第五羽【隠遁賢者】④
――それから、数十分後。
俺はフルボッコにされていた。
話が飛びすぎだろうか。しかし、事実なのだから仕方ない。
この世界にやって来て、似たような痛みは何度か味わっているはずだった。
それでも、やはり慣れないものだ。慣れたくもないけれど。
それに、痛い理由はそれだけではないだろう。
相手が自分より遙かに格上だからと言うのもある。
……だが、それ以上に。
メンタル的な理由で、俺は痛みを感じていた。
「……冒険者殿。これ以上続けても無駄だ。勝敗は決して、変わりはしない」
勇者は諭すようにそう告げた。
偉そうに、生意気に、容赦なく、事実を告げる。
分かりきった真実を述べている。
そう――、敵うはずがない。及ぶべくもない。望むことすら不遜でしかない。
それでも俺は、手を伸ばしたんだ。届きそうになくたって、俺は掴もうと手を伸ばした。
輝かしい光明に、眩い栄光に、俺はその手を伸ばした。
それが、届かなかった。ただそれだけのこと。
それだけのことが、俺の胸を打ち据えるようだった。
――俺は、こんなにも弱い。
知ってた。分かってたよ。そんなこと……。
今更突きつけなくたって理解しているんだって。
覚悟だってしていたんだ。
……なのに、悔しい。悔しくて涙が出る。
怨嗟の念が胸を焦がす。締め付けられる。
苦しくて、悔しくて、俺はただ声を漏らす。
「ちくしょう……」
ぼやける視界に、敵が見える。そうだ、こいつは敵だ。紛うことなく敵なんだ。
そんな風に思いながら、俺は目前の勇者を睨み付けながら、前に倒れ伏した。
――何が攻略者だ。
――何がツバサだ。
――何が翼龍だ。
――俺は、こんなにも弱い……。
俺は呪うように、相手を睨んだ。
睨んで、睨んで、……そのまま、意識は深淵へと誘われた。
俺の名を呼ぶ声が、どこかから聞こえた気がした。
……宵闇に揺蕩う意識の中、俺は勇者との邂逅を思い返していた。
どうして俺は、こんなふうにアイツを憎んでいるんだろうな。
殴りに行こうとは約束したけれど、そんなのはノリだけの口約束だったはずだ。
いつからそれが本気になった?
思い出してみよう。
……そうだ。俺はあの時……。
始めに勇者たちを見掛けたとき、彼らは交戦中だった。
敵は言うまでもなく、ボーンナイト。警戒網に引っ掛かったのはやはり勇者たちだったのだ。
遠目に見て、その連携は洗練されていたように見える。
もっとも、素人目に見ての判断だから、実際はどうなのかは知らんが、それでも勇者たちが押しているのは間違いなく一目瞭然だったし、士気も高いように感じられた。
その予測は間違っていなかったようで、俺たちが追いつくまでに、戦闘は終結していた。
そこにズカズカと踏み込んだのは、アリシアだった。
「覚悟しろ、勇者め! 私を謀った罪、後悔させてくれるッ!」
相変わらず格好良すぎる騎士様だった。惚れてまうやろ。
「アリシア……ッ!?」
勇者はというと、驚いた顔を見せたが、一瞬綻びかけた顔を戻して、無表情に戻った。……なんだこの野郎、喜んでやれよ。アリシアは何の為にこんな一生懸命なんだと思ってるんだ! お前の為だろうが!
「……良かったな。もう『次』が見つかったんだな。今度はそいつと宜しくやってくれ。……こちらの面子はもう決まっているからな」
その発言にアリシアが……。言葉を失っている。
駄目だこいつ……。早くなんとかしないと……。
今のアリシアにそんな言葉を聞かせられない。コイツ、アリシアの気持ちを何だと思ってやがるんだ……ッ!
アリシアは『お前』の助けになりたいんだぞ。『お前』の傍にいたいんだぞ。それなのに、『次』だと? こちらの面子は決まっているだと……?
