第六羽【魔都侵攻】③
旧トータス領に近づくにつれ、土地は痩せ、枯れ果ててゆく。
しかし、そんな中にも潤沢な水に潤った場所も存在している。
湧き出た泉を中心に、そこにだけ森が出来上がっていた。
荒野地帯に連なる立地において、珍しく苔生した一軒の家屋があった。
打ち棄てられた教会を改築して作られた、急拵えの家。
そこには十数人からなる子供たちの一団と、一人の老婆が住んでいた。
老婆の名はマグ。険しい顔立ちを皺が覆い、その装いは魔女そのもの。
それが孤児院であると知っていても、そんな怪しげな老婆が切り盛りしていると知れば、見る人は奇異な視線にならざるを得ない。
そして、その子供たちもまた、とある秘密を抱えていたのだった。
その秘密のことは、大部分の人間が知らない。だが、隠しているという空気だけは伝わってしまう。
それ故に、周囲の住民との溝は埋まることはなく、人通りもない街道の外れで、その孤児院は佇むばかりであった。
ナズナ=シークエンスも、そこに居を構える孤児の一人だった。
齢9つを数えたばかりの少女は、てくてくと梢の下を通り抜けてゆく。
湿った土の匂い。苔の生した匂い。朝露に濡れた木々が、森の香りを届けてくれる。
視界は一様に暗い。天蓋の如き樹木が日の光を妨げている。
その暗がりが、少女には心地よかった。
心音は平静に、ただ時を刻み続ける。
ぬかるんだ地面を踏みしめて足を鳴らす。
いつも通り。歩き慣れた道程だ。
そこへ……。
カエルの魔物が姿を現した。
ゲロロロロ……。と、独特な声音で警戒音を鳴らしている。
少女、ナズナは歩みを止めた。その無垢な眼差しを、そっとカエル――、〈マッド・フロッグ〉へ向ける。
マッド・フロッグは獲物を見定めると、捕食体勢に入った。身を竦ませ、溜めを作った後、にょッ! ……と舌が伸びる。
その長さは、およそ3メートル。少女の足を絡め取るようにその舌は艶めかしく蠢いた。
そして。
たっ、……と、ナズナは跳躍していた。カエルの舌はすんでのところで躱している。
その着地地点へ跳ねて移動するマッド・フロッグだったが、いつまでもナズナは降りてこない。
ふと見上げたその先には、巨木の幹にぶら下がっている少女の姿が。
「……遅い、です」
少女の向けた人差し指から放たれた閃光が、マッド・フロッグの身体を奔り抜けた。
ぶすぶす……と、音を立てながら倒れたその死骸を、少女は山菜を採りに来たような無邪気さで眺めている。
「……やった。……今日は丸焼き、です」
むんず、とおもむろに掴んだカエルの足を引き摺りながら、少女は幸せそうに淡い笑みを浮かべていた。
それから少し歩くと、我が家である元教会の門扉の前で、一人の老婆が仁王立ちで待ち構えていた。
「……よく帰ったね、ナズナ。お前、また森に入ったのかい?」
ナズナは嘘を吐こうかと、一瞬逡巡した。が、右手には引き摺ったままのカエルがいる。これはなんと説明しよう。
色々考えた末、正直に打ち明けることにした。少女はあまり複雑なことは考えられない性格だった。
「……狩り、してた、です」
ナズナが告げると、母親代わりであるマグは、あからさまに溜息を吐いた。
「はぁ……。お前、あそこは危険だから一人では行くなって、そう言ったよね?」
「……あの……。……ゴメン、なさい、です」
叱られるのが少し怖くなったので、小さい声で謝ると、老婆は諦めたように苦笑を浮かべると、少女の頭を撫でた。
「あそこは湿気が多くて泥濘も少なくない。一人で行けば誰もフォローできないんだ。……いいかい、お前は人一倍優秀だけど、でもそれだけだ。ただそれだけの子供でしかないんだよ。それが分からないうちは好き勝手させないからね」
「ハイ……。ゴメンなさい、ばあや……」
マグはナズナの額をぐりぐりと撫でつけると、そのまま踵を返してしまう。ナズナは乱れた前髪を整えると、その背について我が家へと帰るのだった。
ナズナが家に入ると、そこには違和感があった。
なんと、来客があったのだ。
旅の冒険者。黒髪のお兄さんと、黒髪のお姉さんと、もう一人、赤髪のお姉さんだった。
兄弟の皆は、旅のお話に夢中で冒険者たちはその中心で人気者になっていた。
……お兄さんが変な顔でうなだれていたけれど、何があったんだろう?
ナズナはキョトンと首を傾げながら、そんな彼らをじっと見つめていた。
「魔法が知りたい、人手が欲しい、って訳かい。そのどちらもうちから提供できるけど、こっちにだって生活があるからね。タダとは言わせないよ」
「構いません。道中のクエストで稼いだお金も、ある程度はご用意できます」
「ある程度、ねぇ……。具体的に言って、ソイツはどのくらいだい?」
黒髪のお姉さんがテーブルに袋を置いた。ゴトリ、と結構重そうな音がする。
「……ふん、5000ルースってとこかい? 片方だけならともかく、それで両方ってのはいささか高望みしすぎなんじゃないのかね?」
「……では、」
お姉さんの言葉を、お兄さんが遮った。
「カネ以外に提供できるものがあるならそれも渡す。……どうにか無理を通してもらいたいんだ」
ばあやは少し唸ると、やがて観念したみたいに両手を挙げた。
「……分かった分かった。そこまで言うならそれで手を打とうじゃないか。こちらが欲しいのも人手でねぇ。ちょいとクエストを頼もうじゃないか」
そう言ったばあやは何故かナズナのほうを向いている。何の用なのだろう。ナズナは目を丸くするばかりだった。
マグは過去作のキャラと同名だったりしますが、同一人物かどうかは秘密です。秘密ったら秘密なのっ!




