第六羽【魔都侵攻】④
〈物質精製〉は龍が持つ技能であり、記憶を失くす前のツバサ様にしかできない芸当だ。
が、その簡易版〈物質転換〉ならば、その限りではないらしい。
菊花が旅の当初から金銭を持っていたのはそれが理由らしい。
とはいえ、それは無から有を作り出すような万能の力ではなく、あるものを転換して欲しい物質に作り直すという能力であるらしい。
そう、説明をしながら菊花が見せたのは、懐かしいニホン円。諭吉さんだった。
「これに龍力を込めることで変換することができるんですよ」
いや、龍力ってのがそもそも分からんのだが……。
「ツバサ様が持つ〈龍〉としての力。その波動そのものを指して私たちはそう呼んでいます。眷族である私にもそれが備わっています」
……龍が持つチート能力全般をそう呼ぶらしい。あるいは、そのエネルギーそのものの呼称といったところか。
身内でしか使えそうにないし、なんなら通じるのは菊花一人しかいないのだから、あんまり使用頻度の高い単語ではなさそうだ。……テストには出ないからメモらなくていいぞー!
俺には現状使えそうにはない能力だ。とりあえずは放置だな。
だがしかし。
物質には限りがある。それを磨り減らして生活費に充てるっていうのは、やっぱり可能な限り控えておくべきだろうな。いつか何かに使えるかもしれないし……。
ほら、何かの伏線とかになりそうじゃんか。
……そんなわけで、菊花には可能な限り使用をしないよう言い含めておいた。道中で狩った魔物の素材を売れば、生活費はどうにかなるだろうしな……。最悪、クエストもありだろう。働くたくはないが、餓えるよりはマシだ。……やっぱちょっとクエストもイヤだなぁ……、働きたくないなぁ……。
……なんて思っていたけども、まさかの婆さんからの依頼がやってきた。まぁ、ギルドを通しての正式なものではないけれど、しかしまぁ、仕事は仕事だ。少し、げんなりとした気持ちを抱かざるを得ない。
働くということは、人と接するということだ。
人と触れ合い、助け合い、その礼として金銭が提供される。それが仕事だ。
触れ合えばそこには人間関係が生まれる。関係性が生じる。
そこには明確な駆け引きが存在している。思惑が交錯している。
こちらはこうしたい。だが、あちらはああしたい。
そういった思惑がぶつかり合い、その関係性は複雑怪奇な様相を呈する。俺はなんとなくそんな光景が嫌いだ。
遠くから見るだけならともかく、その歯車のひとつにはなりたくないのだ。
ありのままの姿ではない、物差しに掛けられた、そんな眼で誰かを見るのは。俺にとってかなり居心地が悪い。
好きでも遠ざけなきゃいけないこともあるだろう。嫌いでも歩み寄らなければならないこともあるだろう。
それが仕事というものだ。そんなことは分かっている。
それでも自分に嘘は吐きたくない。正直な自分でいたい。
建前を表に出して、本音を裏に引っ込めるような人付き合いは極力避けたい。それは俺の我儘なのだろう。
妥協すべきなのだろう。
だから、働かないとは言わない。だが、可能な限り働かない。俺はそう、思うのだった。
ふと俺は顔を上げた。
正面には孤児の一人、ナズナが先導している。
ナズナは口数の少ない女の子だ。喋るときは必ず取って付けたような「です」が語尾に入る。どうやら敬語のつもりらしい。可愛いから良いんだけど。
その小さな背には、弓が掛けられている。それから矢筒だ。
服装は地味な麻のシャツにスカート。その上にちょっと丈夫そうなフードを被っている。ザ・中世といった感じの服装だな。
菊花はやたら独特な和装だし、アリシアは騎士鎧だから、これはこれで新鮮っちゃあ新鮮なんだが。
ともかく、そんなナズナが先を行き、俺たちを案内してくれている。
それにしても、ナズナのスカートがやたらと揺れているような気がする。そんなになびきやすいのだろうか。
さすがに幼女のスカートを凝視していると、またうちの黒いのからお小言を頂戴するからな。引かれる視線を強引に逸らす。
そんな視線の動きに、うちの白いのが反応を示す。
(どうかしたんっすか?)
頭の上から、そんな声が届く。なんでもねーっての。……ったく、おちおち余所見もできねーのな。
「……ここ、です」
そんなこんなをやっているとナズナが何かを見つけたらしい。
辺りは高い木々に覆われていて、視界はすこぶる悪い。……が、見れば先で森が途切れている。
眩しい太陽に、手を翳しながらナズナの指さす方向を見た。
すると、そこにはちょっとした丘があった。20メートルくらいの高さの崖になってるな。
ナズナはその崖を指しているらしい。
「……あそこに、いつも薬草が生えてる、です」
確かに、にょろ……と、生えてるな。草だ。うん、何の変哲もないただの草が生えている。
ナズナの薬草採取を手伝って欲しいっていうのが依頼内容だったよな。
これが薬草か。雑草にしか見えん。ちょっと距離もあるし……。
というかコレを取って来いって言うのか。何の罰ゲームだよ。
と思ったら、ナズナはそそくさと崖の頂上まで回り込み、そこからよじよじと崖を降り始める。
「あ、危ないですよ!」
「……だいじょぶ、です」
「……いざとなったら私が助けよう」
アリシアが下で待ち構えるように手を広げている。
ナズナはそれに小さく頷くと、そのまま崖降りを再開する。
するすると器用に降りていくな……。これ、俺たち必要なかったんじゃないの?
やがて、ナズナは一通り、草を取り終えるとそのままズザザザー。崖を滑り降りてきた。
ちょっと楽しげな顔をしている。大人しげだけど、こういうところは子供っぽいやっちゃな。
コホン、と咳払いして、ナズナが促した。
「……それじゃあ、帰る、です」
……ここまでは順調だったんだがな。
問題は帰り際に起こった。
ウォオオオオオオオーーーーーン!!!
空は夕景。森は何かの気配に満たされてゆく。
度々、発生する遠吠えの連鎖。不穏な気配。
警戒する俺らに、ナズナは今更のように告げる。
「……ここ、オオカミの縄張り、です」
うん、……それ、最初に言おうな。