「……ふざけろ」
思わず瀬戸○貴ふうにキレてしまったけど、それもやむなしだ。
コイツは許さない。許すわけにはいかない。
人の心を、何だと思ってやがるんだ……ッ!
「君、何か言ったかな……?」
勇者がハンサムな顔をこちらに向けて、そんなふうに宣っていた。
「……お前は勇者の器なんかじゃない」
「何……?」
「……ょうぶしろ……」
「え、なんだって……?」
そんなはがないの名台詞でごまかせると思うなよ。
俺は今、最ッ高にムカついているんだ。
人の思いを踏みにじるってことは、ある意味人を殺すよりも残酷なことだってあるんだ。
お前にそれだけの覚悟があるのか……? それがどういう裏切りなのか、理解できているのか……?
分かってないなら分からせてやる。……この命に代えても。
俺には、曲げられない信念がある。ナ○トの忍道と同じくらいに、曲げられない信念がある。
その為ならば、命だって惜しくはない。
「アリシアを賭けて勝負をしろッ! 決闘だァッッ!!」
思いの丈を詰め込んで、叫ぶ。魂をそのものを、放出する。
そんな意気込みで、俺は戦いに挑む。
「おいおい、生意気なルーキーだな。コイツが勇者と知っての狼藉かァ?」
「……このような者の話を聞く必要はありませんわ。大体、以前も申し上げたはずです。あの女は足手まといにしかなりませんと……」
「……悪いが、皆は下がってくれないか……。これは、俺の戦いだ」
「……ナンセンス」
「……こんなことをしている時間はないんですけどねぇ……」
挑発的な男。喧しい女。俺の誘いを受けるつもりらしい勇者。呆れた様子の少女。困ったように肩を落とす少年。
五者五様な反応だが、外野は正直どうでもいい。
俺が用があるのは、お前だよ、勇者。
「一〇分だ。それ以内に僕から一本取れたら勝利は譲ろう」
「……百本だって取ってやるよ」
「……どうぞ。……できるものならね……ッ!」
勇者の一撃は、重かった。
痛いし、一撃一撃が、必殺の領域だ。それを、無造作に振るう剣だけで放てるというのだから、なるほど化物だ。
もはや同じ人という領域に捉えることが馬鹿らしくすらある。……これが勇者か。
あれだけ啖呵きっておいて、情けねえ。
一本どころか触れることすらできなかった。
俺は襲い掛かる度に剣の横腹で殴りつけられ、その度に意識は飛びかけ、ダメージはすぐに足にも来ていた。
ふらつく足と、視界。混濁する意識。
それでも、譲れない。譲るわけにはいかない。
アイツの痛みを、少しでも勇者に与えてやらなきゃいけないのに……。
勇者に、思い知らせてやらなきゃいけないのに……。
俺は、やがて立ち上がることすらできなくなった。
そうして、俺の意識は途絶え、今に繋がるわけだ。
さて……。意識があるってことは、生きてるってことかな……?
どれ、まず右手は動くかな……?
「あ、動いた!」
……ってF○7のエ○リスとの再会シーンを再現してるばあいじゃねーだろ。あとさっきからマニアックなパロディしすぎだろjk。
そして、顔を上げればそこには騎士様と従者がいる。俺の仲間になった大切な二人がいる。
……泣きそうな顔しやがって。泣きたいのはこっちだっつの。
「……馬鹿者。誰がそんなになるまで戦えと言った……」
「……さてね。天のお告げとかじゃねーかな」
「……バカ」
仰向けに倒れたままの俺を膝枕で支えたアリシアが、眩しそうに眼を細めている。その横では慈しむような天使の表情の菊花。
雨のように降りかかる雫が、日の光を反射して、やたらと綺麗に思えたのだった。
唐突に書きたくなって走り書きしたツバサVSアルスの回。




