漢の誇りを取り戻したいところだ。
……なんて考えていると、先頭を走る菊花が足を止めた。
正面には、牙を剥いたオオカミが3匹。
周りを見れば、その数は夥しい。30……、いや、下手したら50はいるかも……。
……これは身の危険を感じる。俺がク○ーク海賊団のパ○ルだったら火を焚いていただろう。身のキケーン!!
どうしたものだろうか。はっきり言って俺は戦力外だ。役に立たない自信がある。俺は誰かに助けてもらえないと何一つできない自信がある。そのうえ、お前には勝てない。(どんっ!)
参ったな。俺にできるのは頼ることだけだ。あるいは采配でどうにか役に立てるのだろうか。天才軍師としての本領発揮の場面かもしれない。……作戦なんて全く思いつかないけどな。
……ともあれ、結界内に入る前に勝負を仕掛けてきたオオカミ。
俺たちはその包囲網を脱して、教会へ辿り着かなければならない。
でなければ、俺たちは4人揃ってオオカミの胃袋の中に仲良く収まることになる。もちろん丸呑みなんかできないだろうから、租借されてバラバラの殺人事件だ。……バラバラの実を食べてれば生存できたかな?
まぁ、ないものは仕方がない。どうにか今あるものだけで対処するしかない。
幸い、囲んではいるが、ヤツらはまだ攻め込んでは来ない。作戦を相談する時間くらいはありそうだ。
「……菊花、どうする?」
まずは俺にとって一番頼れる従者へと尋ねる。
菊花はというと、冷や汗を流している。
「率直に言いますと、光明が見えません。……せめて、もう少し数が少なければ……」
菊花の戦い方は、速さとクリティカル率にかまけた初撃決殺スタイル。打たれ強い体格ではないから一対多は苦手としている。
どちらかというと、菊花は一対一で本領を発揮するタイプだ。あるいは多対一でもいいけど。
なら、一対多も得意そうなアリシアはどうだろうか。
……と思ったが、こちらも表情は優れない。
「……数が多すぎるな。私では支えきれないだろう。……本来なら、この数の相手は小隊規模では戦わない。中隊くらいでないと……。奇策でもない限り、戦いにすらならんだろう」
奇策。素人の俺が思いつけるだろうか。それもこんな土壇場で。
……無理だ。不可能だ。これは打ち切りだな。次回作にご期待ください的な感じだな。
ナズナならどうにかできるかも……。なんて思ったが、必死に震えを抑えているようだ。やっぱり怖いのだろう。こんな小さな子供なんだから、仕方がない。
……いや、ナズナだって戦える。道中では魔法と弓矢で後方援護を見事にこなしていた。それに、あの老婆が訳ありげにニヤついていたのを覚えている。この子には何かあるんじゃなかろうか。
そう思ってナズナを見るも、少女はぷい、と首を振る。
「これだけの群れが集まるのは初めて見た、です……。いつもは3匹から5匹くらいで、ナズでも戦える、です……」
いつもとは違う、ってことか。それをあの老婆は見抜けなかったと。油断……、なんだろうな。クソ、最悪だ。
やっぱりクエストなんか受けなきゃ良かった。俺みたいなヤツは引き籠もってゲームに興じるのが一番似合ってる。身の丈に見合わないことをして、その結果がこれかよ。情けねえ。
……どうせ終わりだ。足掻いても結末は変わらん。けどせめて、目一杯悪足掻きをさせてもらおう。
「菊花、アリシア。俺が合図したら、正面に大技をぶつけろ。そこを走り抜ける」
二人は目を見合わせるとしっかりと頷いた。思い切りが良くて助かる。最悪、ナズナだけでも逃がさないとな。菊花とアリシアが血路を開き、俺とナズナが躍り出る。そして、もしもの時は俺が盾となりナズナを逃がす。
……これが今思いつく最善の策だ。まったく、俺は軍師にはなれないな。
「ツバサ様は私がお守りします」
「平民を守るのは騎士の務めだからな」
「ナズは、逃げるだけ、です……?」
「……ああ、菊花とアリシアに任せよう」
ナズナに大技を放ってもらったほうが、攻撃範囲が優秀な気もするが、魔力の消費を抑えたいのもあるし、隙がどの程度生じるのかも分からん。大事を取っておきたい。
「それじゃあ、頼むぞ。3……、2……、1……」
俺が最後のカウントを告げる寸前、場に新たな闖入者が現れたのだった。
気配は濃厚。目に見えるような明確な殺気。大きな脚。巨大な体躯。
茶色いオオカミ共の中央にそびえるそいつは、灰色の毛を纏った巨大なオオカミだった。
おいおい、賢狼ホ○じゃあるまいな。その外見でわっちわっち言われても全然萌えないけどさ。
分かりづらかった演出の解説。
――あまり考えたくない可能性云々。
>>ボスの出現のことです。




