第五羽【隠遁賢者】⑥
魔法というシステムは、熟練度ほどはまだ理解できていない。いまだその謎は解明できていない。
俺や菊花もまだこの世界の事情を深くは把握していないし、アリシアもあまり得意ではないということで、置きっ放しのままになっているというわけだ。
その魔法の痕跡が、今俺の掌の上でキラキラと輝いている。
……それは見たところただのビー玉にしか見えないんだが……。
しかし、されど、これは賢者ルキウスが俺に渡した魔法の石で意思の伝達を行える代物だとかなんとか。
眠りこけた賢者の首根っこを掴んで揺すり(強請りはしてないと思う)、どうにか口約束させた成果である。
なんでも、これがあればこちらの言動を窺うことができ、意思伝達も行えるという話だ。
……プライバシーの欠片もない魔法具だよな……。
「しかし、このような高度かつ複雑な魔法はかなり繊細な調整が必要だと聞く。ルキウス殿以外には恐らく使い手はいるまい」
なんてアリシアは言うが、そんな有能そうな相手には見えないが、そういうもんなんだろうか。世の中不平等だよな。
さっき寝たんだから連絡はしばらく来ないだろうけど……。
アイツからの連絡を待って、とりあえずは近場の宿まで向かうとするか。
すっかり日は暮れてしまっていたが、王都へ到着した。
大きめの宿は軒並み部屋が埋まっていたけれど、こじんまりとした冴えない宿が空いていたので、今夜はそこに厄介になった。
菊花は部屋でシロの毛繕いをしていて、シロはそれを気持ちよさそうに受け入れている。……たびたび、うっとりしたような声を上げていて、なんかムカつくな。
アリシアはというと、冴え渡る女子力を発揮して、階下の竈を借りて料理を作っている。ちなみに、宿には当たり前のように竈を貸し出すサービスが提供してあるらしく、大概そこで夕飯を作るらしい。まぁ、実在の宿のシステムとどこがどう違うのか聞かれると、よく知らないから困るわけだが……。
まぁ便利だし、それでいいか。アリシアがいればご飯には困らないので、遠慮なく有り付くとしよう。アリシアだけに、な。
アリシアが抱えて部屋に持ち込んできたのは、ハンバーグだな。俺の知ってる料理で良かった。
疲れた身体に肉料理は美味い。アリシアの調理は絶品だ。絶品ハンバーグだな。……今度チーズバーガーでも作ってもらおう。
……などと思いながらもしゃもしゃと平らげていると、机に置いといた袋が煌めいている。……件のビー玉が燐光を発しているようだ。
……着信臭いな。しかしこれ、どうやって受信したら良いんだ……? おっかなびっくりビー玉に触れてみる。すると……
ぼふん! と音がして、ビー玉がニワトリになった。んなアホな。
親方、空から女の子が……! って言ったって信じてもらえない世の中だ。ビー玉がニワトリに……! なんて言っても誰も信じてくれないだろうな。
「やぁやぁ、おはよう! 良い夢見れたかな?」
「寝てね―よ。むしろこれから寝るんだ。誰も彼もが昼間から寝てると思ってんじゃねえ」
「まぁまぁツバサ様、落ち着きましょ?」
落ち着いていられるか。ビー玉がニワトリになって、そのうえ喋ってんだぞ? これが賢者の繊細は魔法とやらなのかね。反吐が出る。
菊花が宥めてくれるが、それにしても腹立つニワトリだな。顔がアイツそっくりでムカつく。焼いて食うぞコラ。
「あはは、残念だったね。このトリは実体を持たないからね。害しようとしても無駄なのさ、ははははは!」
無駄無駄無駄ァ! ってヤツか。超ウゼェ。
「……そんなことより、何か用件があったのではないのか、ルキウス殿?」
「ん……? ああ、そっか。忘れるところだったよ。君たちと話すと楽しいからついつい脇道に逸れてしまうんだ。でも、それも悪くないと感じている自分がいるのも確かなんだけどね」
心底どうでもいいな。こいつに楽しまれても腹が立つだけだ。とっとと用件だけ話せっての。
「やだなぁ、そんなに睨まなくたってすぐに済ませるさ。生憎と長時間実体化させられないからね……。えっと、覚えているかな。勇者一行の中に、褐色の肌の女性がいたと思うんだけど……」
「ああ、あの美女か……。顔は綺麗だったけど、性格はちょっと悪そうだったな。アリシアを邪魔者みたいに言ってたし……」
「うん。どこか作為的というのかな……。違和感が拭いきれないんだよね。そんな相手に勇者一行がついて行ってるって状態がちょっと良くないかも……」
「うん……? ついて行ってる? リーダーは勇者なんじゃないのか?」
俺が疑問点を挙げると、アリシアは頷いた。
「元々の勇者一行というのは違ったんだ。勇者と、私、それに幼馴染のキャシーとジェラルド、あとは同郷の神童と呼び声高かったアシュレイ殿。そこに魔王封印の術者としてロサーナ殿が後から加わったのだ」
「ふーん……。じゃあ、あの女、ロサーナが加わったのは魔王が現れた後、ってことか」
それから、ロサーナはアリシアの人間的な弱さにつけ込んで、勇者パーティから脱退させた。そして、勇者もそれに一枚噛んでいるというわけか。
確かに、アリシアは未熟だ。女性的な部分があるから戦闘には適していない。彼女は優しすぎる人種だからだ。
だから彼女を守るという言葉を使えば、意図的にパーティから脱退させることも不可能じゃない。
問題なのは、何故脱退させる必要があったのかだ。
アリシアに嫉妬したとか……? ロサーナは勇者狙いだったとか……?
それが一番分かりやすい展開だとは思うが、何処か違う気もする。
作為的……。それが具体的に何処を指しているのかが分からない以上、判断はつかないな。
「なぁ、賢者サマ。アンタはその作為的だとか、そういう違和感について、もう少し細かいところは分からないのか? 何を狙ってるのか分からないんじゃ、警戒のしようがない」
「まぁ、それももっともなんだけどね。でも、僕にもそれ以上は判断がつかないかな。なにせまだ全然知らない相手なんだからさ。もう少し時間を掛けて観察するから、もう少し待ってよ」
「ったく、使えない賢者だな……」
「酷いなぁ、まぁいいや。そうそう、勇者一行には魔王城近辺の情報を収集してもらってるよ。……それじゃ、また情報が集まったら伝えに来るよ、まったねー!」
「……二度と来んな」
ニワトリはぼふんと音を立ててビー玉になった。
コト、と音を立てて机の上で僅かに光を反射している。
俺は溜息を吐くと、ビー玉を巾着袋にしまい直した。
振り返ると、アリシアが暗い顔で俯いているのが目に入ってしまう。
「ロサーナ……。何なのだ、あの女は」
「殿」呼ばわりをなくしたのは、敵愾心からだろうか。
幼馴染は名前で呼び、敬愛する勇者は「様」で呼ぶ。
同じく「殿」を取って呼ばれたあの女の名前には、親しみではありえない強い思いが込められているようだった。
……何か気の利いた言葉を掛けるべきだったとは思うが、結局何も言えなかった。
なんて声を掛けるのが正解だったんだろうな。
翌日にはケロッとしたアリシアがいた。
一晩で振り切ったらしい。大した騎士様だこと。俺も引き摺ってる場合じゃねえな。
そんなこんなで、魔王が待ち構える玉座、魔王城へと足を向けた。
賢者篇、了。
次回から魔王城攻略へ向かいます。
チート無しの主人公に何が出来るのか。というお話です。




